迷宮階段

西羽咲 花月

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新しい友だち

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翌日学校へ来ると担任の先生が西村杏に変わっていた。
 彼女はホームルームのときからずっとおどおどしていて、生徒たちと視線を合わせようとしない。

 それをいいことに、教室内で私語が止まることはなかった。
「うちの担任楽勝だよねぇ」

 涼子が鼻歌交じりに言っている。
「一年生の担任になってる矢沢先生とかめんどくさいらしいよ? よかったよねぇ私達の担任じゃなくて」

「そうだね。よかったよね」
 私は机の上に出した手鏡でメークを直しながら受け答える。

 西村先生は歴史を担当していたけれど、歴史の授業はほとんどの生徒が話を聞いていなかった。


 みんな好き勝手立ち歩いたり、本を読んだり昼寝する時間になっている。
 そんな中、視界に移った里子だけは熱心に黒板を書き写していた。まぁだ真面目に勉強してるなんて、バカみたい。

 里子はいつまで経っても里子のままだった。私がクラストップに君臨しようと、それは変わらない。
 そんなので楽しいのかと思うけれど、わざわざ声をかけることもない。

 私は眠気を感じて大きく欠伸をすると、机に突っ伏して目を閉じたのだった。


☆☆☆

 今日はどこに行こう。なにして遊ぼう。
 涼子たちが遊びに付き合えなくても、お金を払ってあげると言えばそのへんにいる同年代の子たちは簡単についてきてくれた。

おかげで私は暇になることがない。
 一度家に帰っても父親の姿はなかった。
 最初は家にもまともに帰る時間がないくらいに忙しいんだと思っていたけれど、どうも違うようだ。

 時折戻ってくる父親からは毎回違う香水の匂いがする。外でいろいろな女性と遊んでいることが子供の私でもわかった。
 それなのに、お母さんはなにも言わない。今日もリビングのソファで横になって、大きく太ってしまった体を怠慢に動かしている。

 お父さんがお手伝いさんを雇ってくれたおかげで家の中は多少綺麗になっていたけれど、お手伝いさんが数日休むとあっという間にゴミ屋敷状態になってしまう。部屋の換気も滅多にされていないのか、今日もムッとする生ゴミの匂いが鼻を刺激した。

 私はテーブルに置かれているお金を握りしめると、すぐに外へ出た。



 制服姿のままでは目立ちすぎるから、近くのお店で適当な服を購入してその場で着替えることにしている。こうすればすぐに補導員が近づいてくることもない。

「ねぇ、あなたたちなにしてるの? よかったら、一緒に遊びに行かない?」
 街を歩いていると派手な二人組の女の子を見かけたので声をかけた。彼女たちは私と同じ中学二年生で、隣町から遊びに来ていた。

「へぇ! 榊原会社の娘さんなんだね」
 エイミと名乗ったミニスカートの子が驚いた様子を見せる。本名かどうかも怪しいけれど、そんなのどうでもよかった。

「そうだよ」
 私は胸を張って頷く。

「だからそんなに高級バッグ持ってるんだ?」
 緑のタンクトップを着ているグリーンと名乗った子は、私の持っていたバッグに興味津々だ。

「そうだよ。なんでも買ってくれるの。今日はお小遣いももらってきたから、ふたりには色々奢ってあげる!」
 上機嫌に言う私に、エイミとグリーンが目配せをする。私はそれに気が付かずにブランドバッグの自慢を続けたのだった。


