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王妃の裁き37

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 ディアナがシシリーに優しく問いかけた時、マリアが感じたのは苛立ちと懐かしさだった。

 アレス王子が襲われた時もそうだ。

 彼女は苛烈な性格の割に自分が下したと判断した敵に対し奇妙な慈悲を見せる時がある。

 倒した相手が生き延びたならそれ以上の後追いはしない。少なくとも命までは奪わない。

 高貴な者特有の度量の広さと言えばそのような気もするし、お嬢様育ち故の甘さと言われれば頷いてしまいそうにもなる。

 だがその甘さが無ければ婚約者を奪おうとしたマリアをディアナが許すこともなかっただろう。

 アレスを襲った侍女は改心し、ディアナを一方的に毛嫌いしていた義妹のイザベラはすっかり尻尾を振るようになったと聞いている。

 改心の機会を与えるのは悪い事ばかりではないのかもしれない。

 けれどいつかそのせいで負ける筈のない相手に刺される時が来るかもしれないのだ。マリアはそれがとても嫌だった。 


「ヒトって変わらないのねぇ♠」


 感情の読めない雷神の台詞にマリアは思考を外側に向ける。

 シシリーの血を浴びたディアナはアレスと共に部屋の外に追いやった。

 女性の着替えには時間がかかるものだ、妙齢なら尚更身支度に時間がいる。暫くは戻ってこないだろう。

 侍女とロバートはユピテルが何かしたのか、先程からずっと意識を失い続けている。

 ユピテルが顕現する直前にマリアはロバートとシシリーを追放すると宣言した。

 新しくグレイ伯爵家を継ぐ者にとって若くはないが老成してもいないロバートは邪魔者でしかないだろう。

 減刑も求めてこないに違いない。

 そして天涯孤独のシシリー。

 マリアは彼女を王家が所有している森の一つに捨てさせるつもりだった。

 当然狼や熊などの獣がいる。そこに身動きもできない程肥えた女を置き去りにすればどうなるか。

 当然、逃げ出すことも出来ず食い殺されるだろう。それがシシリーに相応しい罰だとマリアは思った。

 シシリーが殺めた子供だって胎内という逃げ場がない状態で体を潰されたのだ。

 どうせあの手の女はそうなったって自分の行いを悔いたりはしない。運が悪かった周囲が悪かったと思って死ぬだけなのだ。

 そしてロバートにはその一部始終を見せてから、それなりに安全な場所へ放逐する。妻の遺骨の一つでも持たせてやってもいいかもしれない。    
 
 マリアはそれらをディアナには話さず実行するつもりだった。どうせ反対されるだろうし、逆に積極的に同意されてもそれはそれで嫌だった。

 たとえばロバートやシシリーがそれなりにまともな価値観を有していてディアナの説教を受け入れる人間ならマリアはここまで首を突っ込んだりはしなかっただろう。

 彼女の後ろに王妃が立っている。そのことだけをちらつかせるに留めていたに違いない。

 けれどそうでないことはシシリーや変わり果てたロバートを見ただけですぐにわかった。

 特にシシリーはディアナの天敵と言えるタイプだった。常識のない行動力はある自信家。そして残忍でありながら華奢で愛らしい外見。

 弱々しい振りが得意な相手にディアナは意外と強く出られない。最近はそのようなタイプに夫を寝取られたばかりとあって尚更自信を喪失していた。

 逆に彼女の親友であるマリアは、シシリーの邪悪な本性を早々に見抜きそして憎悪していた。

 平民と言う身分、稀有な美貌、そして大胆さと野望の強さ。いわばシシリーは愚か過ぎたマリアだ。だからみっともなくて見ていたくなかった。

 別人のように太らせたのはそういった心情も関与していたのかもしれない。

 それと太らせることでその外見から弱さを取り除き、追放に際してディアナに同情させないようにすることも目的の一つだった。

 ロバートにもシシリーにも幻滅させきって、死刑ではなく追放という軽い言葉を使ってディアナに罪悪感を抱かせず二人を消し去る。

 途中までは上手くいっていた。少なくとも雷神ユピテルが顕現するまでは。

 自分の計画は台無しにされるだろう。いやもうされている。騒動が終わるまではディアナの前に現れず近くで見守るだけだという約束はあっさりと反故にされた。

 さらにマリアが人手と時間をかけて魔物のように太らせたシシリーはユピテルの手により凡庸な豚の姿にされてしまった。

 しかも加護まで与えたし精霊界で暮らさせると言う。その言葉を裏付けるようにマリアが先程切り落とした豚鼻が徐々に再生されつつある。

 この悪女を家畜に変えた上で不死にしてユピテルは何がしたいのか。マリアが目で問いかけると逆に「貴女はこれをどうしようと思う?」と問いかけられる。

 マリアは雷撃で気絶している大きな雌豚を前に考え込んだ。でっぷりと太ったその姿は市場に引いていけば高値で売れるだろう。元が人間だと知らなければだろうが。


「貧しい村に幾ら肉を削いでも死なない奇跡の豚だって言って下げ渡すわね」

「マリアちゃんのその発想力、わたくしたちに近くて好きよぉ♡」


 でもマリアちゃんはわたくしたちよりディアナちゃんの方が好きなのよね。

 そうユピテルに茶化されて、照れさえ見せず当たり前じゃないとマリアは答えた。

 マリアは自分のことは好きだが、自分に似たものは嫌いだ。大抵人でなしだからだ。

 自分が風の刃で抉り取った豚鼻を爪先で穴に蹴り入れる。下階の床に落ちる音はしなかった。


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