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 辺境伯邸は、想像していたものとは、だいぶ違った。確かに、王都の邸も実用的で、品の良い調度で揃えられている。辺境伯、という立場を損ねない程度の豪華さを備えてはいるが、華美ではない。だから、居心地が悪いと感じることもなかった。
 領地の本邸も、その点では共通していた。そして、王都の邸も竜が降り立つことを考慮した作りになっていたが、ここはそれ以上だった。その点で、想像と違ったというよりも想像を超えていた。


 辺境伯邸へは、訓練された馬でなければ入ることができない、と意味深にアメリアに途中聞いていた意味は、すぐに察することができた。馬が怯えてしまうのだ。
 広大な敷地にはただ仕切るためだけのような柵で何ヶ所か囲われており、そこに竜が当たり前にいる。王都のように、竜舎に入れられてはいないのだ。丸くなって休んでいたり、何かを食んでいたり。風圧を感じて見上げれば、大きな翼で風を受け、速度を落としながら大きな竜がちょうど降りてくる。

 ここが竜のいて良い場所、と。ただそれを示すためだけのような柵。
「あの子たちは、辺境伯家の方の騎竜なのですか?」
 思わず、馬車の窓に張り付きながら問いかけると、その子供じみた様子にアメリアが微笑む。
「騎竜もいるし、竜の棲家から遊びに来ているだけの竜もいるわ。トワ、竜を「あの子たち」と呼ぶなんて、我が家に招くのに本当にぴったり」
 言われて、気づく。
 でも、あの家でずっと過ごしていればそうなるだろう。当たり前に竜がいる邸なのだ。自然と、接し方も周囲を見て覚えるようになる。それ以上に、ヴィクター様とフォスのおかげで学んだけれど。
 先ほど降り立った竜の風圧を避けるように一度足を止めていた馬車がまた動き出す。
 奥にある本邸のバルコニーは、明らかに竜が降り立てるように造られている。

 辺境伯領では竜が飛んでいる姿を時折見かけたけれど、この邸に近づくほどその数は増えた。
 住んでいる人たちも、それを当たり前に受け入れ、共存している。互いのルールをもって過ごしているのだ。



 やっと、と思えるくらい敷地に入ったと言われてから進んでようやく、馬車がしっかり止まった。
 扉が開くと、レイ殿下がまずは降りて当たり前に手を差し出す。自然な仕草でその手をとってアメリアが続き、そのまま自分で降りようとすると咳払いが聞こえた。慌てて、差し出された手を取って降りる。
 セージ先生の肩が震えているのが見えたけれど、見えなかったことにして目を逸らした。
 どうも相変わらず、慣れないものは慣れない。

 出迎えにきていた中の、少し年嵩の男性が折目正しく腰を折る。女性が少ない、と言われて気づいたが、確かに王都の邸も切り盛りするには女性の使用人の数は少ないように思えた。ただ働いている人たちがとてもみんな手際良く優秀で、働き者で。不足を感じることはなかったけれど。
 それはここでも同じようだ。身の回りの世話をする侍女が足りないことを詫びたその人は、辺境伯家の家宰だという。バルト、と名乗ったその人に、慌てて名乗ってお辞儀をすると、周囲が苦笑いになる。使用人には、とまた言われるのだろうけれど、そもそもわたしは貴族ではない。むしろ、この家の人にとっては疫病神、のようなものかもしれないのだ。
 自分が来てから、王太子妃になるはずだったアメリアは城に行かなくなり、ヴィクターも遠征してしまった。

 エリンに、そんなふうなことを聞いたことがあるけれど、きっぱりとそれはない、と言われた。それを信じてはいるけれど。

「王太子様は、お嬢様を大事にしてくださっているとは思えませんでした。それでも家同士の決まり事ですから誰も何も言いませんし、貴族の婚姻はそういったものではありますが。トワ様がいらしてからお嬢様はのびのびしていらっしゃいますから、むしろ大歓迎です」

 そう言ったエリンに嘘は感じられなかった。ちなみに、様、はつけないでと言ったけれど、トワ様もお嬢様やヴィクター様になんと言われてもそこは譲らないですよね、と切り返されて諦めた。


 バルトは、少し眉を下げて、それでもわたしの挨拶をしっかりと受けてくれながら、礼儀正しく微笑んだ。無駄のない動きは、この人も辺境伯家でただ、家のことをやるだけの人ではないのだろうなと感じさせる。

「お父様は?」
「生憎、少し前に山に向かう集団がいると報告を受け巡回に出られました。到着されたら一度、客室へお通しして休まれるようにと言付かっております」
「わかったわ。…一度?」
 アメリアが少し訝しげに眉間を寄せる。
「お嬢様以外の皆様には、ご挨拶後に離れをお使いいただくおつもりのようです」


 なるほど、と妙に納得した様子のアメリアを見てから、何気なく、空を見上げた。
 見上げれば竜が飛んでいる影がいくつか見える。不思議な光景。ただ、怖いとは感じない。
 本来、竜は人に馴れるものではないらしい。この世界でも。種類によっては、凶暴で危険な竜もいるという。それが当たり前に共存している土地。



 王家が、国が、大事にし、手放さないわけだな、と思う。


 ただ、そんな思惑とは関係なく、この光景が穏やかで優しく感じる。人と争わずに過ごすことは、竜にとっても穏やかな暮らしを保証されることにもなるのだろう。そう思うと、辺境伯家は竜をこそ、守っているのだとふと思った。






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