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未来への約束
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私はアレス王子に先導されるように城内の廊下を歩いていた。
親子ほどに違う年齢の青年の背中を無遠慮に見つめる。
本当に大きくなったなと思う。後ろ姿だけなら立派な大人だ。
けれど彼はまだ学生で、そういえばマリアが彼はここ数年で急に背が伸びたと以前言っていた。
制服を仕立て直すかどうか迷っていると庶民的な悩みを語る王妃に若干呆れた記憶がある。
あの後結局アレス王子の制服はどうなったのだろうか。
聞いてみようかと思ったが流石に場違いな質問だと思い直し私は結局黙るしかなかった。
幸いにも沈黙が息苦しいと言う気持ちはない。考えることなら幾らでもあるから。
この期に及んでシシリーに声をかけた私にマリアは少し怒っていたようだった。
雷魔法で障壁を張っていなかったらあの場で説教されていたに違いない。
ここ最近の自らの煮え切らなさを正直自覚はしている。自分はロバートやシシリーにどうなって欲しいのか。
死んで欲しいと、まっすぐに憎しみだけを抱き続けたならいっそ潔くもあれるだろうに。
私には風評程の苛烈さはないのかもしれない。マリアや、雷女神ユピテルを前にすれば自らの人格は酷く凡庸に思えた。
「……あの」
灰色の思考に陥っていた私に前から声がかけられる。顔を上げればアレス王子がこちらを振り返り立ち止まっていた。
歩く速度が遅れていたのだろうか。慌てて駆け寄る私を彼は黙って待っていてくれた。
「ごめんなさい、アレス王子。私ったら歩くのが遅くって……」
「いや、そんなことはないです」
小声での会話が可能なぐらいの距離まで詰めて私は彼にそう謝った。
それに短い言葉で返すアレス王子は気まずそうに自らの頬を指で掻く。
ひっかき過ぎて頬に傷がつくのではないかと心配になった頃漸く彼が指の動きを止めた。
「あの、別に怒っているとか、急かしてるとかじゃなくて、俺は……」
貴女と話したかっただけだから。
そこまでを告げてアレス王子は黙り込んでしまう。その表情は硬いが頬は赤い。
少し前に私を軟派な言葉で口説き強引に唇を奪った人間と同一人物とはまるで思えない。
不器用で純情。私はそんな印象を今のアレス王子に抱いた。けれどこっちの性格の方が断然いい。
血に染まったドレスを着替えなければいけないが、短い会話を交わす余裕はあるだろう。
彼の緊張をほぐす為私は微笑みながら口を開いた。
「いいわよ、少しだけなら。私とお話ししましょう、アレス王子」
「好きです」
「は?」
「ずっと言いたかった。今なら言えると思って、言いました」
それだけを言うとアレス王子は黙って前を向いた。
話したいと言いながら全く会話になってない。本当に不器用な青年だ。
けれど正直なことを言えば私は返答を求められなかったことに安堵していた。
その好意を喜んで見せたり、こちらも同じ気持ちだなんて軽々しくは言えない。
それは年長者としての責任感などではなくて。
五年後、十年後が怖かった。
発言の後の沈黙に焦れたのかアレス王子が再び振り向く。その頬は先程よりも真っ赤だった。
私の手を引いて自分の体に抱き込む。ドレスについた血が移ってしまうと身を離そうとしたが彼の強い力がそれを許さなかった。
服越しに触れた胸から鼓動が早鐘を打っているのが聞こえる。純情なのか強引なのかわからない。その両方なのかもしれない。
「……今日は無理だけど、いつか貴女にドレスを贈ってみせるから」
その時は俺と踊って欲しい。縋るような声で言われて、それぐらいならと私は頷く。
彼は私に何色のドレスを贈ってくれるのだろう。
今聞いてみようかと思ったが楽しみにしたくて私は黙っていた。
