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第8章

閑話 水面下の策謀

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 レカニス王国の王都、マルムラードの一角にある神聖教会の総本山、フルカ大聖堂。
 その地下にある協議室では、神聖教会に属する司教達が秘密裏に集まり、深刻な面持ちで話し合いをしていた。

「……して、これからどうするのですか。まさか9年前、大罪系スキルの所有を理由にその存在を邪悪と断じ、追放刑に処したはずの公爵家の娘と第2王子が、精霊の加護を得ていたなど……」

「しかも……その加護の力を以て、貧者を虐げ、無益な戦を目論んでいたシュレイン王と、自身の事しか頭になく、愚かな政策によって王都を混乱せしめたウルグス王、その両方の暴走を食い止めるという偉業まで成してしまった」

「現状、へリング筆頭公爵からその話を聞いたオゼリフ司教は、件の子供2人が王都への帰還を望まなかったゆえ、その話を声高に語ってはおらぬが……」

「うむ……。由々しき事態である事に変わりはない。もし今後、かの公爵令嬢と第2王子の一件が民草の知る所となれば……」

「……。我ら神聖教会の権威は、大きく揺らぐ事になりましょうな……」

「……いや、下手をすれば揺らぐどころではなく、失墜に至る危険性も考えられます。精霊とは、創世神の眷属にして使徒。創世神の御子たる他の神々に次いで、敬い奉るべき、世界を支える重要な存在なのです。
 その精霊から愛され、加護を受けるほどの資質を持った子供を不当に扱い、死しても構わぬとばかりに北の山中へ放逐したなどと知れば、信徒は我ら上層部の信仰心を疑い、敬虔な信徒は赫怒かくどに燃える事でしょう」

「そうだな。そして今後、我らの使命であるスキル鑑定の儀が執り行われる時や、大罪系スキルの所有者が見付かった際の対応などに関しても、口を挟む者が出始め……いずれは、その他の祭祀にまで口出しが及ぶようになりかねん、か」

「確かに……。へリング筆頭公爵が敷いた箝口令にも、現状あまり意味はないようですし……」

「それこそ、やむを得ない話なのでは? 上位貴族には、かの公爵令嬢と第2王子の件を期せずして知った者も多いようなので、無理からぬ事かと。
 その中には我らの行いを問題視し、論争を交わす者も出始めていると聞き及んでおります。このままでは、いずれ、教会の存在意義に疑問を呈する者が現れないとも言い切れないのでは……」

「では、どうしろと言うのだ。よもや、教義の内容を変えようとでも言うつもりか? 大罪系スキル所有者の断罪は、神聖教会開闢かいびゃくの頃より教義に定められ、今日こんにちまで連綿と守り継がれてきたものなのだぞ。
 初代教皇猊下が、のちの世と民の安寧あんねいを思って定められた、神聖なる神の教えをなんと心得る!」

「いや、そうは仰いますが……」

「……。ならばどうすると言うのか。少なくとも、かの公爵令嬢と第2王子に関しては、もはや罪科を問うなど不可能だぞ。そのような真似をした日には、逆に我らが火の粉を被る事になる。民草も愚かではないのだからな」

「ううむ……。では、今後大罪系スキルの所有者が現れた際は、処断したと見せかけて極秘裏に保護を……」

「馬鹿な! それこそ公になれば、我ら教会の権威が失墜してしまうであろうが!」

「……馬鹿は一体誰であろうな。貴殿は少し口を噤まれたらどうだ。先程から文句と反論をグチグチと述べるばかりで、建設的な意見がまるで出て来ぬではないか」

「なんだと貴様!」

「お二方共、おやめ下さい!」

「全く……協議の開始前から、ある程度の紛糾は予想していたが、ここまで話がまとまらんとは……。やむを得ん。ここはひとまず、大罪系スキル所有者の件に関しては保留とする。それより今は、貴族達の教会離れを防ぐ手立てを講ずるのが先決だ」

「は、はい……。ですが、どうすれば……」

「そう難しい話ではない。貴族達の信仰心を掻き立てる存在を、こちらで新たに用意すればいいだけの事だ。――聖女を立てる。誰の目から見ても麗しく清廉で、高貴な血を受け継いだ完璧な聖女をな」

「は……。し、しかしそれはっ」

「うむ、無謀な行いだ。聖女に認定されるには、美徳系スキル『慈善』を所有していなければ――」

「いや。実際に『慈善』のスキルを所有する者が見付からずとも、問題はないのだよ。神聖教会の中枢を担う、全ての司教が『慈善』の所有を認めさえすれば、それが事実となるのだから」

「なっ……! 居もしない聖女を、仕立て上げようと言うのか……!」

「……。いや。考えようによってはそれもありだ。なにせ今の王都は、精霊の加護を受けし者達の活躍によって平穏を得ている」

「……そうだな。今の王都に、聖女の力を必要とする問題などない。名ばかりの聖女を立てたとて、誰にも分かるまいよ」

「確かに、問題なさそうではありますな……」

「問題なさそう? いいや、問題などあるまいて」

「うむ、それでいこう。場合によっては精霊の加護を受けし者共か、加護を授けている精霊の名を、少々借り受ければよかろう」

「ああ成程。聖女を見出したのは、かの村の精霊の力によるもの、とでも言っておけば、疑いの目を向ける者は更に減りましょうな」

「――では決まりだ。みな己の伝手を使い、聖女として立てるに相応しい娘を早急に探せ。出来る事なら上位貴族の令嬢が望ましいが、無理なら下位貴族の令嬢からも候補を探す。条件としては――」


 その後も秘密裏の話し合いは続く。
 教会の権威を維持するという名目の元、己が得た地位と特権を守る為に。

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