知らない異世界を生き抜く方法

明日葉

文字の大きさ
上 下
24 / 87

21

しおりを挟む
 
 
 
 
 明日には辺境伯領に着くという。順調な旅路で明るいうちに着いた宿で、お湯を張ったたらいを借りた。なかなか、この世界でお風呂は一般的ではないらしい。辺境伯家には当たり前にあったからわからなかったけれど、貴族の家だからで贅沢品だという。
 辺境伯家への移動が始まってからは、宿でそれぞれの方法で身を清めていた。セージ先生やブレイクは魔法で着ているものごと綺麗にしていた。
 アメリアは魔法でエリンが蒸しタオルを用意し、清拭しているようだ。レイ殿下もきっと、魔法だろう。
 そして、魔法が使えないわたしはお湯を用意することもできず、お湯を張ったたらいを受け取って、持っているタオルで体を拭いているというわけだ。エリンが一緒に蒸しタオルを用意すると言ってくれたが、わたしの面倒を見るのは彼女の仕事ではない。と思ったが、まあ、お湯を用意してあげなければいけないというのも、宿の人の仕事を増やしているんだなと途中で気づきはした。
 毎回不思議そうな顔をされる。部屋についた蛇口を捻っても、いや、捻る蛇口がないんだが、水もお湯も出せないのだ。仕方ない。「黒持ち」なのに「魔法が使えない」と、どこでも噂されているようだった。これでは目立って仕方ないし、ものすごく、記憶されてしまう気がする。
 情けない方向で。



 とにかく、そうやってさっぱりした後で、食堂に降りて夕食になった。
 ここはもう辺境伯領の中に入っているそうで、馬車の紋章やアメリアの顔でものすごい厚遇を受けている。途中立ち寄った町でもここでも、そこの町長や有力者の家に泊まるよう案内が来たが、アメリアの言葉を伝えるようにエリンが、働いている方のところにお世話になってしっかりお支払いすることも、大事ですからとお断りしていた。わざわざアメリアに聞かずに答えている様子からも、すんなりと引き下がる様子からも、毎度のやりとりなのだろう。
 食堂では、奥まったところで仕切られた、個室のようなところに案内された。それほど大きな部屋ではないけれど、この人数であれば入っても窮屈でもなく広すぎもしない。どこへ行ってもエルフのセージ先生や獣人のブレイクは、こそこそと視線を集めていた。珍しいのだという。
 共存の道を捨ててそれぞれの種族で暮らし始めてから、あまり出会うことはないのだとか。宿場町であればそれでもと思うのだが、そんな場所でも奇異の目を向けられるほどに珍しいのだな、とようやく実感を伴って理解した。


「辺境伯領には、竜の棲家があるんですよね?」
「ええ」
 食事をしながら、アメリアが頷く。にっこりと不敵とも取れる笑顔を浮かべて続けた。
「竜の棲家につながる入り口に辺境伯家が建っているの。命知らずな不届きものが侵入しないように。侵入者の方を守っているようなものだけれど」
「?」
 思わず首を傾げると、レイ殿下が笑いを含んで説明をしてくれた。こんなふうに明るい声で話す人なのだと、ホッとする。日を重ねるにつれて、本来の人柄が表に出てきたようだ。あのような体験でそれが一変してもおかしくなかっただろうと思うと、本当に、強い方なのだと思う。
「君はその話をするときはいつも誇らしげだ。トワ、竜は全てが貴重なでもある。死体であっても、卵であっても。命知らずにも、盗み出そうという輩は後を断たない。そんな輩は竜に撃退されるから侵入者の方を守っているようなものだが、辺境伯家はそのような煩わしいことから竜を守っている」
 なるほど、と頷きながら、何かが引っ掛かる。

 



 その不穏な響きに、ふと気づく。
 時期を早めて聖女を召喚した国。弱った竜をとしか見ていないような話を、していなかったか?



「殿下、神龍、という大事な龍は、大丈夫でしょうか。弱っていると言いますが、そのような不届者に囚われはしませんか?」
「神龍の居場所は人にはわからない。それは龍脈を知らせることになるからな。トワが心配しているのは、聖女たちを近づけて大丈夫か、ということか」
 そんなことは、他の人たちはとっくにわかっていたことなのだろう。いや、片時も忘れずに押さえていたことなのだろう。懸念をすんなりと言い当てられ、すらすらと返答がある。

「弱っているからといって、人にどうにかできる存在ではない。…弱って自然に斃れるのであれば別だが。だが、その場合にも、全てに備えて、竜騎士がいる」
「え?」
「今回、竜騎士隊の本来の目的は神龍を守ることだろう。はっきり陛下から直接聞いたわけではないが、話の流れを聞くにそういうことだ」



 そんなふうに、守らなければならないほど聖女や自分の国の一部の人たちが信用できないのであれば、そもそも行かせなければいいのにと思ってしまう。
 なんとも言えない複雑な気分が顔に出たのだろう。
 セージ先生が笑っている。
「行くことを禁じれば、なんとかして出し抜こうと画策し続けるでしょう。であれば、監視下で行かせて挫いたほうが、話は早い」
 乱暴だけれど、納得した。
 あとは、そこまで愚かではないと王太子を信じたい気持ちもあるのではないかと。

「それでは、ヴィクター様たちは大変ですね」
 味方である、守る相手である、聖女や王太子、そして近衛騎士などを相手にしなければならない可能性を孕んだ遠征なのだ。
 この中で、わたしだけが今更そのことをきちんと理解した。
「大丈夫よ、トワ」
 アメリアが、背中を強く撫でてくれた。このまま、バンっと叩かれそうな勢いの表情だ。
「お兄様、約束は守る方なの。お迎えを待っていましょう?」


 頷くしかなく、促されて口に運んだ料理は、味がしなかった。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移~治癒師の日常

コリモ
ファンタジー
ある日看護師の真琴は仕事場からの帰り道、地面が陥没する事故に巻き込まれた。しかし、いつまでたっても衝撃が来ない。それどころか自分の下に草の感触が… こちらでは初投稿です。誤字脱字のご指摘ご感想お願いします なるだけ1日1話UP以上を目指していますが、用事がある時は間に合わないこともありますご了承ください(2017/12/18) すいません少し並びを変えております。(2017/12/25) カリエの過去編を削除して別なお話にしました(2018/01/15) エドとの話は「気が付いたら異世界領主〜ドラゴンが降り立つ平原を管理なんてムリだよ」にて掲載させてもらっています。(2018/08/19)

私はモブのはず

シュミー
恋愛
 私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。   けど  モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。  モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。  私はモブじゃなかったっけ?  R-15は保険です。  ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。 注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

処理中です...