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ガシャドクロ編

第七話 或る言伝え

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 その地には、ある言い伝えがある。

 大昔、まだ戦国の世が続いていた時代の話。

 茹だるような暑さが毎日のように続く、ある夏のこと。


 雨は降らず川は干上がり、田畑の作物は枯れ果てて稲作もろくに実ることなく無念の不作。

 家畜は痩せ細り、水と餌もろくに得られず次から次へと力尽きる地獄の如き光景。


 かの時代、歴史的猛暑に見舞われたその年は未曾有の大飢饉に見舞われたという記録が残されている。




 村人たちは天に祈るように毎日欠かさず雨乞いを繰り返すものの、身を焦がすような日照りは容赦なく人々へ降り注ぎ、ついに食料や水分を得られず飢えた人々はまるで家畜の後を追うように次々と倒れた。

 中には錯乱し、人の肉を貪る者まで現れたらしい。



 身体は痩せ細り、まさしく骨と皮だけの容姿の村人ばかりが貧困に喘ぐ中、ついに天への祈りは届き



 それは皮肉にも飢餓の最期を思わせるような姿形をしていて、まるで天からの助け舟とばかりに進行しては巨躯を用いて山を打ち砕き、地下に眠る水脈を掘り当てた。


 突如現れては水を恵み、そのまま忽然と姿を消したその異形の巨人。

 村人たちは、飢えて死んでいった者たちの無念が形を成して現れて、心の臓に御霊を集いて骨の舟を漕いで生ある者たちを助けた神として捉え、その巨大な神を餓者髑髏がしゃどくろと呼び後世に渡り信仰したらしい。








「この地に伝わる郷土資料に載っていたの、ある神の信仰にまつわる言い伝えがね。今となっては寂れてしまってこの餓者髑髏信仰について関心を寄せる人はほとんどいないらしいんだけどさ」



 短時間ながら禍津宵闇の人たちがこの地にまつわる情報や類似した怪異はいないか情報を洗いざらい調べてくれたらしく、結論としてこの安土桃山時代から続く言い伝えが最有力とされた。


 人骨を彷彿とさせる巨大な巨躯は亡者を乗せる舟であり、その胸元にある紅に輝く心臓のようなものは魂の集合体……いわばそれが怪異に該当するのではという仮説が出ているとのこと。





 ある商業ビルの屋上にて、徐々に迫りつつある餓者髑髏の動向を絶えず双眼鏡で観察しながら説明をする。


 屋上には私の他に仁さんのみ。
 自衛隊の人たちからは現状詳しい指示は与えられてないものの、もし餓者髑髏に変わった動向や異変が確認できれば適宜対応して欲しいとのこと。

 本当にあの怪物に対応できるのかは未だに疑問ではあるものの、自衛隊や桶谷崎さんも仁さんに対して信頼を置いている様子から相当な異能を持ってる……のだと思う。





「つまり……あの心臓みたいなやつが本体で、あれを破壊できれば動かなくなるってことですか?」


「理論上はそうなるんだけれど当然そう上手くはいかないのが相場なのよねぇ。あの心臓……どうやらみたいなの」





 手にする双眼鏡を私に軽く放り投げては、おもむろに目標を指差し心臓部を確認するよう告げられる。

 超高温……なのかは私からは断言できないものの、たしかに心臓部らしき物体は蜃気楼を帯びていて、よく見ると肋骨付近が変に波打っているようにみえる。




「自衛隊の人が言うにはサーモスコープで確認したらあの部分はなんと真っ白……下手したらマグマよりも高音かもしれないわね。兵器での攻撃はまず着弾前に溶けてろくなダメージにならないだろうし、もし効いたとしてもそんなものが周囲に飛び散ったら大火災間違いなしってところねぇ」




「そんな……じゃあ現状打つ手がないってことじゃないですか」



「まぁ、それはそうなんだけど……なぁんか引っかかるのよね。そもそもおかしいと思わない?」
 




 双眼鏡のレンズを覗き返すように仁さんが割り込み、その綺麗な双眸が拡大されては大変な声が漏れ出てしまった。
 不意打ちとしては完璧、なかなかに心臓に悪いドッキリだと思う。
 




「言い伝えだと日照り続く猛暑、大飢饉に見舞われたことにより餓死した人たちの御霊が怪異となってそれが現れたのはわかったけれど……。飢饉もなければ今は彼岸明け、猛暑ですらないし辻褄が合わないんじゃないかしら?」






 ごもっともな意見が仁さんの口から出てくる。

 たしかに目前に迫りつつあるその餓者髑髏の外見、スケールや特徴はまさしく伝承のまんま、安土桃山時代の人が見たとおりの存在で間違いはないだろう。

 けれど、なぜ今になって現れたのか……心臓部が本当に怪異ならば何を原因に発生したのか全くもってわからない。





「もしかしたらだけど、あの餓者髑髏は自然発生じゃないのかもしれないわね……たとえばとか。あんまり考えたくはないけどすこーし闇が深そうなのよね」



「誰かの意思で……?」



「……来栖ちゃん、怖いのは怪異だけだと思う?」





 おもむろに私から双眼鏡を取り上げては、神妙な面持ちのままある恐ろしい仮説に関して語る。




「お化けとかよりも人の方が怖いってよく言うじゃない?餓者髑髏はあくまで信仰の対象……その信仰も度が過ぎれば狂信へと変わり果てていつしか一目見たくなったとか?ま、これはあくまで私の例え話だけどね」

 

「で、でも……もしもそうだとして一目見たくても飢饉とか猛暑とか再現のしようがないじゃないですか?故意に発生させるとしても、そんな----------------------------」




 私が言葉を紡ぎ終える前に、先程まで絶え間なく鳴り響いていた地鳴りが突如として止んだ。なぜかこのタイミングで餓者髑髏が進行を止めたのだ。


 ゆっくり、まるで何かを探すように頭部を動かし周囲をしきりに見渡していて、先程までの無機質に進行するだけの機械のような動作から一転してなにやら感情的な様子が伺える。 




 これはまさか……。
 


 最悪とも思えるシチュエーション……つまりは町への意図的な攻撃を予期せざるを得ない行動に、仁さんが速やかにスマホを手にしては通話を試みる。

 相手はもちろん桶谷崎さんであり、それと同時に餓者髑髏の動向に変化を確認するや否や周辺にて厳戒態勢を敷いていた自衛隊の人たちもざわついた様子で持ち場に着き始めた。

 まさに今、一触即発の事態が起こる……まさに緊張が走る場面が繰り広げられていた。




「……桶谷崎さん!いまターゲットの動向に明らかな変化が認められたわ!荒噛きゅんの異能の使用の許可、そして早急にターゲットへ荒噛きゅんをぶつけることを------------------------------------」








「いや!それに関してはいい!それより君はこれから僕の指定した場所へ向かってくれるかい?!多分これは……、まさしく君の出番だよ、仁ちゃん!」
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