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第一章

第2話 野球拳・2

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 脱ぐことを拒む悠里は目から涙を零し、座り込んだ。

「脱げないのでしたら、私が魔法で脱がせてさしあげますよ」

 ルシファーが微笑を浮かべて言う。

「……自分で脱ぎます」

 悠里は泣きながら背中に手を回し、ブラのホックに手を掛けた。
 孝弘の心臓の高鳴りが、最高潮に達する。

「いよいよだな副委員長!」

 と、その時。孝弘の背後で大地の声がした。
 孝弘は瞬間振り返り、両掌で大地の目を覆った。

「見るなっ!」
「な、何すんだよ!」

 突然の凶行に、大地は怒りの声を上げる。

「島本さんの裸をお前に見られたくないんだ!」
「んだと!? お前は美奈の乳首見たくせに! ずりーぞ!」

 大地は目を覆う手を剥がそうとするも、孝弘の力がしっかりと大地を押さえ込んでおり引き剥がせない。孝弘は少なく見積もっても大地より拳一個分は背が高いし、二年生で野球部のレギュラーを務められるフィジカルの持ち主。大地も運動神経は非常に良いのだが、こういう勝負になっては分が悪い。

「それは悪かったよ! 須崎さんもごめん! でも見せたくないんだ!」

 必死の叫びが、この異空間に木霊する。

「俺だってなあ……本当は美奈のおっぱいお前に見せたく……」
「大地!」

 大地が言い切る前に声を上げたのは美奈である。

「あたしの裸ならいくらでも見ていいから! もうあたしだけ見てなさい! あたしのがでかいんだし!」
「えっマジ!?」

 大胆で男らしい宣言に、大地も怒りを忘れ素で返す。

(って何言ってんだあたし! 特に最後のいらないでしょ!)

 そして美奈は言った後から恥ずかしくなった。

「それと佐藤君も、これからは委員長の方だけ見てて! いい!?」
「はっ、はい!」

 啖呵を切られ、孝弘はつい敬語で返事。

「えー、それではこういう形にしましょうか」

 そこに割って入ったのはルシファーである。男子二人の瞼が勝手に閉じ、体が宙に浮いた。そして瞼が自動的に開くと、目の前には上半身裸でパンツ一枚の姿になった想い人がいた。
 男子二人はルシファーによってステージ上に移動させられ、背中合わせになる形でステージ中央に座らされていたのである。

「須崎さんの希望に沿って、最後の一戦はこの形で行うこととしましょう。ちなみに男子二人は物理的に振り向けないようにしてありますのでご安心を。それぞれ自身の望んだ相手だけの裸体を、思う存分ご鑑賞下さい」

 間近で見せられる、Fカップとパンツ。大地は興奮のあまり目が血走っていた。

「よ、よう美奈。なんかその……悪かったな」
「別に……あんたがどーしようもないスケベなのは前々から知ってたし」

 一方で悠里は既にブラを脱ぎ終え、掌で丁度隠しきれるサイズの胸をしっかりと隠していた。孝弘は脱ぐシーンを丁度見逃した形になる。

「あの、佐藤君……」
「は、はい」
「さっきの……ありがとう。嬉しかったよ」
「え、いや、その……」

 思えばあれはモロに告白だったと、孝弘は今にして焦った。

「さーて、笑っても泣いてもこれが最後。勝てば恋愛成就、負ければ全裸。運命の決戦となります」
(絶対に負けられない。ここで勝って、佐藤君と……)
(どうせここまで脱いだんだし、どうせ見られるのは大地だし、ここは負けてあげても……ってダメだ! 下の毛処理してない! 剛毛なの見られたら絶対引かれる!)

 お互い負けられないという思いを胸に、最後の一戦へと挑む。
 緊張感を煽った直後、例によってルシファーは気の抜ける歌を歌いだす。

「野球~す~るなら、こういう具合にしやしゃんせ~」

 勿論女子二人は、頑張って片腕で胸を隠しながら踊る。男子二人は、心臓が爆音を立てているのが緊張によるものなのか、或いは好きな女の子が目の前でパンツ一丁で踊っているからなのかわからなかった。

「アウト! セーフ! よよいのよい!」

 そして出た手は、二人ともグー。

「よよいのよい!」

 二回目は、二人ともパー。

「よよいのよい!」

 そして三度目。手を出した後、この場が静まり返った。

(どっちが勝ったんだ……?)

