迷宮階段

西羽咲 花月

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 今日の体育の授業は体育館でバスケットボールの試合だった。運動が苦手な里子はさっきから浮かない顔をしている。
「大丈夫だって。試合って言っても授業なんだからさ」

 そう声をかけてもうつむいてばかりだ。
 そんな里子は不運にも麻衣たちのグループと戦うことになってしまった。麻衣たちは仲間内でグループを組んでいて、みんなそれぞれに運動神経がいい。

 里子が入っているグループはとりあえず寄せ集めで先生が適当に選んだグループだった。みんな運動が苦手で、グループを作りたがらなかったのだから仕方がない。
 試合結果は言うまでもなく里子チームの惨敗だ。麻衣チームを相手にして、一点も点数を入れることができなかった。

「あ~あ、授業を休めばよかったなぁ」
 更衣室で着替えながら里子が溜息を吐き出す。まさか一点も取れないとは自分でも思っていなかったんだろう。

「気にする必要ないよ。グループ分けがひどいんだもん」
 先生だってもう少し配慮できたはずだ。


 だけど里子は肩を落として溜息ばかり。その様子にちょっとだけ気持ちがイラつきはじめる。
 里子は悪い子じゃないけれど、こうしてしばらくウジウジしてしまうところがある。

 終わったことをいつまでも引きずっていても仕方ないと思うのだけれど、切り替えがうまくいかないみたいだ。
「次回からはバレーだし。私、バレーも苦手だから絶対みんなの足ひっぱっちゃうし」

 次の授業のことまで心配している里子につい呆れてしまう。
「球技って難しいもん。誰だって苦手なときはあるよ」

「でもさぁ……」
 まだなにか言いたそうにこちらへ顔を向けてきた時、ドアのノック音が聞こえて麻衣たちが入ってきた。
 途端に場の空気が一転して華々しくなる。麻衣たちの声はオクターブ高く、どんなときでも騒がしい。

 里子はいいかけた言葉を飲み込んで手早く着替えを済ませると、逃げるように更衣室を出ていったのだった。


☆☆☆

 もしも本当に人を交換できるのなら、もう少し華やかで楽しい友達がほしい。
 体育の授業が終わってからもしばらく落ち込んでいる里子を見て、私はぼんやりとそんなことを考えていた。

 たとえば麻衣みたいな子。
 その場にいるだけで空気を変えてしまうような、影響力のある友人がいれば、きっと自分ももっと明るくなることができる。

 決して里子のことが嫌いなわけじゃないけれど、つい考えてしまった。そして放課後になり、私と里子は一緒に教室を出た。
 窓から差し込む西日はどこか薄暗くて、空を見上げてみると黒い雲がかかっているのが見えた。

 雨が降るかもしれない。里子はバスだからいいけれど、徒歩通学の私は濡れてしまうかも。
 そう思い、早足で校門までやってきたとき、急に放課後配られたプリントのことを思い出して足を止めた。

「あ、プリント忘れてきたかも!」


 もうすっかり帰り支度を終えたところで配られたプリントだったから、無意識に机の中に突っ込んで、そのままカバンには入れずに来てしまったかもしれない。

 慌ててカバンの中を探してみるけれど、やっぱりどこにも見当たらない。
「取りに戻る?」

「うん。里子は先に帰ってていいからね」
 バス停は校門の目の前だけれど、一応そう声をかけて慌てて校舎へとかけ戻る。宿題として出されていたプリントだから、どうしても持って帰らないといけない。

 A組の担任である矢沢先生は遅刻や宿題に関してとても口うるさく、忘れてしまうと説教されることは間違いないのだ。
「あったぁ」

 もう誰もいない教室に飛び込んで机の中からプリントを引っ張り出し、ホッと胸をなでおろす。
 大切にカバンに入れて教室を出ようとした時、黒板の上の壁に駆けられている時計が視界に入った。今は四時四十分だ。

 校舎内からは部活動以外の音はなにも聞こえてこない。


ふいに里子の声が脳裏に蘇ってきた。
『放課後の四時四十四分』

 後四分でその時間になる。私はなんとはなしにゴクリと唾を飲み込んでいた。
 先に帰っていていいと言ったけれど、里子はきっと待っている。バスの到着時間は確か四時五十分だったはずだから。

 早く戻って上げたほうがいいという思いと、そこまで気にする必要はないという気持ちが胸の中で交差する。
 時計の前で立ち止って動けずにいると、長針が動いてカチッと音を立てた。

 四時四一分。その音を合図にしたように私は駆け出した。
 ほんの少し試して見るだけ。七不思議なんてどうせありえないんだから、遊んでみるだけ。

 三階に駆け上がり、そのまま屋上へ続く階段を見上げる。下から、四段目。
 周りには誰もいなくてとても静かだ。


 窓から入ってくる夕日もほとんどなくて、放課後なのにまるで真夜中の校舎に忍び込んだような気分になってくる。
 私はポケットからスマホを取り出して時間を確認した。

 四時四三分。あと一分だ。
 ゴクリと喉を鳴らす。走ってここまで来たせいか、額から頬へかけて汗が流れた。

 時間は止まらず、刻一刻と進んでいく。それなのにまるですべてが停止してしまっているかのように、永遠のように長い長い一分間だった。

 スマホ画面の中で時計が四時四十四分を告げる。私は口を開き、空気を吸い込んだ。
「友達の村田里子を桃屋麻衣に交換」

 教室で話すのと同じくらいの声の大きさだったけれど、その声はやけに大きく階段に響き渡った。そして訪れる静寂。
 ジッと待っているとジメジメとした空気が肌に絡みついてきてまた汗が流れ出した。

 もしかして今の声を誰かに聞かれたんじゃないか?そんな不安がよぎってハッと息を呑み、時計を確認するとすでに四時四十五分を回っていた。
私はすぐに身を翻して階段を駆け下りたのだった。


☆☆☆

 走って走ってようやく校門へ到着すると、里子はまだそこに立っていた。
「汗だくじゃない。どうしたの?」

 驚いた顔で言う里子に、私は無理やり笑顔を浮かべて「なんでもない」と、左右に首振った。
「プリントは?」

「うん。あったよ。これで怒られずにすみそう」
 ようやく呼吸が落ち着いてくる。都市伝説はただの都市伝説だ。これくらいのことみんなやったことがあるだろうし、気にすることじゃない。

 ただ少し後ろめたく感じているのは、きっと私の気のせいだ……。
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