迷宮階段

西羽咲 花月

文字の大きさ
3 / 13

交換完了

しおりを挟む
昨日の夕方から振り始めた雨は今日の朝になってもやんでいなかった。テレビニュースでは梅雨入りしたと発表されている。これから数週間は蒸し暑い日が続くのかと思うと、気が滅入ってしまう。

「梅雨入りか」
 お味噌汁を飲んでいたお父さんがテレビに視線をやってつぶやく。分厚いレンズのメガネの奥で、目がしょぼしょぼしているのが見える。

 最近仕事がうまく行っていないみたいで、昨日の帰りも遅かった。きっと、あまり眠れていないんだろう。
 そんなお父さんの体調変化に連動するように、お母さんの機嫌もあまりよくないみたいだ。

「真美。早くご飯食べちゃいなさい。遅刻するわよ」

 中学に入学してから一度も遅刻なんてしたことのない私へ向けて、八つ当たりのように注意してくる。
 私はお母さんの言葉を無視して、箸に手を伸ばしたのだった。


☆☆☆

 透明な雨傘に雨が叩きつけてきて、周囲の音を消してしまう。こんなに大振りなのは久しぶりで、足元が悪くて仕方ない。
 朝から最悪な気分で学校に到着すると、いつもどおり里子は先に登校してきていた。

「おはよう」
 変わらず声をかけると、本を読んでいた里子が少し驚いた表情でこちらを見た。

「お、おはよう」
 ぎこちない挨拶に首をかしげる。

「朝から読書なんて珍しいね」
 里子が本を読み始めるのはたいてい朝のホームルームが終わってからだ。

 しかし里子は首をかしげて「いつも読んでるけど……」と、ぎこちない様子で言った。
「え?」

 何言ってるんだろう。いつもはこの時間は私とおしゃべりしているのに。
 そう言おうとしたときだった。教室のドアが開いて麻衣たちが登校してきた。その瞬間教室の空気が一気に華やかになる。


 暗くてジメジメした梅雨の時期も麻衣たちには全然関係ないみたいだ。
「おっはよ! 真美!」

 麻衣が私の背中を少し痛いくらいに叩く。
「そんなところに突っ立ってどうしたの?」

「え?」
 普段普通の挨拶くらいは交わすけれど、こうして自然に会話に流れていくことはほとんどなくて返答に戸惑う。

 私は麻衣と里子を交互に見つめた。里子は興味を失ったのか、すぐに本へ視線を戻してしまった。
「麻衣、真美、こっちおいでよ!」

 麻衣の取り巻きが雑誌を広げて手招きをしている。
「麻衣、行こ!」

 真美が私の腕を掴んで歩き出す。あっけにとられたている私は転けそうになりながらもなんとか麻衣についていった。
「やっぱり今年の新作バッグはどれもかわいいねぇ」

「絶対欲しいよね! でもちょっと高いかぁ」


「高校生になったらバイトして、欲しいもの全部買うんだなぁ!」
「欲張り!」

 麻衣の友人らに混ざってファッション誌へ視線を向ける。そこには今年の流行の小物が載っていた。
 でも、これはどういうことだろう。どうして私はこんなふうに麻衣たちと一緒にいるんだろう。

「真美今日はどうしたの? やけに静かなじゃい?」
 麻衣が首をかしげてこちらへ視線を向ける。

「え、えっと、そう、かな?」
 なんだかわからないまま、笑顔を浮かべてみる。

「いつもの真美だったら、『これ欲しい』とか『これ可愛い』とか、言ってくるじゃん」
 いつもの真美という言葉に心臓がドクンッと跳ねた。さっき里子もいつも読んでるけどと言っていた。

 でも私の記憶では昨日まではこんなことはなかったはずだ。麻衣たちと一緒に雑誌を囲んで読んだことなんて一度もない。


混乱する頭の中に浮かんできたのは昨日の七不思議だった。
 交換階段。それを私はやってみたんだ。

 交換階段をすると、その翌日には願いが反映されるのだと里子は言っていた。
 まさか、あれが本物だった……?

