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王妃の裁き24

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 私の肩に誰かの手が触れる。

 離して。そう言った。けれど逆に強く抱き締められた。

 後ろから伸びた手が私の指をシシリーから引き剥がそうとする。

 いやだ、と私は叫んだ。罰なら後で幾らでも受ける。

 だからこの女を殺すことを止めないで欲しい。

 駄目だ、と耳の後ろで声が聞こえた。 
  

「もう止めるんだ、ディアナさん」


 あなた、泣いてるじゃないか。

 そう囁く声こそが深い悲痛に濡れていた。


「だって、赤ちゃんが」


 いなくなってしまった。私はぼんやりした気持ちで呟く。

 意識すれば涙はとめどなく頬を喉を濡らしていた。


「うみたかった」

「うん」

「わたしだって、うみたかったのよ」


 ずっと、何十年間も、ずっと。

 目がカッと熱くなってぬるい水が幾らでも溢れてくる。体中の水分がそこから逃げ出そうとしているようだ。

 反比例するように固く強張っていた指先から力が抜け落ちていった。止まっていた時が動き出すような感覚に襲われる。

 ぼやける視界が崩れ落ちそうになるシシリーと、それを横から支える二人の看護士の姿を捕らえる。

 それがどんどんと遠くなるのはアレス王子が私を捕らえたまま後退っているからだろう。

 まるで木偶の様に後ろから抱きかかえられ移動させられている。私をシシリーから遠ざけているのだ。

 なんてみっともない姿なのだろうと他人事の様に思った。

 今この場で危険人物扱いされているのはシシリーではなく私の方なのだ。

 アレス王子が私の動きを封じて、その隙に看護士が彼女を救出する。

 当然だ、私は城内で殺人を犯そうとしたのだから。

 自らの無様さで手間取らせてしまったアレスに私は詫びの言葉を告げようとした。


「すみません」


 けれど実際に聞こえた謝罪は私からのものではなく彼から発せられたものだった。

 その言葉の理由が分からず押し黙るしかない私に彼は自らの罪を白状するように重く語り続ける。


「俺は貴女にその手を汚して欲しくなかった」

「アレス……」

「だから貴女の望みを手助けできなかった。こんなに貴女を愛しているのに。俺は貴女の思い通りになれない」


 許してください。そう泣きそうな声で言われて、私は馬鹿ねと呟くしかなかった。

 違う。馬鹿なのは私だ。ごめんなさいと、呟いた。何回も繰り返した。 

 私は年下の青年の胸の中で子供のように泣きじゃくり続けた。


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