 男子二人は振り向けない以上、相手側の手が何かはわからない。だが孝弘は、悠里の表情を見て察した。

「勝者は――須崎美奈さんです!」

 ルシファーが高らかに宣言。

「あ、あたし……勝ったんだ!」

 美奈は喜びを噛み締めた。

「そして島本さん、最後の一枚を脱いで下さい」
「……はい」

 そう振られたところで、悠里は吹っ切れたのか胸を隠していた手を下ろした。

(綺麗なピンク……!)

 またも衝撃を受ける孝弘。妄想ならいくらでもしてきたけど、それをゆうに超してくる美乳だった。
 だがそれはあくまで前座に過ぎない。これから彼女は更にもう一枚脱いで、生まれたままの姿を晒すのだ。

(胸の大きさでは勝ってるけど、色の綺麗さは負けだなぁ)

 自分は薄茶色の美奈は、そんなことを思った。
 孝弘がどぎまぎしながら見守る中、悠里は両手をショーツにかけ、するりと一気に下ろす。

(島本さんの……毛……)

 見たかったけど見ちゃいけないとも思っていたものが、眼前にある。
 それはナチュラルな逆三角形で、驚くほど綺麗な形に整えられていた。まるで画に描かれたモデルのようなヌードに孝弘はぽかんと口を開け、またも惚けてしまっていた。
 彼女は見えないところの身だしなみにもとても気を遣う子だ。その几帳面で綺麗好きな性格は孝弘のような付け焼刃ではなく元来のものであると、強く認識させられた。

(ああ、島本さんらしいな。表面上だけ真面目な俺とは全然違う)

 だがそれはそれとして、触り心地よさそうだな等という不埒な考えも浮かんだは男の性である。
 脱いだショーツが消えた後、悠里はすぐさま右腕で胸を、左手で股間を隠ししゃがみ込んで縮こまった。耳まで真っ赤になり、目にはまた涙を浮かべている。孝弘ははっと我に返った。

(み、見てしまった。島本さんの全裸を……)

 そんな悠里の様子を黙って見ていた美奈は、何を思ったか突然自分も豪快にショーツを下ろした。

「み、美奈!?」

 勝って嬉しい反面どこか残念な気持ちもあった大地は、突然の美奈の奇行に目玉が飛び出そうになった。

「委員長にだけ恥ずかしい思いさせるの可哀想だから! 別にあんたに見せるためじゃないし!」

 素っ裸で何も隠すことなく腰に手をあて堂々と立つ、美奈の男らしさ。しかし顔は正直で、本当は凄く恥ずかしいとばかりに頬が赤く染まっていた。

「えー、なんか勝手に脱いじゃいましたが、勝ったお二人はこれにてカップル成立です。おめでとうございまーす」

 ここでルシファーが拍手。一時彼の存在忘れかけていた大地と美奈は意識を引き戻された。

「はい終わり! 委員長も隠してるんだからあたしも隠す!」

 羞恥心に耐えられなくなった美奈は、自分も悠里同様胸と股間を隠した。

「ははっ、てゆーかお前剛毛だな」
「うっさい! だから見せたくなかったんだっての!」
「いや、むしろ興奮した」

 鼻の下伸ばしていた大地だったが、その後深呼吸してきりっと表情を整える。

「え、えーと……美奈。体育座りのままで悪いんだが……俺、お前が好きだ。付き合ってくれ」

 そしてこのタイミングで、大地からの告白である。美奈はますます顔を赤くして、大地の顔を見つめていた。

「いや、俺スケベでしょうもねー奴かもしんねーけど……嫌か?」
「……嫌じゃない。あたしも大地が好き」

 美奈が告白に応じた途端、後ろで紙吹雪が舞った。

「改めておめでとうございまーす! お二人のカップル成立を祝し、私から天使のご加護を」

 ルシファーが手をかざすと、美奈の下腹部に紋章のようなものが現れ、すっと消えた。

「今のは?」
「天使のご加護が宿った証です。あ、服お返ししますね」

 美奈の足下に、美奈の脱いだ服が全部現れた。


 一方で、負けた二人は。

「島本さん、その……俺、島本さんが好きだ! 俺と付き合って欲しい!」

 裸を見てしまった以上はもう後には引き返せない。孝弘は爆音を立てる心臓を押さえ込みながら意を決して思いを伝えた。
 羞恥に濡れていた悠里の表情が、ふと和らいだように見えた。

