猫に生まれ変わったら憧れの上司に飼われることになりました

西羽咲 花月

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ライバル

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チャイムを鳴らされても今の尚美に出ることはできない。
だけど一応玄関先まで歩いていって「ミャア」と一言鳴いた。

このマンションはエントランスでロックを外してもらわないと中へ入ってこられないようになている。

直接部屋のチャイムを鳴らしたということは、このマンションの住人に違いなかった。
「猫ちゃん、いるの?」

その声は若い女性、山内のもののようで尚美は咄嗟に身構えた。
鍵が閉まっているから入ってこれないとわかっていてもつい警戒してしまう。

「ご主人はいる?」
いない。


と、左右に首を振るけれど、もちろん相手には見えていない。
こんな昼間にきても誰もいないことはわかりそうなものなのにとも考える。

それとも山内はこんな昼間に動き回ることができる職業なんだろうか。
「まぁいいわ。また今夜来るから待っててね」

そう言うと山内はカッカッとハイヒールの音を響かせて遠ざかっていってしまった。

同じマンションの部屋に来るだけでハイヒール?
尚美は嫌な予感を全身に感じたのだった。

☆☆☆

山内という女はやっぱりどこか怪しい。
そう思ってもそれを伝える手段もないまま、健一が帰ってきてしまっていた。

「ただいまミーコ。今日はおとなしくしてたかい?」
と、質問している間に本棚から落ちたアルバムを見つけて拾い上げる健一。

「懐かしいな」
そうつぶやいて片手にアルバム、片手にミーコを抱きかかえてソファに座った。

「見てごらんミーコ。かわいい赤ちゃんだろう」
「ミャア」

健一がミーコにも見えるようにアルバムを支えてくれたので、ひとこと答える。
もうすでに一通りみたアルバムだったけれど、仕方ない。

「これは俺の弟。できがよくて、結婚も随分早かったんだ」

やっぱり、弟さんだったんだ。
顔が似ていると思っていた。

「それでこっちが弟の奥さんと、子供。生まて何ヶ月かの頃この部屋につれてきて、哺乳瓶でミルクをあげたんだ。ほら、これがその時の写真」

うんうん。
尚美は隣で頷きながら話を聞く。

そしてその哺乳瓶を今でも大切に持っていることも、知っている。
「本当に懐かしいなぁ」

健一が思い出に浸っていたタイミングで玄関チャイムが鳴らされた。
ハッと警戒して玄関へ向けて走り出す尚美。

玄関を開けてはいけない!
「ミャアミャア」

鳴いて叫んで、足に絡みついて引き止める。


が、「ちょっと待っててねミーコ」と言われてひょいっと横に避けられてしまった。
「ミャア!」

ダメェ!
と叫んでみても通じない。

玄関の鍵はいとも簡単に開けられてしまった。
「こんばんは」

ひょっこり顔を出したのは思っていたとおりあの女で、尚美は警戒心をむき出しにして牙を向いた。

フー!と息を吐き、毛を逆立てる。
「山内さん、こんばんは」

それなのに健一は気がついてくれない。
ニコニコと愛想笑いなんかをしている。

「これ、今度はミーコちゃんに」
と、差し出された白い紙袋を嬉しそうに受け取っている。


騙されないで!
その人は今日の昼間も来たのよ!

怪しいのよ!

ミャアミャアと必死で訴えかけてみてもやっぱりわかってもらえず、なんと健一は「この前いただいたマドレーヌがまだ残ってるんです。よかったらご一緒にどうですか」なんて言っている。

この女の部屋に上げる気!?
フーッ!と威嚇してこの女がいかに怪しいかをアピールする。

「どうしたんだよミーコ。ほら、美味しそうなお菓子をもらったぞ」
紙袋から出てきたのは沢山の猫用お菓子だ。


どれもこれも食べたことがない高級品で、ついよだれがたれてきてしまう。

今すぐ包装紙に噛み付いて引きちぎって食べてしまいたい気持ちをどうにか押し込めてミーコは上がりこんでくる山内を威嚇しつづけた。

「ミーコちゃん、気に入ってくれた?」
と、質問しながら触れてこようとするのでとっさにテーブルの下に逃げ込んだ。

お菓子なんかにつられるもんですか!
いくら尚美が警戒しても、当の健一は全くの無警戒でコーヒーをいれはじめてしまった。

「ミャアミャア」
ダメだってば!

この女は絶対に関さんのことを狙ってるから、早く追い返してよ!
「山内さん、こっちに座ってください」

健一に促されて山内は椅子に座るとカップを手にとって、おや、という表情を浮かべた。
「これプラスチックなんですね?」


カップを指先でつついて聞く。
健一は頷いて「そうなんです。実は1度……」と、ミーコの失態を面白おかしく話はじめた。

それを聞いていた山内が驚いた様子でミーコへ視線を向ける。
自分の失態を暴露された尚美は唖然としてそれを見返すことしかできなかった。

自分の恥ずかしい失敗を人にバラしてしまうなんて。
しかも相手は山内だ。

信じられない!
ショックを隠しきれなくて1人リビングのテーブルの下に隠れる。

丸まってなにも見なかった、聞かなかったことにしたいのにふたりの笑い声がいつまでも聞こえてくる。
もうそんな人追い返してよ!


そう思うのに健一には伝わらなくて、ジワリと視界が滲んできた。
まるで世界で一人ぼっちになってしまったかのような孤独感が胸の中を支配する。

言葉の壁はどこまでも分厚いものなのだと、猫になって実感させられた。
「ミーコ。すごいぞ、こっちへおいで」

なにがすごいのか、ミーコはテーブルの下からキッと健一を睨みつけた。
今はひとりになりたいのにそれも許されずテーブルの下からずるずると引きずり出されてしまう。

手の中で必死に暴れてみても健一は離してくれなかった。
こんなに強引に扱われることは初めてだった。

なによ!
と、大きな声で一声鳴いた時、尚美は山内の腕の中にいた。

健一とは違う女性の手の中にドキリとする。
柔らかくて繊細で、だけどどこか力強さを感じる山内の腕。


さっさと逃げ出せばいいものの、尚美はその場でしばらく放心状態になってしまった。
それくらい心地良いと感じてしまったのだ。

「ミーコ。山内さんは雑誌の編集者なんだ」
山内の腕の中で呆然としていたミーコへ健一が話し掛ける。

編集者?
ミーコは山内を見上げてみた。

どうりでどこか芯の通った強さを感じると思った。
雑誌編集者とは結構ハードな仕事だということだけは、知識として知っていた。

「今度雑誌にミーコちゃんのことを取り上げさせてほしいのよ。火事を救った英雄として」

え……?
ミーコはその場でまばたきを繰り返した。


「すごいだろう? その話をするために今日の昼にも来てくれたらしい」
今日の昼って、じゃあ健一が目当てじゃなかったってこと?

「報酬はたくさんのお菓子でどうかしら? もちろん、今日持ってきたものは別として」

ゴクリ。
思わず唾を飲み込んでしまった。

雑誌の編集者。
そして今日の昼間もこの話のためにきたというのなら、ヒールをはいていた理由もわかる。

山内は仕事のつもりでこの部屋を訪れたのだ。
すべては自分の思い過ごし……。

そうとわかると途端に脱力してしまう。
てっきり健一目当てで部屋に来た女だと思っていた。

だけど全然違ったのだ。
「ミーコ、悪い話じゃないよな?」

健一に聞かれて、尚美は脱力したまま「ミャア」と、返事をしたのだった。
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