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3話
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あの後、善は急げとばかりにマリアは私を離宮から王宮内の来賓室へと移動させた。
そしてそこで待っているように言い残して消えたと思ったら代わりになぜかアレス王子がやってきた。
待てどもマリアは姿を見せず、メイドの持ってきた紅茶と菓子を前に久しぶりね大きくなったわねと親戚のおば様のような台詞を彼に告げた後は完全に沈黙するしかなかった。
アレス王子から話題を振ってくる事も無く私は私でこの年頃の男の子に適した話題を見つけられず時計の針だけが進んでいく。
彼の存在を意識してしまうと、どうしても先ほどマリアの口にした『婚約』という言葉も一緒に頭に浮かんでしまう。
真正面に座る彼は少年から青年へと変化する最中の繊細さと精悍さが絶妙に混ざり合っていて、元々の顔立ちの良さもあり異性に騒がれるのも当然に思える。
きっと王子という立場でなくても年頃の女性たちが彼を放っておくということは有り得ないだろう。
だからといって精神的に追い詰める程追い掛け回すのは非常識だけれど。
非常識といえばマリアだ。
自分と同い年の私に対し息子と婚約してみないかなどとのたまったのはやはりどう考えてもいかれている。
彼女と二十年以上の付き合いでマリアに大分感化されている私でさえいまだに唖然とさせてくれるのだからある意味あの脳みそは凄い。
いやマリアの場合、脳を通した発言などしたことがないかもしれない。反射だけで生きていると言われても納得してしまう。
そして一番厄介で納得いかないのはマリアの考えがどれ程おかしくて常識知らずであっても、最後にはその判断が正しいと周囲が認めてしまうことだった。
でも、絶対に今回の婚約の件は間違っている。
「…あの」
「へ?あ!ごめんなさい…わたくしったらぼうっとしていて」
沈黙をいいことに思考に没頭していた所に声をかけられて思わず慌ててしまう。
しかしアレス王子の声が前に比べ随分と低くなっていてそのことにも驚いてしまう。
私に纏わりついてきては抱き上げられ小鳥のような声で喜んでいた子供からこんなバリトンボイスが発せられる日が来るなんてと感慨深くもなる。
でも彼の年齢を考えれば声変わりなんて大分昔に済んでいる筈で、そのことに今更驚いてしまう程私たちの距離は遠ざかってしまっていたのだ。
王宮へマリアに会いに来た時に遠くから視線をかわしたことはある。その時にちゃんと頭を下げてもくれる。
けれどアレス王子は兄のルーク王子と違って私の傍に来て言葉を交わそうとはしない。
それが少し寂しかった時もあったが思春期とはそういうものだろうと深入りはしなかった。
だからこうやって会話をすることさえ本当に久しぶりなのだ。
そんな関係で婚約なんて。
政略結婚なら仕方がないのかもしれないけれど。
「…いや、気にしなくていいです。俺が急に声をかけたのが悪いので」
「いいえ、貴方が悪いなんてことはないわ。続きを話して頂戴、可愛いアレス…あ」
しまった。やってしまった。先ほど彼はもう幼い子供ではないと認識したばかりだというのに。
見る見るうちに目の前の青年の表情が険しくなっていく。がたんと立ち上がる音がして反射的に目を瞑った。
過去、口論の最中にロバートに平手打ちをされたことを思い出す。
けれど痛みと衝撃を覚悟していた私にアレス王子が与えたのはそのどちらでもなかった。
「え……」
ふわりと、整髪料の香りと汗の匂いと…唇にうっすらと残った紅茶の味。
今、私がされたのは。
「もう、ガキじゃないんで」
それと貴方と違って可愛くもないので。そう前髪が触れ合う距離で告げられて思う。
やっぱりこの子、あのマリアの息子だわ。
というかこんなにあっさり口づけして見せる男が女嫌いになんてなる筈ないでしょう。