「……嬉しい……私も佐藤君が好き」

 悠里は胸を隠していた腕を胸から一時退けてまで涙を拭い、好きな人の想いに答えるべく最高の笑顔を作って返事をした。

「こちらもおめでとうございまーす!」

 途端、紙吹雪が舞いルシファーがシュババと駆け寄ってきた。

「え、俺達負けたのに」
「負けたら失恋とは一言も言ってませんよ。大事なのはお二人の気持ちです」

 お二人の気持ちと言われて、孝弘は一瞬真顔になる。

「あの……島本さん、俺、本当は島本さんが思ってるような真面目な男じゃないんだ。学級委員に立候補したのも島本さんに近づきたいからで……」
「うん、知ってるよ。私が佐藤君を好きになったのは、学級委員らしくしようと努力する姿を見てだから」

 嬉しさと恥ずかしさが入り混じった表情ではにかむ悠里を見て、孝弘の心臓はますます高鳴った。

「それではこちらのお二人にも天使の加護を」

 ルシファーは先程と同様に手をかざし、悠里の下腹部に紋章が現れて消えた。

「服はお返ししますね」

 悠里の足下に、脱いだ服が現れる。

「俺、目瞑ってるね」
「う、うん」


 女子二人が服を着終えたところで、男子二人は体育座りの姿勢から解放された。

「えー、今回は無事二組ともカップル成立となりました。両ペアとも、改めましておめでとうございます。ところで男の子にとっては自分の好きな子が他の男子に、女の子にとっては自分自身が好きな人以外の男子にも裸や下着を見られた件は気がかりでしょう。そこで私は天使の魔法を使い、このゲームで相手側の女子の裸や下着を見た、相手側の男子に裸や下着を見られた記憶は消しておきます。男子の方にとってはちょっと残念かもしれませんが、これで安心ですね。勿論、好きな人の裸を見た、見られた記憶は残りますよ」

 それを聞いて女子二人はほっと胸を撫で下ろした。男子二人は少し残念な気持ちもありつつも、それはそれとして安心した。

「それではこれにて、今回の脱衣ゲームはお開きとなります。ゲストの皆さん、お疲れ様でした」
 ルシファーがそう言うと、四人の男女はこの場から姿を消した。



 部活後。
 大地がサッカー部室で丁度制服に着替え終えた辺りで、扉を叩く音。

「大地ー? いるー?」
「お、おう」

 聞こえてきたのは美奈の声。大地は他の部員が一緒にいることもあって、ぎこちない返事。

「行ってこいよ大地」

 何かを察した純一に背中を押され、大地は渋々部室から出て行く。

「よ、よう美奈。どうかしたか?」
「今日……一緒に帰ろうかなって」
「ま、いいけどよ……」

 交際初日のぎこちない空気。今まで普通に友達として接していたのに、恋人関係になったと意識した途端、互いにいつもの調子で話せなくなる。しかも付き合うことになった経緯が脱衣ゲームというのが、尚更に二人を気まずくさせた。


 一方その頃、校門では悠里が一人孝弘を待っていた。

「島本さん、ごめん、待たせちゃって」

 制服を着た孝弘が、慌てて走ってきた。

「ううん、全然待ってないよ」

 悠里はそう答えたが、手芸部の活動時間は野球部より早く終わるので実は結構な時間を待っていたりする。
 合流したところで、二人は並んで歩き出す。

「嬉しいなぁ……夢みたい。佐藤君とこうして一緒に帰れるなんて」
「お、俺も嬉しいよ」

 甘酸っぱい空気。そんな中、頬を染めてとろけそうな笑顔の悠里を見た孝弘は、不意に悠里の裸体を思い出してしまった。

(俺ホントに見ちゃったんだよな、島本さんの裸)

