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告白

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屋上のベンチに座り、尚美はこの1年間にあったことをすべて告白していた。
「正直、田崎さんの言っていることは理解に苦しみます」

健一はこめかみを抑えて唸るように言った。

普通に考えれば尚美が健一のストーカーをしていたとか、部屋にカメラを仕掛けていたのではないかと疑うはずだ。

だけどこの1年間尚美はずっと意識不明だった。

ストーカーである可能性がゼロであるからこそ、健一は尚美がミーコであったという可能性を捨てきることができないでいた。

「勝手に走り出してごめんなさい。ミーコは今……?」
聞くと健一は左右に首を振った。

「女の子を助けに行ったことは覚えています。そこに車が突っ込んできたことも。だけど気がつくとミーコはいなくなっていたんです」

「え?」
てっきり死んでしまったのだと思っていたが、違うんだろうか。


いや、もしかしたら最初に私が助けたあのときにミーコはもう……。
なんて、わからないことを考えるのは不毛なことなのかもしれない。

尚美はこうして人間に戻って、ミーコはこつ然と姿を消した。
その信じがたいことが事実だった。

「これ、ありがとうございました。高いものを」
そう言って尚美がバッグから取り出したのは赤い首輪だった。

それを見た瞬間健一が目に涙をためて口を覆った。
「これは……」

「関さんが私の……ミーコのために買ってくれたものです。このネームプレート、お店で一番高いものでした」

健一は尚美から首輪を受け取ると、それを鼻先に近づけた。
「ミーコの匂いがする」

「私、ミーコでしたから」
そう言って少しだけ照れ笑いを浮かべた。


「君が……本当に……」

「私、お菓子が大好きです。猫用のお菓子も、猫になって食べてみると結構美味しかったし、本当にお菓子が好きなんだなって再確認しました。だから、ここを辞めてもたぶん似たような仕事をすると思います」

お菓子の販売をしているお店とかいいかもしれない。
お菓子コーナーの仕入れ担当になれば、棚一面を自分の好きなお菓子で埋め尽くすことができる。

うん、これからの未来も悪くない。
そう思わないと涙が溢れ出してしまいそうだった。

嫌だ。
やめたくない。

離れたくない。
そんな気持ちが溢れ出して健一に迷惑をかけてしまいそうで、怖かった。

「それと……関さんのことも、大好きでした。猫だったときも、人間だったときも……今も、まだ」


微笑んでいたつもりだったのに、やっぱり涙が出てきてしまった。
健一が大きく目を見開き、ベンチから腰を浮かせる。

尚美は両手で顔を覆って涙をぬぐった。
ギュッと握りしめられたいた首輪がチリンッと音を立てて、健一は尚美を抱きしめていた。


☆☆☆

「じゃあ行ってきます!」
尚美は庭先で洗濯物を干していた母親へ向けて手を振って歩き出す。

新しい勤務先は実家の近くのスーパーだ。
以前の会社に比べればお給料は随分少なくなってしまったけれど、やりがいはある。

お客さんと直接のやりとりをしてどんな商品が欲しいのか聞くことができるのは、お菓子担当としてとても重要な経験だった。

大人用お菓子と子ども用お菓子。
そのどちらも楽しむことのできるお菓子。

ただのお菓子と侮るなかれ、種類も豊富でとても決められた棚には入り切らないものばかりだ。

「おはようございます!」
元気に挨拶をして更衣室へ向かう。

紺色のエプロンと紺色のバンダナを頭にまく。


これがこのお店のスタイルだ。

全身鏡で自分の恰好をチェックしてお客さんの前に出ても恥ずかしくないかどうか確認すれば、ようやく出勤だ。

「おはようございます」
一旦小さな事務所へ顔を出して上司たちに挨拶をする。

そのまま売り場へ向かおうと思ったが、上司に「ちょっと、君に話がしたいという人がいるんだが……」と、止められた。

なにかあっただろうかとついていくと、そこには健一の姿があった。
スーパーの店員姿の尚美を見て健一は微笑む。

「本日から○○製菓社長に就任しました関健一です」
健一が丁寧にお辞儀をするので尚美も同じように頭を下げた。

普通、こんなことはありえない。
お菓子メーカーの社長が一般の店員に挨拶するなんて。

「お菓子担当の田崎尚美です」


クスクスと笑い合って挨拶を交わすふたりに上司は困惑顔だ。
「これから先もなにとぞ取引の方、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」
それはふたりにしかわからない、暗号のような言葉。

尚美の薬指にはめられたリングがキラリと光った。

END
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