話が違うわよ、私はこの場にいない悪友に内心で盛大に文句を言った。
そしてそこで待っているように言い残して消えたと思ったら代わりになぜかアレス王子がやってきた。
待てどもマリアは姿を見せず、メイドの持ってきた紅茶と菓子を前に久しぶりね大きくなったわねと親戚のおば様のような台詞を彼に告げた後は完全に沈黙するしかなかった。
アレス王子から話題を振ってくる事も無く私は私でこの年頃の男の子に適した話題を見つけられず時計の針だけが進んでいく。
彼の存在を意識してしまうと、どうしても先ほどマリアの口にした『婚約』という言葉も一緒に頭に浮かんでしまう。
真正面に座る彼は少年から青年へと変化する最中の繊細さと精悍さが絶妙に混ざり合っていて、元々の顔立ちの良さもあり異性に騒がれるのも当然に思える。
きっと王子という立場でなくても年頃の女性たちが彼を放っておくということは有り得ないだろう。
だからといって精神的に追い詰める程追い掛け回すのは非常識だけれど。
非常識といえばマリアだ。
自分と同い年の私に対し息子と婚約してみないかなどとのたまったのはやはりどう考えてもいかれている。
彼女と二十年以上の付き合いでマリアに大分感化されている私でさえいまだに唖然とさせてくれるのだからある意味あの脳みそは凄い。
いやマリアの場合、脳を通した発言などしたことがないかもしれない。反射だけで生きていると言われても納得してしまう。
そして一番厄介で納得いかないのはマリアの考えがどれ程おかしくて常識知らずであっても、最後にはその判断が正しいと周囲が認めてしまうことだった。
でも、絶対に今回の婚約の件は間違っている。
「…あの」
「へ?あ!ごめんなさい…わたくしったらぼうっとしていて」
沈黙をいいことに思考に没頭していた所に声をかけられて思わず慌ててしまう。
しかしアレス王子の声が前に比べ随分と低くなっていてそのことにも驚いてしまう。
私に纏わりついてきては抱き上げられ小鳥のような声で喜んでいた子供からこんなバリトンボイスが発せられる日が来るなんてと感慨深くもなる。
でも彼の年齢を考えれば声変わりなんて大分昔に済んでいる筈で、そのことに今更驚いてしまう程私たちの距離は遠ざかってしまっていたのだ。
王宮へマリアに会いに来た時に遠くから視線をかわしたことはある。その時にちゃんと頭を下げてもくれる。
けれどアレス王子は兄のルーク王子と違って私の傍に来て言葉を交わそうとはしない。
それが少し寂しかった時もあったが思春期とはそういうものだろうと深入りはしなかった。
だからこうやって会話をすることさえ本当に久しぶりなのだ。
そんな関係で婚約なんて。
政略結婚なら仕方がないのかもしれないけれど。
「…いや、気にしなくていいです。俺が急に声をかけたのが悪いので」
「いいえ、貴方が悪いなんてことはないわ。続きを話して頂戴、可愛いアレス…あ」
しまった。やってしまった。先ほど彼はもう幼い子供ではないと認識したばかりだというのに。
見る見るうちに目の前の青年の表情が険しくなっていく。がたんと立ち上がる音がして反射的に目を瞑った。
過去、口論の最中にロバートに平手打ちをされたことを思い出す。
けれど痛みと衝撃を覚悟していた私にアレス王子が与えたのはそのどちらでもなかった。
「え……」
ふわりと、整髪料の香りと汗の匂いと…唇にうっすらと残った紅茶の味。
今、私がされたのは。
「もう、ガキじゃないんで」
それと貴方と違って可愛くもないので。そう前髪が触れ合う距離で告げられて思う。
やっぱりこの子、あのマリアの息子だわ。
というかこんなにあっさり口づけして見せる男が女嫌いになんてなる筈ないでしょう。
話が違うわよ、私はこの場にいない悪友に内心で盛大に文句を言った。
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