27 / 87
24
しおりを挟む辺境伯の竜、ポポラはとても大きな赤銅色の竜だった。周囲を圧倒するような迫力があるけれど、ぱっと見の「怖さ」を無視して見上げると、思いの外、理知的で静かな目と目が合った。思いの外、というのは失礼な話かもしれないが、体の大きさとそれに見合った桁外れの力に先入観ができて、怖さが先に立つのは、実際勿体無い話だと思う。
そもそもが白竜のフォスに助けられ、王都の辺境伯家では先入観などを持つより先に竜に触れ合えた。それが良かったのだろうと思う。少なくとも理由なく人を襲う竜はいない、とヴィクターはきっぱりと言い切っていた。人の方から竜を討伐対象として向かってくれば、それは身を守るために力を振るうだろう。それが強いばかりに、凶暴なイメージが植え付けられる。竜の中には非常に知識も豊富で、長い時間を生きる分貴重なことを多く知っている個体もいるが、その恩恵に触れることは滅多にない。
「初めまして、ポポラ?さま?王都のアンフィス家で庇護していただいているトワです」
なんと呼びかければ良いものか、と思案したのがそのまま声に出た。どういった理屈かは分からないが、だんだん竜の言葉がわかるようになってきている。個体によって、な部分はあるから、向こうにその意思があれば、それを受容することができるようになったということなのかもしれない。
様、はいらないとヴィクターやアメリアのようなことを言って、ポポラは長い首をゆっくりと動かして大きな頭を下ろし、視線を合わせてくれた。どうしたものかと困惑していると、大きな鼻先が指先に触れる。この大きさでこの繊細な動きかと感心しながら、撫でろということらしいと察して鼻先や頬に手を伸ばした。大きすぎてただ触っているだけ、ではあるけれど。触れると顔の鱗は小さくて、そして温度も感じる。
「竜との接し方はヴィクターに教わったか」
背後から辺境伯に声をかけられ、はい、と答えながら振り返るとその側に深い蒼色の竜がいた。まだ若いのか、そういう種なのか、馬より少し大きいくらいの大きさしかない。ポポラが大きいだけに小さく見える。
「フォスの番竜だ。蒼竜と呼べば良い。人と絆を結んでいない竜の名は教えてもらえない」
名前が大事なものなのだと察しながら、蒼竜を見上げた。他の人たちが遠巻きにしていることからも、竜に近づくのは本当に大変なのだとわかった。特に、レイ殿下は屋敷から出てきてもいない。王家に連なる彼が屋敷にいることを竜が許しただけでも驚くべきことだというから、どれだけ王家は竜を遠ざけてしまったのだろう。確かに、王都の城でも、王族の居住域と竜舎は離れていた。昔からなのかもしれないが、王家が竜の怒りを買ってからだとすれば、その距離が竜騎士を抱える王家がなんとか繋いだ関わりなんだろう。
聖女が神龍の花嫁だというのなら、もしかしたら竜たちには誰が聖女なのか、わかっているのかもしれない。
ふと、そんなことを思った。
今も、今回の遠征の結末をある程度知っていながら竜騎士を乗せているのかもしれない。
きっと、この世界を知らない人間が思いつくこんなことは、この世界の人は当たり前に考えていて、きっと聖女を召喚すれば竜騎士を通じて問いかけたこともあるのだろう。それで認められたのか、それとも竜はそのような問いには一切答えないのか。
不意に、若々しい声が思考に没頭していた頭に響いてきた。張りのある聞きやすい声。顔を上げて目が合った蒼竜が目を細めた気がした。
こちらに意思を伝えてくる竜の言葉の流暢さは、竜の能力に左右されているのかもしれない。単語の羅列に近い竜もいれば、フォスやこの蒼竜は、完全に会話を成立させるように伝えてくる。
辺境伯はポポラを通じて蒼竜の言葉を聞いているようだ。絆を結ぶことで、意思の疎通もできるようになるといっていた。それならわたしはなんだろう、と思ったが、この世界にとってイレギュラーな存在である以上、答えはない気がして考えるのを放棄していた。
『フォスも竜騎士たちも特に問題なく任務についている。ただし、あの遠征隊の前に神龍が姿を見せることはない』
「え?」
想定外にきっぱりと言い切られた。
そこは白黒つける答えは竜からはもらえないのではないかと、さっきふと思ったばかりなのに。
辺境伯も驚いた顔をしている。やはり、竜の中の話は人には教えないものなのかもしれない。
『トワ、君はここで“生きて“いる。あの聖女は違う。城の竜舎にいた竜たちが聞いている。聖女なら竜を簡単に手懐ける、イベントはちゃんと起きないし、モブが多すぎる』
「?」
『君には何のことかわかるか?』
「いえ、さっぱり」
分からないことが申し訳なかったが、本当にわからない。ただ、その言い回しからして、と、ふと思い返す。城で騒ぎになった時、自分でも思った。「ゲーム感覚で好き勝手を」と。
ゲームの世界だとでも、いうのか?
