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冬が来たってことは
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クリスマス。年末年始。
チヅルは毎年墨の匂いの中で過ごす。
今年もその予定だ。
冬が来るという事は、チヅルにとっては新春が迫るという事。
休み前集会の日には中間テストの成績が帰ってきた。
ヒスイは帰り道で小躍りして喜んでいた。
「1.2.3」
テストの学年順位である。
「123位」
嬉しい嬉しいと繰り返した。
50位以上あがったそうで、チヅルもひと安心。
ヒスイはコーチとしてマラソン大会で1位を取るという腕前も披露した。
チヅルは中間テストでは成績を落としたが、真の目標にはちゃくちゃくと近付いてる。
そのはずだ。
冬休みに入ってもチヅルの方は余計に忙しい。
だから相変わらず朝走っていた。
12月に入ってからずっとスマホ越し指導していた勉強は、対面再会である。
ヒスイの部活の合間に書道教室を借りた。
「なんか変な感じぃ」
部活のない日。
家から持ってきた書道道具を使いながらヒスイは筆を動かしている。
顔はすごく真剣だ。
まっすぐ引けばいいものを、迷っているので波線を描き出す。
そんな漢字はない。
チヅルはヒスイの筆運びを見ながら何とも言えない視線を送った。
「チヅルくんが見てるからきっと緊張するんだって」
くわぁぁっっと変な叫び声と共にヒスイは筆をいったん置く。
書いているのは冬休みの課題だ。
「そうなの?」
温故知新、と書き上げた自分の手元の。長い半紙を指す。
「僕も書いてたよ?」
チヅルの冬休みの宿題はもう、ひとつ片付いた。
見ていたのは新の字の最後だけ。
ヒスイの半紙から墨を吸い取る。
鉛筆で文字の方向を矢印で書いた。
筆をおく位置も縦に揃っているわけではないことを注釈する。
「ひーさん、筆を借りていい?」
「いいよ。1260円の筆だけど」
小学生からずっと買い替えていない。
ぼろぼろにちびているし、根本はほぐれなくなっていた。
チヅルはヒスイの前に半紙を敷き直すと彼女を少しどかしてそこに座る。
「あとで洗ったら何とかなるかな…」
筆の根元を丁寧に解した。
「最初によく手本を見てね。
ひーさんの場合、残像になるくらい。
筆の方向を決めてから書きだして」
ヒスイにもよく見えるようにゆっくり筆を運んだ。
角。角を丁寧に。
筆は止めておかないこと。
はらいは勢いいらない。
線はどこで止めているのかよく見て。
ヒスイが言い訳できないほど完璧な作品ができる。
「これに私の名前書いちゃおうかな」
思わず言った。
だめ、と笑われる。
「チヅルくんの書いてくれたこれ、見本にしていい?」
学校で配られた手本はA4用紙をつなげたもので、微妙にサイズが違うのだ。
チヅルは新聞紙に挟んで丸めてくれる。
チヅルは冬休みの午前中、おじいちゃんちに行くのだそうだ。
ガチの特訓らしいのでヒスイは詳しく聞かない。
「お昼食べ過ぎないでね」
心配なことはそれだけだ。
冬休みはいろいろと敵の罠が多い。
「がんばる」
油断するとヒスイでも2㎏増えた。
チヅルにとってはきっと天王山。
「あと2週間だな」
父が背後から声をかけてくる。
本日は日がな一日四角い世界をコーディネートしていた。
チヅルは恐らく忙しくて来られない。
「お父さん、クリスマスツリーが思ったより大きくなっちゃう。
木の葉っぱ集めてきて」
「おう。ちょっと待っててな」
父はダイニングに居座るヒスイを通り過ぎ、洗面所に入っていった。
1時間ほど水につけてから10分以上流水で洗った筆が干してある。
洗面台はとんでもないことになっている。
娘をちらっと見てからスポンジで拭いた。
キッチンでタイマーが鳴ったので、ヒスイはジャガイモのゆで具合を見る。
