青井くんはプールの底

江乃香

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 例年より早く切り上げられたプールの授業は、二週間前の事故が原因だった。
──青井あおいくんの水難事故。
 授業中だったにも関わらず青井くんの体は浮かび上がらず、警察を含めた複数人での捜索も無駄に終わった。

 一時期は誰もが悲しみに暮れた。
 しかしあの事故から二週間が経った今、誰一人として青井くんの名前を口にしなくなった。まるで青井くんの存在が記憶の外に投げ出されてしまったように。
「……あおい!」
 机に突っ伏していると、明るく溌剌とした声が頭上から降ってきた。顔を上げるとそこには友人の渚沙なぎさの姿があった。渚沙は歯を見せてにこりと笑うと、長いポニーテールを揺らした。
「次の授業移動教室だよ。行こ?」
「……そっか。私エマちゃんにご飯あげて行くから先に行ってて」
「分かった! 今日席替えっぽいから早く来なねー!」
「はーい」
 無理矢理に口角を上げ、渚沙の背中を見送る。それから誰もいなくなった教室で一人ため息をついた。
 乱れた髪とシワのついたプリーツスカートを整えながら席から立ち上がると、私は教室の隅に置いてある水槽の方へ向かった。
 四十五センチほどの小型水槽の中で元気に泳ぐ和金型の金魚、ゴールデンコメット。長い尾びれを可憐に揺らしながら元気に遊泳する姿を見て、私は今日も安堵の息を吐く。
「こんな小さな箱の中じゃ、エマちゃんもいつか逃げ出したくなっちゃうよね」
 空っぽの教室で立ち尽くしながら、私は水槽の中をぼんやりと見つめていた。

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