猫に生まれ変わったら憧れの上司に飼われることになりました

西羽咲 花月

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早期発見

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病院に到着してから検査結果が出るまでの間、尚美は待合のベンチの下に隠れていた。

ここで誰かに見つかって病院から追い出されてしまうのだけは避けたいから、できるだけ動かないように注意する。

朝だと言うのに診察室の前にはすでに沢山の患者さんたちがいて、看護師さんたちがせわしなく行き交っている。

その様子を見ながらしばらく待っていると、健一が診察室から出てきた。
点滴を下げていて、ベンチにストンッと腰を下ろす。

起きたときよりも少し顔色も良くなっているみたいだ。
「関さん、向こうのベッドで横になっていてください」

追いかけてきた看護師が慌てて隣の部屋を指差す。
そこには患者用のベッドが用意されているみたいだ。

「いえ、ここで大丈夫です」

左右に首をふる健一に「そうですか」と、心配そうな表情を残しながらも一旦診察室へと戻っていく看護師さん。


尚美はそっと顔を出して健一を見上げた。
すると健一とバッチリ視線がぶつかったのだ。

驚いて引っ込もうとしたら右手が伸びてきて、尚美の頭をなでてくれた。

「ついてきてくれたの、知ってたよ。リビングでずっと鳴いて、俺を呼んでくれてたことも」

小声で言われて、つい目の奥がジンッと熱くなる。
自分の声がちゃんと届いていたことがわかって、うれしくて。

「もしかしたら今日から入院することになるかもしれない。だけど、心配しなくていいから」

入院!?
驚いて思わず声を上げてしまいそうになる。

それをグッと我慢して健一の次の言葉を静かに聞く。


「ミーコのことは俺が絶対に幸せにする。だから、大丈夫」
あぁ……。

その言葉を人間として、尚美として聞くことができたらどれだけ幸せだっただろう。

絶対に幸せにするなんて言われたら、きっと卒倒してしまう。
だけどこの言葉も大切にしよう。

自分自身に向けられた言葉で間違いないんだから。


☆☆☆

それからまた検査をされて、やはり健一は入院することになったようだ。

ひとり暮らしということもあってこのまま帰宅することがはばかられた健一には、すぐに病室があてがわれた。

それでも一旦帰って入院準備とかが必要になるはずだ。

そう思っていると健一がどこかで電話をかけに行き、戻ってくるとこっそりミーコを服の中に隠してエレベーターに乗り込んだ。

「俺の病室は302号室なんだって」
エレベーターには他に人がいなくてそう教えてくれた。

どうやらこのまま病室に行くつもりみたいだ。

自分まで病室へついていって大丈夫だろうかと心配になったけれど、そこは個室になっていて他に患者さんの姿はなかった。

それならひとまずは大丈夫だろうと、キレイに掃除された床に下りる。
「ちょっと仕事しすぎたのかな」

ベッドに腰をおろした健一がため息を共につぶやいた。
その顔はやっぱり青白く、不健康に見える。


それに息に乗ってただよってくる匂いは病人のそれだ。
心配になってベッドの上に飛び乗ると、健一が抱き上げて膝に上げてくれた。

やさしく背中を撫でられるとうっとりしてくる。
今朝のてんやわんやのせいで少し疲れてもいた。

「少し眠るといいよ。みんなが来る前に」
みんなって?

そう質問するより先に眠気が来てしまって、尚美はそのまま目を閉じたのだった。


☆☆☆

なにかいい夢を見ていたような気がするのだけれど、ドヤドヤと人が病室へ入ってくる気配がして、夢の内容は一瞬にして忘れてしまった。

尚美が目を覚ました時、病室には男性2人と女性1人の姿があった。
男性はスーツ姿で仕事を抜け出して駆けつけてきた感じだ。

女性の方もエプロンをつけたままだから、家事をしている最中だったことがわかる。
「健一大丈夫なのか?」

60代近くに見えるスーツ姿の男性が心配そうな声でそう質問する。
その顔はどこか健一に似ていて、いや、健一がこの男性に似ているのか。

きっと父親だ。
突然の父親の出現に完全に目を覚ました尚美は慌てて健一の膝から飛び降りた。

こんな恰好で初対面することになるとは思ってもいなかった。
一気に緊張してしまい、体が震える。


えっと、まずは自己紹介!?
なんて思っている間から尚美を無視して健一と父親の会話は続いている。

「手術が必要みたいだ」
健一から出た言葉に尚美は一瞬頭の中が真っ白になった。

手術……?
「兄貴、だけど治るんだよな?」

「あぁ、心配するな。早期発見だったからきっと大丈夫だから」
健一を兄貴と呼んだその人は、よく見てみれば前に写真で見た男性だった。

健一の弟さんだ。
だとすれば横にいる女性は健一の義理の妹ということになる。

みんな心配そうな視線を健一へ向けている。
尚美は家族勢揃いの光景に頭がクラクラしてきてしまった。

どうにか楚々のないようにと思うけれど今の尚美は猫だ。
上品にふるまうにも限界がある。


それに手術とか早期発見という単語が気になりすぎて仕方ない。
「健一さん、これ家から持ってきました。一応全部新品ですから」

女性が大きな紙袋を健一に手渡す。
中には入院に必要なタオルや下着類が入っているようだ。

健一はそれを両手で受け取ると深く頭を下げた。
「ごめん、ありがとう。裕太は?」

「お義理母さんが見てくれています。ごめんなさい。本当はお義理母さんがここに来るべきだったんですけど」

「そんなこと、気にする必要ないよ」
健一が左右に首をふり、義理の妹さんもホッとした表情を浮かべる。

「お母さんは混乱しちゃってて、とても連れて来られなかったんだよ」
と、弟さんが横から補足すると健一は笑って「そんなことだと思ったよ」と、答えた。

家族の会話が一段落したときだった。
さて、というようにみんなの視線が一斉に尚美へ向けられた。


尚美の緊張が高まり背筋がピンッと伸びた状態でおすわりする。
ニコニコ微笑んでみたいけれど、猫なのでちょっと難しい。

「ふふっ。かわいい猫ちゃん」
すぐに反応したのは義理妹さんだ。

優しそうな笑顔を向けてくれているので、不快な気持ちにはさせていないようだ。

「どうして猫がここにいるんだ?」
しかめっ面をしたのはお父さんだ。

ひぃ!
そ、そうですよね!?

マンションの部屋ならともかく、ここは病院だ。
セラピーでもない限り、動物が入り込むなんてもっての他だ。


「この子が俺の異変を大家さんに知らせてくれたんだよ」
健一はそう言ってミーコの体を抱き上げた。

「へぇ、そいつが?」
弟さんが珍しそうに尚美を見つめる。

似たような顔の3人にジロジロ見られてなんだか照れてきてしまった。

「朝起きてこない俺を心配して、ミャアミャアずっと鳴いてたんだ。きっと喉がかわいてると思う」

そう言われればそうかもしれない。
あれだけ鳴いたのに、今日はまだなにも飲んでいなかった。

必死過ぎて自分のことなんて全然考えていなかったのだ。
「それなら俺たちが預かるよ。裕太も猫好きだし」

「そうね。きっと喜ぶと思うわ」
裕太くんってきっと写真に写ってた赤ちゃんのことだよね?


今はどうなってるんだろう。
「だそうだ。少しの間だけだから大丈夫だよな?」

健一の迷惑にだけはなりたくない。
入院や手術といった中で心配事を増やすつもりはなかった。

「ミャア」
尚美は素直に頷いたのだった。
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