菜箸でぶすっと刺してやったら伝説の剣みたいになった。
まだ早かった。
そのままもう5分ほど延長する。
父がリビングのパソコンにスタンバイするのを待つ間、芋の水分を飛ばして塩をしてやった。
「ヒスイのシンプル料理だ。やった」
着替えてきた父がキッチンで枝豆を解凍しながら覗き込む。
「今日はあんまり多く作ってないから2個ずつだよ」
言っておかないと独り占めしかねない父にくぎを刺した。
「今度見かけたら大量に買ってくるわ」
芋ラブ父。
父は鍋底に焦げ付いた芋を引っぺがして口に入れる。
パソコンの前に座って娘の所望の品を納品し始めた。
「木を光らせたいんだよねえ」
ジャガイモを皿に盛りつけた後、ヒスイは冒険に戻る。
「ココアビーンズをとりあえずくっつけてるけど、なんか違うな」
ヒスイの構想しているツリーは巨大になっていた。
「赤い鉱石で回路作るだけで光るんじゃない?」
父が提案する。
「地下、掘ってくる」
ヒスイはつるはしを大量に持って洞窟を下りて行った。
光るフルーツも、あったらとってこよう。
「もしかして光るかぼちゃでもいい…?」
「葉っぱ集めたらお父さんがそれやる」
しばらくもくもくと作業した。
「チヅルくんの書初め大会が終わったら、もうコーチおしまい?」
父は何気ないように聞く。
「おしまい」
ヒスイは即答した。
「お姉ちゃんは今日まだ帰ってないの?」
思い出したように父は2階をうかがう。
「今日は友達と晩御飯食べてから帰るって。
ガルパって言ってたよ」
季節柄、親が心配すると思ってわざと言って行った。
「ガルパ…」
父がため息を吐く。
母がスーパーから帰ってきた。
炊飯が仕上がり、母がスープを作る。
総菜のから揚げが温まったらごはん開始だ。
四角い世界には四角いケーキが用意してある。
焼いたジャガイモもあった。
昼間、ヒスイは旗に書初めを書いていた。
温故知新ってかっこよく書きたかった。
まだ今一つなのであとで父にも見てもらうつもりでいる。
チヅルは毎年墨の匂いの中で過ごす。
今年もその予定だ。
冬が来るという事は、チヅルにとっては新春が迫るという事。
休み前集会の日には中間テストの成績が帰ってきた。
ヒスイは帰り道で小躍りして喜んでいた。
「1.2.3」
テストの学年順位である。
「123位」
嬉しい嬉しいと繰り返した。
50位以上あがったそうで、チヅルもひと安心。
ヒスイはコーチとしてマラソン大会で1位を取るという腕前も披露した。
チヅルは中間テストでは成績を落としたが、真の目標にはちゃくちゃくと近付いてる。
そのはずだ。
冬休みに入ってもチヅルの方は余計に忙しい。
だから相変わらず朝走っていた。
12月に入ってからずっとスマホ越し指導していた勉強は、対面再会である。
ヒスイの部活の合間に書道教室を借りた。
「なんか変な感じぃ」
部活のない日。
家から持ってきた書道道具を使いながらヒスイは筆を動かしている。
顔はすごく真剣だ。
まっすぐ引けばいいものを、迷っているので波線を描き出す。
そんな漢字はない。
チヅルはヒスイの筆運びを見ながら何とも言えない視線を送った。
「チヅルくんが見てるからきっと緊張するんだって」
くわぁぁっっと変な叫び声と共にヒスイは筆をいったん置く。
書いているのは冬休みの課題だ。
「そうなの?」
温故知新、と書き上げた自分の手元の。長い半紙を指す。
「僕も書いてたよ?」
チヅルの冬休みの宿題はもう、ひとつ片付いた。
見ていたのは新の字の最後だけ。
ヒスイの半紙から墨を吸い取る。
鉛筆で文字の方向を矢印で書いた。
筆をおく位置も縦に揃っているわけではないことを注釈する。
「ひーさん、筆を借りていい?」
「いいよ。1260円の筆だけど」
小学生からずっと買い替えていない。
ぼろぼろにちびているし、根本はほぐれなくなっていた。
