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しおりを挟む明日には辺境伯領に着くという。順調な旅路で明るいうちに着いた宿で、お湯を張ったたらいを借りた。なかなか、この世界でお風呂は一般的ではないらしい。辺境伯家には当たり前にあったからわからなかったけれど、貴族の家だからで贅沢品だという。
辺境伯家への移動が始まってからは、宿でそれぞれの方法で身を清めていた。セージ先生やブレイクは魔法で着ているものごと綺麗にしていた。
アメリアは魔法でエリンが蒸しタオルを用意し、清拭しているようだ。レイ殿下もきっと、魔法だろう。
そして、魔法が使えないわたしはお湯を用意することもできず、お湯を張ったたらいを受け取って、持っているタオルで体を拭いているというわけだ。エリンが一緒に蒸しタオルを用意すると言ってくれたが、わたしの面倒を見るのは彼女の仕事ではない。と思ったが、まあ、お湯を用意してあげなければいけないというのも、宿の人の仕事を増やしているんだなと途中で気づきはした。
毎回不思議そうな顔をされる。部屋についた蛇口を捻っても、いや、捻る蛇口がないんだが、水もお湯も出せないのだ。仕方ない。「黒持ち」なのに「魔法が使えない」と、どこでも噂されているようだった。これでは目立って仕方ないし、ものすごく、記憶されてしまう気がする。
情けない方向で。
とにかく、そうやってさっぱりした後で、食堂に降りて夕食になった。
ここはもう辺境伯領の中に入っているそうで、馬車の紋章やアメリアの顔でものすごい厚遇を受けている。途中立ち寄った町でもここでも、そこの町長や有力者の家に泊まるよう案内が来たが、アメリアの言葉を伝えるようにエリンが、働いている方のところにお世話になってしっかりお支払いすることも、大事ですからとお断りしていた。わざわざアメリアに聞かずに答えている様子からも、すんなりと引き下がる様子からも、毎度のやりとりなのだろう。
食堂では、奥まったところで仕切られた、個室のようなところに案内された。それほど大きな部屋ではないけれど、この人数であれば入っても窮屈でもなく広すぎもしない。どこへ行ってもエルフのセージ先生や獣人のブレイクは、こそこそと視線を集めていた。珍しいのだという。
共存の道を捨ててそれぞれの種族で暮らし始めてから、あまり出会うことはないのだとか。宿場町であればそれでもと思うのだが、そんな場所でも奇異の目を向けられるほどに珍しいのだな、とようやく実感を伴って理解した。
「辺境伯領には、竜の棲家があるんですよね?」
「ええ」
食事をしながら、アメリアが頷く。にっこりと不敵とも取れる笑顔を浮かべて続けた。
「竜の棲家につながる入り口に辺境伯家が建っているの。命知らずな不届きものが侵入しないように。侵入者の方を守っているようなものだけれど」
「?」
思わず首を傾げると、レイ殿下が笑いを含んで説明をしてくれた。こんなふうに明るい声で話す人なのだと、ホッとする。日を重ねるにつれて、本来の人柄が表に出てきたようだ。あのような体験でそれが一変してもおかしくなかっただろうと思うと、本当に、強い方なのだと思う。
「君はその話をするときはいつも誇らしげだ。トワ、竜は全てが貴重な商品でもある。死体であっても、卵であっても。命知らずにも、盗み出そうという輩は後を断たない。そんな輩は竜に撃退されるから侵入者の方を守っているようなものだが、辺境伯家はそのような煩わしいことから竜を守っている」
なるほど、と頷きながら、何かが引っ掛かる。
全てが貴重な商品。
その不穏な響きに、ふと気づく。
時期を早めて聖女を召喚した国。弱った竜を素材としか見ていないような話を、していなかったか?
「殿下、神龍、という大事な龍は、大丈夫でしょうか。弱っていると言いますが、そのような不届者に囚われはしませんか?」
「神龍の居場所は人にはわからない。それは龍脈を知らせることになるからな。トワが心配しているのは、聖女たちを近づけて大丈夫か、ということか」
そんなことは、他の人たちはとっくにわかっていたことなのだろう。いや、片時も忘れずに押さえていたことなのだろう。懸念をすんなりと言い当てられ、すらすらと返答がある。
「弱っているからといって、人にどうにかできる存在ではない。…弱って自然に斃れるのであれば別だが。だが、その場合にも、全てに備えて、竜騎士がいる」
「え?」
「今回、竜騎士隊の本来の目的は神龍を守ることだろう。はっきり陛下から直接聞いたわけではないが、話の流れを聞くにそういうことだ」
そんなふうに、守らなければならないほど聖女や自分の国の一部の人たちが信用できないのであれば、そもそも行かせなければいいのにと思ってしまう。
なんとも言えない複雑な気分が顔に出たのだろう。
セージ先生が笑っている。
「行くことを禁じれば、なんとかして出し抜こうと画策し続けるでしょう。であれば、監視下で行かせて挫いたほうが、話は早い」
乱暴だけれど、納得した。
あとは、そこまで愚かではないと王太子を信じたい気持ちもあるのではないかと。
「それでは、ヴィクター様たちは大変ですね」
味方である、守る相手である、聖女や王太子、そして近衛騎士などを相手にしなければならない可能性を孕んだ遠征なのだ。
この中で、わたしだけが今更そのことをきちんと理解した。
「大丈夫よ、トワ」
アメリアが、背中を強く撫でてくれた。このまま、バンっと叩かれそうな勢いの表情だ。
「お兄様、約束は守る方なの。お迎えを待っていましょう?」
頷くしかなく、促されて口に運んだ料理は、味がしなかった。
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