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 荷解きをして、少しくつろいだら食事にしようと辺境伯に告げられ、離れ、と言っていた場所に案内された。
 辺境伯邸の奥、竜の棲家である谷に近い方に離れはあった。木立の間を抜けていくと不意にひらけたところにある建物。大きなお邸ばかりを見た後だから感覚がおかしくなっているが、大きな一軒家だ。ここまでの移動も、馬車に乗せられた。歩けない距離ではないが、割と本気の散歩コースだ。
 そしてさすがは辺境伯家の離れというべきか、建物の前にはここにも、竜の囲いがある。こぢんまりとしているが、大型の竜でも降り立てそうな広さは確保されている。


「わたしがここにいても構わないのか?」

 送ってきたイルクにレイ殿下が問いかける。竜に拒絶されている一族がより竜に近い場所に案内されたのだから、その戸惑いは理解できる。
 けれど、イルクはその目をブレイクに一度向けて肩をすくめた。
「あなたは獣人の番だ。客人としてもてなすに足る相手でしょう」
 王家の王子、ではなく、獣人族のブレイクの番として迎えると竜が折り合いをつけたのだろう。そうでなければ辺境伯家の敷地に足を踏み入れることもできないということは、後からアメリアから聞いた。だから、ここにいる以上は王太子も来ないのだと。
 もう、アメリアがそれを嬉しそうに話すことに違和感を覚えることもなくなった。本当に、清々しく思っているんだろう。


 離れは、レイ殿下とブレイク、それにセージ先生が一緒にいる。ああ、あとタイちゃんもだ。もともと旅慣れているレイ殿下は、王族とはいえ自分のことは全て自分でできるというし、身の回りの世話をする人が必要になることもない。
 いつも、何かと、自分でできますから、と断るのに苦労する場面が出てくることを思うと、だいぶのびのびと過ごせそうだ。食事は招かれた時には本邸に来てほしいが、他は自由にして構わないと言われた。もちろん、招かれていなくても来てくれることを期待していると言われたけれど。
 そう言われて厨房をのぞくと、一通りの道具は揃っている。ただ、当然というべきか、火は魔法が使えないことには話にならない、魔道具なのだけれど。食料貯蔵庫にも、十分な食材が保管されている。
 そして回り込んで見つけたのは、小さな菜園。セージ先生がその中に薬草も見つけて、さすがは竜の守り番と何やら感心していた。以前、ヴィクターにお願いして奇跡的に充電ができたスマホだが、電波がないことには検索はできない。いや、電波が万が一あったところで検索できるのかという話なのかもしれないが電波があるということは、その電波に乗って情報が拾えるということ…と認識している。
 検索できれば、調べたいレシピはここに来て色々あるのだ。特に調味料関係。普段の食事の物足りなさは、調味料にあると思う。基本が塩味。砂糖は貴重品らしく、甘いものは嗜好品。パンはもともとハード系が好きだからと最初のうちは思っていたけれど、続くとなかなか、厳しいものがある。何より、消化するのに疲れたらしく食欲が落ちてしまった。贅沢を言うならご飯や麺も食べたいところだけれど、何をするにも、レシピが欲しい。つくづく、料理は得意ではないとあまりしないできたツケをこんなところで切実に感じるとは。


 そんなことを思いながらも、セージ先生がお湯を沸かしてくれたから、本邸に食事をしにいく前に一度お茶を入れてみる。
 口に含んで、おや、と言う顔をレイ殿下とブレイクがした。魔法が使えない不便な立場もあって入れることはなかったが、同じようにできるだろうと聞きもせずにやった。が、違ったかと慌てると、そうではなかったらしくそのまま飲み干す。
 そのあまりの飲みっぷりに今度はこちらが驚いた。
 が、隣でセージ先生もカップの中をまじまじと見つめて、そして飲み干した。

 レイ殿下とブレイクは薬漬けにされた急性期はタイちゃんのおかげで脱しているが、完全には回復していないと聞いていた。その素振りを微塵も見せないのは流石だと感心していたのだが、やはり体はしんどかったらしい。
「これは…」
「すごいな」
「?」
 美味しい、ではない感想に首を傾げた。
 いや、まずい、と言われなかっただけ良かったのだけど。ただ、お茶の感想とは思えない。
 そう思っていると、セージ先生が言葉をついでくれた。
「回復や浄化の作用がありますね。これは殿下たちはだいぶ体が楽になるでしょう」
 普段から、言われて殿下たちの食事の配膳はするようにしていた。タイちゃんと契約しているわたしの手を介することで効果がある。らしい。
 その効果が大きくなった、ということか。
 そう納得していると、ブレイクがあきれた声を向けてくる。
「何を納得しているのか知らんが、すごいことなんだぞ?」
「タイちゃんがでしょう?」
 あほか、と食い気味に一蹴された。
 精霊の力が善悪どちらに傾くのかは契約主次第だ、と。ただ、精霊の力を濫用したり悪用したりすれば、知らないうちに弱って消えてしまうこともあるらしい。責任重大だ。
「つくづく、悪意のないやつだな」
 褒められている気がしない。能天気、と聞こえた。
 それに、悪意は湧くことがあるし、怒りもする。むしろ、怒りっぽい方だと言われていたし思われていた。ここではそういう感情に傾く前に理解が追いつかなくて、理解した時には時間の経過で冷静になっている、というのもある。


「トワ、少なくともここにいる間、料理をお願いできますか?道具を使うのに必要な手伝いはしますから」
「…美味しくなくても許してくださいね。もちろん、やらせてもらいます」


 お世話になりっぱなしなのだ。
 役に立てることが、やっと見つかった気がする。





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