チヅルはヒスイの前に半紙を敷き直すと彼女を少しどかしてそこに座る。
「あとで洗ったら何とかなるかな…」
筆の根元を丁寧に解した。
「最初によく手本を見てね。
ひーさんの場合、残像になるくらい。
筆の方向を決めてから書きだして」
ヒスイにもよく見えるようにゆっくり筆を運んだ。
角。角を丁寧に。
筆は止めておかないこと。
はらいは勢いいらない。
線はどこで止めているのかよく見て。
ヒスイが言い訳できないほど完璧な作品ができる。
「これに私の名前書いちゃおうかな」
思わず言った。
だめ、と笑われる。
「チヅルくんの書いてくれたこれ、見本にしていい?」
学校で配られた手本はA4用紙をつなげたもので、微妙にサイズが違うのだ。
チヅルは新聞紙に挟んで丸めてくれる。
チヅルは冬休みの午前中、おじいちゃんちに行くのだそうだ。
ガチの特訓らしいのでヒスイは詳しく聞かない。
「お昼食べ過ぎないでね」
心配なことはそれだけだ。
冬休みはいろいろと敵の罠が多い。
「がんばる」
油断するとヒスイでも2㎏増えた。
チヅルにとってはきっと天王山。
「あと2週間だな」
父が背後から声をかけてくる。
本日は日がな一日四角い世界をコーディネートしていた。
チヅルは恐らく忙しくて来られない。
「お父さん、クリスマスツリーが思ったより大きくなっちゃう。
木の葉っぱ集めてきて」
「おう。ちょっと待っててな」
父はダイニングに居座るヒスイを通り過ぎ、洗面所に入っていった。
1時間ほど水につけてから10分以上流水で洗った筆が干してある。
洗面台はとんでもないことになっている。
娘をちらっと見てからスポンジで拭いた。
キッチンでタイマーが鳴ったので、ヒスイはジャガイモのゆで具合を見る。
菜箸でぶすっと刺してやったら伝説の剣みたいになった。
まだ早かった。
そのままもう5分ほど延長する。
父がリビングのパソコンにスタンバイするのを待つ間、芋の水分を飛ばして塩をしてやった。
「ヒスイのシンプル料理だ。やった」
着替えてきた父がキッチンで枝豆を解凍しながら覗き込む。
「今日はあんまり多く作ってないから2個ずつだよ」
言っておかないと独り占めしかねない父にくぎを刺した。
「今度見かけたら大量に買ってくるわ」
芋ラブ父。
父は鍋底に焦げ付いた芋を引っぺがして口に入れる。
パソコンの前に座って娘の所望の品を納品し始めた。
「木を光らせたいんだよねえ」
ジャガイモを皿に盛りつけた後、ヒスイは冒険に戻る。
「ココアビーンズをとりあえずくっつけてるけど、なんか違うな」
ヒスイの構想しているツリーは巨大になっていた。
「赤い鉱石で回路作るだけで光るんじゃない?」
父が提案する。
「地下、掘ってくる」
ヒスイはつるはしを大量に持って洞窟を下りて行った。
光るフルーツも、あったらとってこよう。
「もしかして光るかぼちゃでもいい…?」
「葉っぱ集めたらお父さんがそれやる」
しばらくもくもくと作業した。
「チヅルくんの書初め大会が終わったら、もうコーチおしまい?」
父は何気ないように聞く。
「おしまい」
ヒスイは即答した。
「お姉ちゃんは今日まだ帰ってないの?」
思い出したように父は2階をうかがう。
「今日は友達と晩御飯食べてから帰るって。
ガルパって言ってたよ」
季節柄、親が心配すると思ってわざと言って行った。
「ガルパ…」
父がため息を吐く。
母がスーパーから帰ってきた。
炊飯が仕上がり、母がスープを作る。
総菜のから揚げが温まったらごはん開始だ。
四角い世界には四角いケーキが用意してある。
焼いたジャガイモもあった。
昼間、ヒスイは旗に書初めを書いていた。
温故知新ってかっこよく書きたかった。
まだ今一つなのであとで父にも見てもらうつもりでいる。
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