迷宮階段

西羽咲 花月

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危険

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 エイミとグリーンのふたりと過ごす時間は楽しくてあっという間に夜になっていた。
「この後どうする?」

 エイミの言葉に焦りが生まれる。
 またあの家に戻らないといけない。リビングで寝ているお母さんを見て絶望的な気分にならなきゃいけない。あの、ジメジメとした布団で寝なきゃいけない。

 そう思うと帰りたくなかった。
 そんな気持ちが通じたのか、グリーンが私の顔を覗き込んできた。

「もしかして、帰りたくないとか?」
 図星をつかれて「まぁ……ね」と、苦笑いを浮かべる。

 深く理由を聞かれるかと思ったが、ふたりはそれ以上なにも聞いてこなかった。
「それじゃあさ、今日は私達の友達の家に泊まらない?」

 エイミからの提案に「友達?」と聞き返す。
「うん。私達も家に帰りたくないときによく泊めてもらってんの。アパート暮らしなんだけど、ここからも近いし」

 エイミはそう言いながらスマホを操作して誰かと連絡を取り合っている。
「本人は大丈夫だって言ってるけど、どうする?」


そう聞かれて返答に詰まる。知らない人の家に押しかけて行って泊まるなんて、さすがに抵抗があった。
「嫌なら別にいいんだよ? 私らは今日その子に家に泊まるけど、真美は帰る?」

 あの家に帰るか、それともエイミたちと一緒に泊まるか。
 私はゴクリと唾を飲み込んだ。もう、あの家には帰りたくない。それに、エイミとグリーンが一緒ならきっと大丈夫だ。

 私の決意はすぐについた。
「私、一緒に泊まる」

 そう言った瞬間、ふたりがニヤリと笑ったのを私は気が付かなかったのだった。


☆☆☆

 二階建てのアパートはとても古くて外階段は錆びて歩く度に嫌な音を立てた。
 ここへ来るまでに夜は一層深くなり、街頭がなければ歩くことも難しい真夜中になっていた。

「ボロアパートでごめんね」
 グリーンが私を気遣って声を駆けてくれる。

 どこでもいい。あの家以外なら、どこで寝たってきっと天国だ。
「ここが友達の部屋」

 エイミが二階の一番奥の部屋で立ち止まり、チャイムを鳴らした。壁が薄いのか、その安っぽい音が外まで聞こえてくる。
 しばらく待っていると中から鍵が開く音が聞こえてきた。

「ほら真美。挨拶挨拶」


 相手が出てくる前にグリーンに背中を押されて玄関の前に移動する。そしてドアが開いたそのとき……。
「いらっしゃい」

 耳に沢山のピアスがついた男が立っていた。その後ろには金髪の男。
 どこかで見覚えがあると思っていたら、昨日ナンパしてきた二人組みだと気がついた。

「この子がお金持ちで可愛い子? 確かに可愛いね」
 化粧をしている私の顔をジロジロと眺め回してピアス男が言う。

 なにかを考えるよりも先にサッと血の気が引いた。逃げなきゃ!
 咄嗟に思うけれど、真後ろにはグリーン、横にはエイミが立っていて逃げられない。

「そうだよ。悪くないでしょ?」
 エイミが自慢気に鼻をふくらませる。

「あ、あのやっぱり私帰るね」
「何言ってんの。夜はまだこれからっしょ?」

 金髪頭が腕を伸ばして掴んできた。


「いや!」
 無意識に振り払い、エイミの体を突き飛ばして走り出す。

「逃がすな!」
「くそっ」

 後方から男たちが追いかけてくる足音がする。
 錆びた階段を一気に駆け下りて暗い夜道を全力で走る。

やがて後ろから追いかけてくる音は聞こえなくなったけれど、走っても走ってもすぐ後ろにあいつらがいる気がして、家まで足を緩めることができなかったのだった。


☆☆☆

「お父さん! お母さん!」
 勢いよく玄関を開けて叫ぶ。

「お父さん、お母さん聞いて!」
 叫びながら家の中の電気をつけていく。

 廊下、キッチン、リビング、寝室。だけど誰もどこにもいない。
 ここまで走ってきたことで呼吸する度に肺が痛くて、今にも倒れてしまいそうだ。

「ねぇ、ふたりとも、いないの!?」
 家の中はとても静かで人の気配が感じられない。ゴミばかりの中で、小さな虫が動く音だけが聞こえてくる。

 一度冷静になって玄関へ戻り、厳重に鍵をかける。それからまた家の中を探してまわった。
 トイレ、お風呂、二階の物置。でも、やっぱり誰もいない。


「なんでこんなときに誰もいないの!?」
 誰かに話を聞いて欲しい。危険な目に遭ったんだから、助けて欲しい。

 再びキッチンへ戻ってくるとテーブルに白い紙が広げて置かれていることに気がついた。その上には銀色の指輪が大小ひとつずつ置かれている。

「え?」
 紙に書かれている文字に視線を走らせて思わず呟く。それは離婚届だったのだ。すでにふたりの名前が書かれて、ハンコも押されている。

「嘘でしょ!?」
 離婚届を乱暴に握りしめた拳が小刻みに震えている。

 元々私が無理やりくっつけたふたりだ。性格が合わないのは仕方のないことだった。
 だけど、なにもこんなときにこんなものを置いて、ふたりともいなくなることないじゃん!

 これから先の私はどうなるの?


 お父さんに引き取られても、お母さんに引き取られても結局は孤独だ。今の親戚に知っている人はひとりもいないし、もしも施設に入ることになったら……!?

 今まで両親と一緒に暮らしてきた私には、そこがそんな場所なのか検討もつかない。
 少し落ち着いてきていた心拍がまた上がってくる。

 私は泣き出してしまいそうになるのを必死で堪えてスマホを操作した。
 まずはお母さんからだ。電話をかけると、案外すぐに出てくれた。

「お母さん!? 離婚って、どういうこと!?」
『真美、あんた今日は家に帰ってきたんだ』

 それは鼻で笑うような声だった。
『そうよ。私とお父さんは離婚することになったの、あんたも今まで通り自由にすればいいから』

「待ってよ……なに無責任なこと言ってんの!?」
『はぁ? 今更なに言ってるの? ほとんど家に帰ってこなかったのはあんたでしょ。荷物はまた今度取りに行くから、またね』

「ちょっと!」


 私が次の言葉を言うよりも先に電話は切られてしまっていた。私は信じられない気持ちでスマホを見つめる。こんな風に突き放されるなんて思ってもいなかった。

 確かに私は自由にしていたけれど、でもだからってこんな扱いしなくてもいいのに!
 やっぱりお母さんじゃダメだ。お父さんに連絡しなきゃ!

 電話をかけると、こちらもすぐに繋がった。
『真美か、どうした?』

「お父さん離婚って嘘だよね? それに私今すごく怖いことがあったの。話を聞いてほしいの」
『急にしおらしい声を出してどうしたんだ? お前はなんでもお金で解決してきただろう?』

「変な男たちに襲われそうになって」
『それは大変だ。でも、それもお金で解決できるだろ?』

「でもっ!」
『お父さん今忙しいから、切るぞ』

「ちょっと待って! 離婚って本気で考えてるの!?」
『真美……』

 ゴクリと唾を飲んで次の言葉を待つ。どうかふたりの気の迷いでありますように。
『そんなの、当然の結果だろう?』

 お父さんは最後にそう言って、電話を切ったのだった。
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