 そんなわけないという気持ちと、実際に里子や麻衣の態度が普段と違うことが交差する。
「真美、本当に大丈夫?」

 麻衣が心配そうな顔つきになる。
「だ、大丈夫だよ」

 自分だけおかしなことを他に悟られてはいけない。私はそう思って、必死で麻衣に合わせたのだった。


☆☆☆

 最初はとまどうことが多かったけれど、麻衣はいつでもにぎやかで、その輪の中にいることで私も同じ様に楽しい気持ちになっていた。

 元々ファッションには興味があったし、麻衣たちの知っている流行を聞くだけで勉強にもなった。
「今度の休みは買い物行こうよ!」

「いいね!」
 麻衣たちは週末になると少し遠出をしてもブランドもののお店がある街まででかけていくらしい。

 だから学校へ持ってきている小物や文房具も、この辺では見かけないものなのだと、やっと理解できた。そのくらい、麻衣たちの意識は高いんだ。

「中学出たら絶対この街から出るんだぁ。もっとおしゃれな街に暮らすの!」
 それが麻衣の夢だった。

 その夢に向かって確実に進んでいく麻衣の姿は眩しくて、今まで夢を持ったことのない私には尊敬するところも多かった。


 どんなことがキッカケになって夢を持つかわからない。麻衣たちは常にそのアンテナをはっているように思えた。
「すごいねみんな」

「どうしたの真美。そんなしみじみした顔してさ」
「そうだよ、なんか今日変だよ?」

 みんなの中で昨日までの私は、きっと明るくて前向きで、麻衣たちと釣り合う存在だったんだろう。
 不思議そうな視線を向けられてしまった。

「ううん、なんでもない。私も夢とか持てたらいいなぁと思っただけ」
 できるだけ明るく、違和感のないようにしゃべる。

 麻衣たちと深く関わることで、話し方にも特徴があることがわかってきたから、それを真似る。
「よ~し! じゃあ今日はみんなで遊びに行こうか!」


麻衣が指揮を切ってみんなを誘う。
「いいね! 新しいメーク道具見に行きたかったんだ」

「私も!」
 そんな声が次々と上がる中麻衣がこちらを見た。

「真美も行くよね?」
「う、うん!」

 私は大きく頷いたのだった。

☆☆☆

 里子はバス通学だから、こうして放課後みんなと遊びに行くのは久しぶりのことだった。
 彼氏の海人となら何度か放課後デートをしているけれど、こんなに明るく、華やかにはならない。

「麻衣、今年の秋のメークってなにが来そう?」
「う~ん、今年の秋はねぇ」

 若い子向けのメークブランド店でみんなそんな会話をしている。誰よりも流行に敏感な麻衣はあちこちで友達から引っ張りだこだ。

「真美、今日は完全にノーメイクだよね。どうかしたの?」
「別に、どうもしてないけど……」

 普段から日焼け止めくらいしかつけない私は麻衣の言葉に戸惑う。
「してあげるから、ここに座って」

 そこは店内でメーク道具のお試しができるコーナーだった。
 こんなところがあるなんて事自体初めて知った私は戸惑いながらも、麻衣に言われるまま椅子に座る。


 そこから先はまるで魔法みたいだった。麻衣が手を動かしたそばから私の顔が変化していく。
 目は倍くらいに大きく、眉は柔らかく優しそうな印象に、唇はうるうるに。そして出来上がった自分の姿に驚いて鏡に見入ってしまった。

「すごい! まるで別人みたい!」
 驚く私に麻衣は自信満々に微笑んだ。

「私メークの腕上げたでしょう?」
「こんなことができるなんて本当にすごいよ!」

 鏡の中私はまるで別人だ。親が見たらきっと驚くだろう。
「将来はメークアップアーティストになるんだもん。当然でしょう?」

 胸を張る麻衣の姿がとてもまぶしい。
「それでこの街を出るの?」

 麻衣は大きく頷く。
「そうだよ。私は芸能人やモデルさんを綺麗にしてあげたい」


「麻衣が芸能人やモデルになったらいいのに!」
 それくらい綺麗で華があると思う。

「あはは! ありがと」
 麻衣は照れ隠しなのか大きな声で笑って、私の肩を叩いたのだった。


☆☆☆

 麻衣が友達でよかった。
 麻衣は今まで私が知らなかった世界を沢山見せてくれた。たった一日で、自分の人生まで変わってしまったかのように感じられる。

「まだドキドキしてる」
 家に帰ってからも興奮しているみたいで、なかなか落ち着いて勉強することができなかった。

 手鏡を取り出して何度も自分の顔を確認した。
 家に帰ってきてもその美しい顔には変わりがなかった。

 こんなことができるんなんて本当にすごい! 宿題をそっちのけで自分の顔をジッと見つめ、溜息を吐き出す。ここまでじっくりと自分の顔を見たのは初めての経験だった。

 この後お風呂に入ってメークを落とさないといけないことが、もったいなくて仕方ない。
「そうだ! 里子にも教えてあげよう!」

 そう思い立ってスマホを掴み、里子とのメッセージ画面を表示しようとする。けれどどこを探しても里子の名前が出てこないのだ。
「あれ、おかしいな」


 試しに登録してある電話帳を確認してみるけれど、そこからも里子の名前が消えていたのだ。
「なんで……?」

 呟いた瞬間、里子はもう自分の友達ではないことを思い出した。友達じゃないから、メッセージのやりとりなどしていないのだ。
 登録情報は消えて、代わりに麻衣と、その友人らの情報が入っている。

