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第7章

閑話 救いようのない男の救われない結末

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 潰された喉と、強引に縫い合わされた唇の痛みに、声にならない声を漏らしながら喘ぐウルグスは、引きずり出された場に広がる、憎悪と怨嗟えんさに満ち満ちた空気と大音声に、大きく顔をしかめた。

 なぜ、どうしてこんな事になった。
 ウルグスは思う。
 性悪な姉に疎まれ蔑まれ、得るはずだった地位をも奪われて、僻地の片隅で燻っていた自分を見出した前王は、あれほどまでに自分を買ってくれていたのに、と。

 お前はこの国を統べるに相応しい、威風堂々たる存在だと。
 お前はこの国の全ての者から敬われ、傅かれるに相応しい存在だと。
 お前はこの国の誰より高貴で、やがて歴史に名を刻む存在になるだろうと。

 前王は確かに、確信をもって王の資質を保証する、お前には世の全てを手に入れる資格があるのだと、そう言ったのだ。
 だというのに、前王がいなくなった途端自分をないがしろにし、命に従わなくなったばかりか、このような屈辱的な扱いをするなど、どういう了見なのであろうか。

 なにより、王たる自分がこのような憂き目に遭わされているというのに、なぜこの平民共は他の貴族や兵士共に抗議をしない。なぜ自分を救い出そうとしない。
 なぜ、王たる自分を不敬にも睨み付け、揃いも揃って罵詈雑言を浴びせかけている。
所詮自分の所有物にしか過ぎない分際で、なぜ。

 昨夜、通信用魔法具で久方振りに顔を見て、声を聞いた愚姉ぐしなど、自分を庇うどころか酷い暴言を吐いてきた。

――このような、人としての道理を弁える事さえできない、恥を恥とも思わぬ愚物など、もはや弟でもなければ辺境伯家の人間でもない。さっさと首を落として終わらせてもらいたい。
 無論、我がオヴェスト辺境伯家は処刑後の死体など引き取らぬ。その辺に打ち捨てて、獣のエサにしてやって頂いて結構だ、と。

 愚姉の口から吐き出された、あまりの暴言に堪りかねたウルグスは、絶対的な自信を以て、ここぞとばかりに言い返してやった。

――血を分けた実の弟を、下らぬ屁理屈で配下の手にかけさせようなど、血も涙もない悪魔とは、貴様のような女を指す言葉なのだろう。なんと恐ろしい女だ。
 そのような女など、辺境伯家の当主として相応しくない。即刻その座から引きずり下ろし、俺の代わりに首を刎ねるべきだ。さすれば俺が王都の臣民にしたように、辺境領の領民にも慈悲をかけ、全て俺の所有物として重宝してくれよう、と。

 だが、その言葉を聞いた途端、愚姉どころか周囲を固めていた衛兵や騎士、神殿の神官や貴族達の、自分に向ける目つきが一層険しくなった。
 挙句、このような妄言を吐き散らすしか能のない口や、それを素通しにするばかりの喉など不要であろう、どうせ明日の昼にはこの世を去るのだから、と誰かが言い出し――

 ウルグスは力任せに押さえ付けられた末に万力で喉笛を潰され、あまりの激痛と衝撃でただはくはくと開閉するばかりの口を、無理矢理縫合されたのだった。

 そして今。
 無惨な姿にされ縛り上げられたウルグスの眼前には、上から垂らされている麻縄の輪がある。
 この麻縄の輪が何の為にここにあるのか。
 その程度の事ならば、今のウルグスにも十分理解できた。

(おい! やめろ! やめてくれ! 死にたくない! 誰か助けろ! 俺を誰だと思ってるんだ! あああ、嫌だ嫌だ嫌だ!!)

 力づくで首を縄を掛けられながら、ウルグスは必至に呻いて身を捩るが、それで逃れられるほど処刑人達も甘くない。
 やがて、合図によってウルグスの足元の板が左右に割れて開いた。
 当然、ウルグスは自重の全てを己の首ひとつで受け止める事になる。
 麻縄の輪が容赦なく首に食い込み、気道を完全に塞ぐ。

(あ゙あ゙あ゙あ゙ァッ! ぐるじぃ! だずげで……っ、ぢぢうえ、はは、うえ゙……っ)

 自身が脳裏で叫んだその言葉を最後に、ウルグスの意識は闇に沈んだ。



 それからどれほどの時間が経ったか。
 ウルグスはなぜか、白一色に埋め尽くされた空間で意識を取り戻した。
 しかし、なぜか声も出なければ身体も動かない。

(……俺は、一体どうなった? もしや、誰か心ある臣民が俺を救って――)

 ウルグスが都合のいい事を考え始めた時、どこからともなく人の話し声が聞こえてきた。

――あー、えぇと……。こいつの名前は……ウルグス・オヴェストね。んで、罪状は、暴行、脅迫、搾取、誘拐、監禁、強姦に、間接的殺人その他諸々と……。

――はぁ……。資料によれば、生まれ変わる前もあんまりまともな人生送ってなかったみたいですけど……。一体どこをどうすりゃ、こうまで性根の捻じ曲がったクズに成り下がれるんでしょうねえ。

――私に分かる訳ないでしょ、そんな事。ていうか、こいつどうするの? ここまでやりたい放題やらかしてたんだし、このまま輪廻の輪の中に戻すのは無理よ?

――分かってるって。魂が汚れ切ってドブみてぇな色になっちまってるし、これをそのまま輪廻の輪に戻そうとするほどいい加減じゃねえよ、私も。とりま、虫に転生させるのが一番ベターだろ。

――そうねえ。んじゃあひとまず、スズムシかカマキリのオスに転生させましょ。

――スズムシかカマキリ? あなたも、えげつない事サラッと言いますよね。どっちも産卵期に、オスがメスに喰われちゃう虫じゃないですか。

――何言ってるの。そういうあなたは甘過ぎよ。儚い運命を持つ虫に生まれ変わるからこそ罰になるんでしょ。

――そうそう。第一、ちゃんと心を入れ替えれば、そのうち虫から小動物に生まれ変わるようになって、いずれは人の輪廻の輪に戻れるようにもなるんだから、温情のある罰じゃねえか。

――まあ、確かにそうですね。あくまで、心を入れ替えられれば、ですけど。

――それじゃ、仮称ウルグス・オヴェストの来世はカマキリに決定。当然、前世の記憶は保持させたまま、という事で。OK?

――はい。異論ありません。

――右に同じく。

(――は? え? な、なんだ、なにがどうなっている? 来世がカマキリ? 俺が??)

 ウルグスが状況を飲み込めずうろたえていると、視界が突然白から黒へと塗り潰され、声も音も聞こえなくなる。
 神々から新たに与えられた、地獄の半生の幕開けがすぐそこに迫っている事にも気付かないまま、ウルグスはただ、暗闇の中でまごつき続けた。

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