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ハトおじさん
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かくしてミーコが乗った雑誌は翌月に刊行された。
火事から人を救った猫として取り上げられて、ミーコと健一のツーショットが掲載されている。
それを見るとなんだか恥ずかしくなってしまって、尚美は雑誌を踏みつけにしてしまった。
雑誌の取材が終わってからは1度も山内は部屋に来ていない。
本当に多忙の編集者のようで、今は部屋にもおらずあちこちを飛び回っているようだ。
そんな山内から昨日猫用お菓子の詰め合わせが届いた。
それもダンボール一箱分だ。
ミーコは喜びのあまり部屋の中をグルグルと駆け回り、最後には目を回して倒れてしまった。
「ミーコ。お菓子ばかり食べてたら太るから少し外へ出るか」
そう提案されたのはお菓子を食べた直後のことだった。
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外という単語に尚美はドキリとする。
自分が猫としてここへ来てから外へ出るのは、買い物についていったあの日だけだった。
猫は基本的に家の中で飼ったほうがいいと言うし、散歩している姿を見るのも珍しい。
けれど健一は用意周到に猫用の散歩リードも購入してくれていた。
前足と胴体に紐を回して健一にリードを握られると、なんだか急にペット感覚が出てきて微妙な気分になる。
けれど首輪はとっくの前に付けられているし、今更感はする。
なによりも外に出られるとうことで少しだけ興奮していた。
「よし行こうか」
健一も準備を終えて一緒に玄関へ向かう。
玄関ドアを開けると外の風を感じて思わず目を細めた。
いつもキャットタワーの最上部から見ている外の世界は夏が近づいてきていた。
今こうして外へ出てみると、その気配を色濃く感じ取ることができた。
あのコートが出る番はもうなさそうだ。
少し切ない気持ちになりながら歩いていると、健一がマンションの近くの公園に連れてきてくれた。
一部が遊具の並んでいる子供向けスペースで半分が広場になっていて、みんなが思い思いに遊んだり休憩したりしている。
休日のいい天気ということで、公園で楽しんでいる人は意外にも多かった。
その中を歩いていると時々珍しげな視線を向けられて尚美は自然と背筋を伸ばしていた。
「ここで休憩しようか」
健一が木の下のベンチに腰を下ろしたので、尚美はベンチに飛び乗ってその横に座り込んだ。
今は足裏が汚れているので、健一の膝に乗ることはできない。
ぽかぽかと心地酔いようきについ目が細くなってきたとき、5羽ほどのハトがバタバタと音を立てて飛んできた。
咄嗟に身構えて威嚇する。
猫の本能に従って鳥を取りたいという気持ちがムクムクと膨らんでくる。
よく太ったハトたちはそんなミーコには見向きもせずに地面に落ちているなにかをついばみはじめた。
「やぁ、こんにちは」
そんな声が聞こえてきて健一と一緒に視線を向けると、そこには頭と両肩にハトを乗せた60代くらいの男性が立っていた。
男性は右手にハトの餌の入った袋を持っている。
なるほど、この人が木多からハトがいきなり近づいてきたようだ。
「こんにちは、餌やりですか?」
健一が愛想よく返すと男性は健一の隣に座って「そうです」と、目尻にシワを寄せて微笑み、さっそくハトに餌をやり始めた。
さっき5羽だったのがあっという間に20羽近くになって、さすがのミーコも少し引き気味だ。
「僕はハトと会話ができるんだよ」
男性が突然そんなことを言い出したのは、餌を半分ほどやり終えたところだった。
ハトが餌をついばんでいるところをボーッと見つめていたミーコは驚いて男性へ視線を向ける。
「どんな会話をするんですか?」
「他愛もない話だよ。今日は天気がいいねぇとか」
本当だろうか。
半信半疑でミーコはハトへ視線を向けた。
「ミャアミャア」
ねぇ、あんなこと言っているけど、本当なの?
「ポッポーポッポー」
まぁ、意思疎通が全くできないわけじゃないよ。会話はできないけど、ほら、顔色とかでわかることってあるし。
ミーコの言葉はハトに通じるし、ハトの言葉もミーコに通じるようだ。
ダメ元で話しかけてみただけの尚美は驚いてベンチの上で立ち上がっていた。
「ポッポー」
そんなに驚いた顔してどうしたんだよ。
「ミ、ミャア」
だ、だって、言葉が通じてるから。
「ポッポー」
動物同士なんだからわかるに決まってるだろ。
そう返事をされたかと思うと、あちこちから笑い声が聞こえてきた。
どれもハトの仲間たちの笑い声だ。
ミーコは自分がハトにバカにされたのだとわかっていながらも、衝撃を受けていた。
動物相手なら話ができる。
それはもう孤独ではないことを意味している。
いや、もしかしたら大きな前進につながるかもしれないんだ。
もう1人で思い悩んで、妙な勘違いをしなくてもすむかもしれない!
「ミャアミャア」
私、あそこに暮らしているの。今度遊びにおいでよ。
「ポッポー」
マンション? あそこはハトの侵入は難しいよ。でもまぁ、気分が乗れば行ってやらなくもないかもな!