だとしても、ここにいる自分が現実である以上、この人たちも現実に生きている。考えて生きている。それを「モブ」と言い放つのなら。
ゲームの役回りを演じて、設定されたストーリーの選択肢の「正解」と「不正解」を選んで「クリア」しようとしているなら。もしかしたらクリアすれば元に戻れると思っているのなら。
怖い、と思った。
躊躇うことなく、誰でも盾にするし蹴落とすだろう。それが「イベント」だというのなら陥れることだってあるかもしれない。その、イベント通りの進行にするために。
「神龍に会えないとしたら、どのくらいで見極めをつけてみなさん、帰還されるのですか?」
『国王次第だ』
お灸を据えるための遠征だろう。短くはない気がする。けれど、長くなればなるほど、危険に遭遇する可能性は増える。
その時が怖い。
ただ、どう説明をする?
聖女を守るために同行している騎士たちは、実際、守るために戦えと、盾になれと言われているだろう。それを当たり前だと思っていることを、おかしいと思う感覚がずれているとしたら?
だから、と急に思った。
人を物理的に攻撃することが当たり前ではない世界で生きてきたのに、なぜああも躊躇いなくアメリアを攻撃できたのか。
アメリアはきっと、聖女のライバル的な立場、いや、敵対するような立場なのだろう。彼女の知識の中では。その枠を超えた想像力が働いていないのだ。
『様子は、わたしが伝えよう。心配することはない。神龍を招くような場所だ。遠征先は竜にとっては動きやすい』
安心させるような声音に、優しい竜だな、と見上げた。それでも体に入った力は抜け切らない。
彼女が何を演じているのか、違和感と、同時にどうでもいいと思っていた感覚は、どうでもよくは無くなった。そのそばにここで助けてくれた人たちがいる。
そんな様子にまるで肩をすくめるような雰囲気で、蒼竜が辺境伯に目を向けた。
『今日は、そろそろ君たちが到着する頃だからとフォスがヴィクターに言われてわたしを使っただけだ。そのくらい向こうは何も起こっていない。』
竜をこき使うのは流石だな、と少し、力が抜けた。
その様子を見ながら続けた蒼竜の声はなんだか呆れ気味な気もする。
『トワは自分からはほとんど求めないから、くれぐれも頼むとのことだ』
どれだけ心配されているのだ。しかも、危ない場所にいる人から。
それに、わかっている、と呆れ顔で返した辺境伯も、きっと同じ気持ちだろう。
10
お気に入りに追加
120
あなたにおすすめの小説
異世界転移~治癒師の日常
コリモ
ファンタジー
ある日看護師の真琴は仕事場からの帰り道、地面が陥没する事故に巻き込まれた。しかし、いつまでたっても衝撃が来ない。それどころか自分の下に草の感触が…
こちらでは初投稿です。誤字脱字のご指摘ご感想お願いします
なるだけ1日1話UP以上を目指していますが、用事がある時は間に合わないこともありますご了承ください(2017/12/18)
すいません少し並びを変えております。(2017/12/25)
カリエの過去編を削除して別なお話にしました(2018/01/15)
エドとの話は「気が付いたら異世界領主〜ドラゴンが降り立つ平原を管理なんてムリだよ」にて掲載させてもらっています。(2018/08/19)
異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
憧れのテイマーになれたけど、何で神獣ばっかりなの⁉
陣ノ内猫子
ファンタジー
神様の使い魔を助けて死んでしまった主人公。
お詫びにと、ずっとなりたいと思っていたテイマーとなって、憧れの異世界へ行けることに。
チートな力と装備を神様からもらって、助けた使い魔を連れ、いざ異世界へGO!