「嘘、登録情報まで消えちゃうなんて聞いてない!」
 慌てて里子とのやりとりの痕跡を探すけれど、ひとつも残されていないことがわかった。

 電話もメッセージも写真も、すべての記憶から里子が削除されている。
 背筋に冷たい汗が流れていく。自分はとんでもないことをしてしまったんじゃないかと、心臓が早くなる。

「でも、みんなの記憶の中では私と里子は友達じゃなくなってるんだもんね?」
 自分を落ち着かせるように呟いた。

 みんなの記憶の中では私は麻衣と友達なのだ。それなら、そんなに心配する必要はない。


明日からも麻衣たちと仲良くしていればいいだけんだから。

 それに今日はとても楽しかった。その楽しさはきっと里子とじゃ味わえなかったものだ。
 私はそっとスマホを机に置いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒地蔵

紫音みけ🐾書籍発売中
児童書・童話
友人と肝試しにやってきた中学一年生の少女・ましろは、誤って転倒した際に頭を打ち、人知れず幽体離脱してしまう。元に戻る方法もわからず孤独に怯える彼女のもとへ、たったひとり救いの手を差し伸べたのは、自らを『黒地蔵』と名乗る不思議な少年だった。黒地蔵というのは地元で有名な『呪いの地蔵』なのだが、果たしてこの少年を信じても良いのだろうか……。目には見えない真実をめぐる現代ファンタジー。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

おばあちゃんっ子 ーもうこの世界にいないあなたへー

かみつ
児童書・童話
20年以上前に死んでしまった、祖母との大切な思い出を、思い出すままに書いていきます。人はどんなに大事な想いもいつかは忘れていく生き物です。辛いこともそうです。だから、もう2度と思い出すことのないことかもしれない、何気ないことも、書いていきます。 人として、とても素晴らしい、 誰からでも愛されるそんな祖母でした。 今は亡き祖母へ もう届くことのない、わたしの想いをここに書き記します。

ホントのキモチ!

望月くらげ
児童書・童話
中学二年生の凜の学校には人気者の双子、樹と蒼がいる。 樹は女子に、蒼は男子に大人気。凜も樹に片思いをしていた。 けれど、大人しい凜は樹に挨拶すら自分からはできずにいた。 放課後の教室で一人きりでいる樹と出会った凜は勢いから告白してしまう。 樹からの返事は「俺も好きだった」というものだった。 けれど、凜が樹だと思って告白したのは、蒼だった……! 今さら間違いだったと言えず蒼と付き合うことになるが――。 ホントのキモチを伝えることができないふたり(さんにん?)の ドキドキもだもだ学園ラブストーリー。

緑色の友達

石河 翠
児童書・童話
むかしむかしあるところに、大きな森に囲まれた小さな村がありました。そこに住む女の子ララは、祭りの前日に不思議な男の子に出会います。ところが男の子にはある秘密があったのです……。 こちらは小説家になろうにも投稿しております。 表紙は、貴様 二太郎様に描いて頂きました。

【完結】またたく星空の下

mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】 ※こちらはweb版(改稿前)です※ ※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※ ◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇ 主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。 クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。 そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。 シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

小さな歌姫と大きな騎士さまのねがいごと

石河 翠
児童書・童話
むかしむかしとある国で、戦いに疲れた騎士がいました。政争に敗れた彼は王都を離れ、辺境のとりでを守っています。そこで彼は、心優しい小さな歌姫に出会いました。 歌姫は彼の心を癒し、生きる意味を教えてくれました。彼らはお互いをかけがえのないものとしてみなすようになります。ところがある日、隣の国が攻めこんできたという知らせが届くのです。 大切な歌姫が傷つくことを恐れ、歌姫に急ぎ逃げるように告げる騎士。実は高貴な身分である彼は、ともに逃げることも叶わず、そのまま戦場へ向かいます。一方で、彼のことを諦められない歌姫は騎士の後を追いかけます。しかし、すでに騎士は敵に囲まれ、絶対絶命の危機に陥っていました。 愛するひとを傷つけさせたりはしない。騎士を救うべく、歌姫は命を賭けてある決断を下すのです。戦場に美しい花があふれたそのとき、騎士が目にしたものとは……。 恋した騎士にすべてを捧げた小さな歌姫と、彼女のことを最後まで待ちつづけた不器用な騎士の物語。 扉絵は、あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。

処理中です...