ハトはそう言い残すと餌を食べ終えてさっさと飛んでいってしまった。
「ミーコ。俺たちもそろそろ帰ろうか」
健一に言われて我に返ると、いつの間にかハトおじさんもいなくなっている。
あの人は毎日ここでハトに餌をやっているんだろうか。
気になったけれど、聞けずじまいだ。
まぁいい。
また今度外へ出たときに聞いてみよう。
尚美はそう思い、歩き出したのだった。
火事から人を救った猫として取り上げられて、ミーコと健一のツーショットが掲載されている。
それを見るとなんだか恥ずかしくなってしまって、尚美は雑誌を踏みつけにしてしまった。
雑誌の取材が終わってからは1度も山内は部屋に来ていない。
本当に多忙の編集者のようで、今は部屋にもおらずあちこちを飛び回っているようだ。
そんな山内から昨日猫用お菓子の詰め合わせが届いた。
それもダンボール一箱分だ。
ミーコは喜びのあまり部屋の中をグルグルと駆け回り、最後には目を回して倒れてしまった。
「ミーコ。お菓子ばかり食べてたら太るから少し外へ出るか」
そう提案されたのはお菓子を食べた直後のことだった。
115 / 219
外という単語に尚美はドキリとする。
自分が猫としてここへ来てから外へ出るのは、買い物についていったあの日だけだった。
猫は基本的に家の中で飼ったほうがいいと言うし、散歩している姿を見るのも珍しい。
けれど健一は用意周到に猫用の散歩リードも購入してくれていた。
前足と胴体に紐を回して健一にリードを握られると、なんだか急にペット感覚が出てきて微妙な気分になる。
けれど首輪はとっくの前に付けられているし、今更感はする。
なによりも外に出られるとうことで少しだけ興奮していた。
「よし行こうか」
健一も準備を終えて一緒に玄関へ向かう。
玄関ドアを開けると外の風を感じて思わず目を細めた。
いつもキャットタワーの最上部から見ている外の世界は夏が近づいてきていた。
今こうして外へ出てみると、その気配を色濃く感じ取ることができた。
あのコートが出る番はもうなさそうだ。
少し切ない気持ちになりながら歩いていると、健一がマンションの近くの公園に連れてきてくれた。
一部が遊具の並んでいる子供向けスペースで半分が広場になっていて、みんなが思い思いに遊んだり休憩したりしている。
休日のいい天気ということで、公園で楽しんでいる人は意外にも多かった。
その中を歩いていると時々珍しげな視線を向けられて尚美は自然と背筋を伸ばしていた。
「ここで休憩しようか」
健一が木の下のベンチに腰を下ろしたので、尚美はベンチに飛び乗ってその横に座り込んだ。
今は足裏が汚れているので、健一の膝に乗ることはできない。
ぽかぽかと心地酔いようきについ目が細くなってきたとき、5羽ほどのハトがバタバタと音を立てて飛んできた。
咄嗟に身構えて威嚇する。
猫の本能に従って鳥を取りたいという気持ちがムクムクと膨らんでくる。
よく太ったハトたちはそんなミーコには見向きもせずに地面に落ちているなにかをついばみはじめた。
「やぁ、こんにちは」
そんな声が聞こえてきて健一と一緒に視線を向けると、そこには頭と両肩にハトを乗せた60代くらいの男性が立っていた。
男性は右手にハトの餌の入った袋を持っている。
なるほど、この人が木多からハトがいきなり近づいてきたようだ。
「こんにちは、餌やりですか?」
健一が愛想よく返すと男性は健一の隣に座って「そうです」と、目尻にシワを寄せて微笑み、さっそくハトに餌をやり始めた。
さっき5羽だったのがあっという間に20羽近くになって、さすがのミーコも少し引き気味だ。
「僕はハトと会話ができるんだよ」
男性が突然そんなことを言い出したのは、餌を半分ほどやり終えたところだった。
ハトが餌をついばんでいるところをボーッと見つめていたミーコは驚いて男性へ視線を向ける。
「どんな会話をするんですか?」
「他愛もない話だよ。今日は天気がいいねぇとか」
本当だろうか。
半信半疑でミーコはハトへ視線を向けた。
「ミャアミャア」
ねぇ、あんなこと言っているけど、本当なの?
「ポッポーポッポー」
まぁ、意思疎通が全くできないわけじゃないよ。会話はできないけど、ほら、顔色とかでわかることってあるし。
ミーコの言葉はハトに通じるし、ハトの言葉もミーコに通じるようだ。
ダメ元で話しかけてみただけの尚美は驚いてベンチの上で立ち上がっていた。
「ポッポー」
そんなに驚いた顔してどうしたんだよ。
「ミ、ミャア」
だ、だって、言葉が通じてるから。
「ポッポー」
動物同士なんだからわかるに決まってるだろ。
そう返事をされたかと思うと、あちこちから笑い声が聞こえてきた。
どれもハトの仲間たちの笑い声だ。
ミーコは自分がハトにバカにされたのだとわかっていながらも、衝撃を受けていた。
動物相手なら話ができる。
それはもう孤独ではないことを意味している。
いや、もしかしたら大きな前進につながるかもしれないんだ。
もう1人で思い悩んで、妙な勘違いをしなくてもすむかもしれない!
「ミャアミャア」
私、あそこに暮らしているの。今度遊びにおいでよ。
「ポッポー」
マンション? あそこはハトの侵入は難しいよ。でもまぁ、気分が乗れば行ってやらなくもないかもな!
ハトはそう言い残すと餌を食べ終えてさっさと飛んでいってしまった。
「ミーコ。俺たちもそろそろ帰ろうか」
健一に言われて我に返ると、いつの間にかハトおじさんもいなくなっている。
あの人は毎日ここでハトに餌をやっているんだろうか。
気になったけれど、聞けずじまいだ。
まぁいい。
また今度外へ出たときに聞いてみよう。
尚美はそう思い、歩き出したのだった。
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