少しだけ彼と過ごす未来が恐ろしいものではなくなった気がした。
親子ほどに違う年齢の青年の背中を無遠慮に見つめる。
本当に大きくなったなと思う。後ろ姿だけなら立派な大人だ。
けれど彼はまだ学生で、そういえばマリアが彼はここ数年で急に背が伸びたと以前言っていた。
制服を仕立て直すかどうか迷っていると庶民的な悩みを語る王妃に若干呆れた記憶がある。
あの後結局アレス王子の制服はどうなったのだろうか。
聞いてみようかと思ったが流石に場違いな質問だと思い直し私は結局黙るしかなかった。
幸いにも沈黙が息苦しいと言う気持ちはない。考えることなら幾らでもあるから。
この期に及んでシシリーに声をかけた私にマリアは少し怒っていたようだった。
雷魔法で障壁を張っていなかったらあの場で説教されていたに違いない。
ここ最近の自らの煮え切らなさを正直自覚はしている。自分はロバートやシシリーにどうなって欲しいのか。
死んで欲しいと、まっすぐに憎しみだけを抱き続けたならいっそ潔くもあれるだろうに。
私には風評程の苛烈さはないのかもしれない。マリアや、雷女神ユピテルを前にすれば自らの人格は酷く凡庸に思えた。
「……あの」
灰色の思考に陥っていた私に前から声がかけられる。顔を上げればアレス王子がこちらを振り返り立ち止まっていた。
歩く速度が遅れていたのだろうか。慌てて駆け寄る私を彼は黙って待っていてくれた。
「ごめんなさい、アレス王子。私ったら歩くのが遅くって……」
「いや、そんなことはないです」
小声での会話が可能なぐらいの距離まで詰めて私は彼にそう謝った。
それに短い言葉で返すアレス王子は気まずそうに自らの頬を指で掻く。
ひっかき過ぎて頬に傷がつくのではないかと心配になった頃漸く彼が指の動きを止めた。
「あの、別に怒っているとか、急かしてるとかじゃなくて、俺は……」
貴女と話したかっただけだから。
そこまでを告げてアレス王子は黙り込んでしまう。その表情は硬いが頬は赤い。
少し前に私を軟派な言葉で口説き強引に唇を奪った人間と同一人物とはまるで思えない。
不器用で純情。私はそんな印象を今のアレス王子に抱いた。けれどこっちの性格の方が断然いい。
血に染まったドレスを着替えなければいけないが、短い会話を交わす余裕はあるだろう。
彼の緊張をほぐす為私は微笑みながら口を開いた。
「いいわよ、少しだけなら。私とお話ししましょう、アレス王子」
「好きです」
「は?」
「ずっと言いたかった。今なら言えると思って、言いました」
それだけを言うとアレス王子は黙って前を向いた。
話したいと言いながら全く会話になってない。本当に不器用な青年だ。
けれど正直なことを言えば私は返答を求められなかったことに安堵していた。
その好意を喜んで見せたり、こちらも同じ気持ちだなんて軽々しくは言えない。
それは年長者としての責任感などではなくて。
五年後、十年後が怖かった。
発言の後の沈黙に焦れたのかアレス王子が再び振り向く。その頬は先程よりも真っ赤だった。
私の手を引いて自分の体に抱き込む。ドレスについた血が移ってしまうと身を離そうとしたが彼の強い力がそれを許さなかった。
服越しに触れた胸から鼓動が早鐘を打っているのが聞こえる。純情なのか強引なのかわからない。その両方なのかもしれない。
「……今日は無理だけど、いつか貴女にドレスを贈ってみせるから」
その時は俺と踊って欲しい。縋るような声で言われて、それぐらいならと私は頷く。
彼は私に何色のドレスを贈ってくれるのだろう。
今聞いてみようかと思ったが楽しみにしたくて私は黙っていた。
少しだけ彼と過ごす未来が恐ろしいものではなくなった気がした。
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