☆☆☆

「真美、今日はありがとね! 最終電車がなくなっちゃうから、私ら帰らなきゃ」
 一一時を過ぎたころ、エイミが残念そうに言った。

 せっかく気の合う友達ができたのに、彼女たちには帰る家がある。
「そっか。じゃあまた会おうね」

「もちろんだよ。私達からも連絡する」
 グリーンも名残惜しそうだ。

 私達は駅前で手を振って別れた。途端に一人になり、なんとなく溜息が出る。
 さっきまでとてもおもしろかったから、急に静かになって少しさみしいのかもしれない。

「どうしよう。私も帰ろうかな」
 今から同年代の子を見つけるのは難しい。もうみんな家に帰ってしまっている時間帯だ。

「ねぇ君、暇なら俺たちとどっか行かない?」
 その声に顔を向けると派手な男性二人組が立っていた。

 ふたりともっすでに二十歳は超えているように見える。一人は金髪で、一人は耳に沢山のピアスを開けている。


 さすがに男の人と一緒に遊ぶことはできない。どう見ても大人なのに、こんな風に中学生に声をかけるのなんて普通じゃなさそうだし。

「もう帰るから、いいです」
 私は早口にそう言うと、慌ててその場から逃げ出したのだった。

☆☆☆

 家に戻ってリビングを覗くと、テレビをつけたままお母さんがいびきをかいて眠っていた。一瞬顔をしかめて、そのままにしてそっと自室へと戻る。

 自分の部屋にはお手伝いさんを入れていないから、今はもう足の踏み場もないくらいに汚れている。
 お菓子のゴミや中身が入ったままのペットボトルをかき分けて、どうにかスマホの充電器を探り当てた。

 ベッドに横になる前に、ベッドの上に散乱しているマンガと雑誌を床に落とす。ドサドサと音がして異臭が舞い上がってきた。
 ようやくベッドに横になると布団が湿気を吸ってじっとりと重たい。

 肌に絡みついてくるのが不快で、掛け布団をはねのけた。
 目を閉じるとなぜか浮かんでくるのは元の両親の顔だった。

口うるさい母親と、安月給な父親。
いなくなってせいせいしたふたりの顔が何度も何度も目の裏をちらつく。

 その度に浮かんでくる気持ちは『寂しい』『会いたい』と名付けることができた。私は強く首を振ってその気持を心の中から追い出す。


「これを望んだのは私だ。私は今一番幸せ」
 学校でのことを無理やり思い出す。

 誰も私に文句を言わない。誰もが私に憧れている。
私はクラスの、いや、学年で一番の権力を持っている。

 気分がよくなり眠れそうな雰囲気に鳴った時、一瞬だけ、なにも変わることのない里子の顔を思い出したのだった。


☆☆☆

 翌朝目が覚めると昼を少し過ぎた時間だった。
 スマホを確認すると友達からのメッセージが何件か来ていたけれど、今更学校へ行く気にもなれなくて無視しておいた。

 だらだらと着替えをしてキッチンへおりていく。そこにはお金が置いてあって、右手で握りしめる。
 リビングからは相変わらずテレビの音が聞こえてくるけれど、声をかけるつもりはなかった。

 洗面所で念入りに化粧をして、年齢よりも少し上に見えるように気をつけた。
 短いスカートを履き、ブランドバッグを持って外へ出る。外の日差しが眩しくて一瞬目がくらむ。

 それでも何か食べないといけないから、私は昼の街をダラダラと歩いてファミレスへ向かった。
 なんだか、なにをするのも面倒な気分だ。


注文したサンドイッチが運ばれてきても食べる気になれずに座っていると突然声をかけられた。
「真美じゃん!」

 その声に後ろの席へ振り向いてみると、そこに座っていたのはエイミとグリーンだったのだ。ふたりとも昼間なのに私服姿だ。
「ふたりとも、こんな時間にどうしたの?」

 驚きと嬉しさが同時にこみ上げてくる。昨日出会ったばかりだけれど、このふたりとはまた会いたいと思っていたんだ。
「今日は学校が休みなんだよ。ねぇ、こっちの席においでよ」

 エイミに手招きされて、私はバッグとサンドイッチを持って席を移動した。ふたりとも今日も派手な格好だ。だけどこれなら私と一緒にいても釣り合ってみえるはずだ。

「真美も学校休み?」
「私はサボり」


 ニッと笑ってみせるとふたりとも大きな声で笑ってくれた。昨日の夜感じた寂しさが一気に遠のいていく。
「今日も奢ってあげるからさ、なんでも注文してよ」

 その言葉にふたりは目を見交わせた。
「昨日だって真美に奢ってもらったんだから、今度は私らが出すって」

 グリーンが真面目な顔で言う。
「え、でも」

 それじゃ一緒に遊んでくれなくなるんじゃないかと不安がよぎる。
「だって私達友達じゃん?」

 エイミの言葉に不安はすぐに吹き飛んだ。
 友達。そうだよね、友達だもんね。

 心の芯が暖かくなり、それが一気に広がっていく感じがした。
「そうだよね。友達だよね!?」

「もちろんだよ。真美は私とグリーンの友達。もう親友だよ!」
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