 妄想なら散々してきた。だけどいざ実際にそれを見て、その上で恋人関係にまでなってしまったという現実。
 自称キューピッドによって行われた脱衣ゲームという非現実的な出来事も相まって、もしかして自分は夢を見ているのではないかとさえ思った。

(手を繋ぐのは、まだ早いだろうか)

 悠里の手を取ろうとしたものの、脱衣ゲームで見せた男らしさはどこへ消えたか、不意にヘタレが発動して手が引っ込む。


 そんな孝弘と悠里の後ろを、つけていく者が一人いた。

「あっ、処女と童貞の初々しいカップル発見」

 悪戯そうな表情で人差し指を唇に当て、少女はそう呟く。
 見た目は小学校高学年から中学生ほど。ミルクチョコのような褐色の肌とルビーのような赤い瞳をしており、赤い髪を結った細いツインテールは臍の辺りまでの長さ。八重歯がチャームポイントで、ぱっちりした目の美少女である。
 その服装は肌の露出が非常に多かった。上半身は黒の三角ビキニ。かすかに膨らんだ胸を薄布一枚で隠す姿はどことなく犯罪的。下半身は非常に丈の短い黒のスカート。上はローライズできわどい所まで鼠蹊部を見せており、下からは普通に立った状態でも白の下着が若干見えている。下腹部にはルシファーが生徒に刻んだものとはまた別の紋章が小さく描かれていた。
 そして背中側には、彼女が人間でないことを示す黒い羽と尾。ルシファーの羽がカラスのような羽であるのに対し、こちらはコウモリのような羽である。細長い尻尾は気まぐれに動いている。

「彼女には悪いけど、あの彼の童貞、ボクが頂いちゃおっかなー」

 そのサキュバスの少女は、背中の羽を羽ばたかせ飛行しながら孝弘へと迫る。
 彼女の姿は二人には見えず、声も動作の音も聞こえていない。全く気付かれることなく接近した少女は、孝弘に向かって手をかざした。
 と、その時、孝弘の背後にルシファーの紋章がバリアのように現れ、サキュバスの少女を弾いた。

「ぎゃん!」

 少女は悲鳴を上げるも、その声は孝弘と悠里には聞こえない。

「今の紋章は……」



 生徒達の帰宅を見送った黒羽は、理科室で一人、今日のことを手帳に書き込んでいた。

「せーんせっ!」

 背後から聞こえる、聞き覚えのある声。黒羽は振り向いた。

「ルシファーせんせっ!」
「リリム」

 理科室の窓をすり抜けて進入してきたのは、先程孝弘を狙っていたサキュバスの少女。

「久しぶりだねー先生。噂には聞いてたけど、キューピッド活動やってるって本当だったんだ」
「まあな」

 ルシファーは黒羽崇の姿のまま、口調だけ変えて話す。

「でも先生の魂胆はわかってるよー。自分で作ったカップル、後々寝取るつもりなんでしょ」

 リリムはルシファーの机に腰を下ろし、スカートから覗かせる自分の下着が丁度ルシファーの視界に入るように足を組む。

「馬鹿言え。俺はもうインキュバスはやめたんだ。今の俺は愛の天使、キューピッドのルシファーだ」
「“寝取りのルシファー”が何言ってんの? 淫魔の紋章まで刻んどいて。しかもご丁寧に男の方にまで」
「淫魔の紋章を刻まれた人間に、他の淫魔は手出しできない。俺の結んだカップルが永遠に幸せであるために、お前のような輩から守ってくれる天使の加護だよ」

 ルシファーの話を聞いていたリリムは、信じられないとばかりの表情。

「それに俺は淫魔時代からずっと未成年は性の対象外だ。女を抱くのが目的なら高校なんか狙わない。なあリリム、お前もサキュバスなんかやめちまえ。人を幸せにするのはいいぞ」
「……意味わかんない」

 リリムは不機嫌そうに言う。

「もう知らない! 先生のバカ!」
「ああ、もう俺の生徒に手を出すなよ」

 捨て台詞を吐いて去ってゆくリリムに、ルシファーはそう釘を刺した。


 この物語は、過去に罪を犯した一人の男が愛を知って光に堕ち、贖罪のため人々に尽くす物語である。
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