ーーーーーーーーー
これはボクっ子女子が織りなす、チートな冒険物語です。
ご都合主義、あるかもしれません。
一話一話が短いです。
週一回を目標に投稿したと思います。
面白い、続きが読みたいと思って頂けたら幸いです。
誤字脱字があれば教えてください。すぐに修正します。
感想を頂けると嬉しいです。(返事ができないこともあるかもしれません)
俺の畑は魔境じゃありませんので~Fランクスキル「手加減」を使ったら最強二人が押しかけてきた~
うみ
ファンタジー
「俺は畑を耕したいだけなんだ!」
冒険者稼業でお金をためて、いざ憧れの一軒家で畑を耕そうとしたらとんでもないことになった。
あれやこれやあって、最強の二人が俺の家に住み着くことになってしまったんだよ。
見た目こそ愛らしい少女と凛とした女の子なんだけど……人って強けりゃいいってもんじゃないんだ。
雑草を抜くのを手伝うといった魔族の少女は、
「いくよー。開け地獄の門。アルティメット・フレア」
と土地ごと灼熱の大地に変えようとしやがる。
一方で、女騎士も似たようなもんだ。
「オーバードライブマジック。全ての闇よ滅せ。ホーリースラッシュ」
こっちはこっちで何もかもを消滅させ更地に変えようとするし!
使えないと思っていたFランクスキル「手加減」で彼女達の力を相殺できるからいいものの……一歩間違えれば俺の農地(予定)は人外魔境になってしまう。
もう一度言う、俺は最強やら名誉なんかには一切興味がない。
ただ、畑を耕し、収穫したいだけなんだ!
僕だけレベル1~レベルが上がらず無能扱いされた僕はパーティーを追放された。実は神様の不手際だったらしく、お詫びに最強スキルをもらいました~
いとうヒンジ
ファンタジー
ある日、イチカ・シリルはパーティーを追放された。
理由は、彼のレベルがいつまでたっても「1」のままだったから。
パーティーメンバーで幼馴染でもあるキリスとエレナは、ここぞとばかりにイチカを罵倒し、邪魔者扱いする。
友人だと思っていた幼馴染たちに無能扱いされたイチカは、失意のまま家路についた。
その夜、彼は「カミサマ」を名乗る少女と出会い、自分のレベルが上がらないのはカミサマの所為だったと知る。
カミサマは、自身の不手際のお詫びとしてイチカに最強のスキルを与え、これからは好きに生きるようにと助言した。
キリスたちは力を得たイチカに仲間に戻ってほしいと懇願する。だが、自分の気持ちに従うと決めたイチカは彼らを見捨てて歩き出した。
最強のスキルを手に入れたイチカ・シリルの新しい冒険者人生が、今幕を開ける。
人見知り転生させられて魔法薬作りはじめました…
雪見だいふく
ファンタジー
私は大学からの帰り道に突然意識を失ってしまったらしい。
目覚めると
「異世界に行って楽しんできて!」と言われ訳も分からないまま強制的に転生させられる。
ちょっと待って下さい。私重度の人見知りですよ?あだ名失神姫だったんですよ??そんな奴には無理です!!
しかし神様は人でなし…もう戻れないそうです…私これからどうなるんでしょう?
頑張って生きていこうと思ったのに…色んなことに巻き込まれるんですが…新手の呪いかなにかですか?
これは3歩進んで4歩下がりたい主人公が騒動に巻き込まれ、時には自ら首を突っ込んでいく3歩進んで2歩下がる物語。
♪♪
注意!最初は主人公に対して憤りを感じられるかもしれませんが、主人公がそうなってしまっている理由も、投稿で明らかになっていきますので、是非ご覧下さいませ。
♪♪
小説初投稿です。
この小説を見つけて下さり、本当にありがとうございます。
至らないところだらけですが、楽しんで頂けると嬉しいです。
完結目指して頑張って参ります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる