舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第14章

第135話 not a star but the moon

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 今晩は珍しく星が見えた。たぶん、いつも見えているが、見ようとしないから見えない。ウッドデッキに立って頭を上に向けるだけで良いのに、普段はそんなことをしようと思わない。外に出ても星に意識が向くことは少ない。今日はたまたまそんな気分になったというだけだ。

「ねえ、あそこに何か光っているのがあるよ」

 月夜の隣に並んで立っていたルゥラが、空に向かって指をさす。

「星」月夜は応じる。「星を知らないの?」

「知っているよ」

「では、何のことを言っているの?」

「あの、大きいやつは何?」

「あれは月。月は知っている?」

「うーん、知ってはいるけど……。月と星って何が違うの?」

「人による捉え方が違う」月夜は説明した。「月も星には違いないけど、地球の傍にあって、地球の周りを回っていて、特別目立って見えるから、別の名前を与えた」

「誰が?」

「人が」

「どの人?」

「昔生きていた人の誰か」

「月夜という名前は、誰が考えたの?」

 ルゥラの唐突な質問に、月夜は少し驚いて彼女を見た。ルゥラは大きな瞳をくりくりさせて、首を傾げて月夜を見つめている。彼女のデフォルトの表情だった。

「……分からない」月夜は質問に答える。ただし、求められている情報を与えたのではない。

「月夜って、とってもいい名前だよね」また顔を上に向けて、ルゥラは言った。「月でもなく、夜でもなく、二つ合わさって一つなんだよね。そういうのって、なんだか素敵」

「ルゥラは、誰に名前を付けてもらったの?」

「え? ……うーん、誰だろう……。覚えてないなあ……」

「お母さんはいるの?」

「いるよ」

「今は、どこに?」

「分からない」

 自分と似ているなと月夜は思った。自分が存在しているということは、母親がいたということだ。それは間違いない。けれどそれが誰かは分からない。幼い頃の記憶も思い出せない。

「ルゥラって、いい名前かな?」ルゥラが尋ねてくる。

「いい、の基準がないから、私には分からない」月夜は答えた。「でも、音として気持ちがいいとは感じる」

「でも言いにくいんだよ、ルゥラって」

「今、言えたのでは?」

「百回くらい言おうとすると、大変なんだから」

「どんな言葉でも、百回言うのは大変だと思うけど」

 月夜の足もとで丸まっていたフィルが、突然起き上がってウッドデッキの柵に飛び乗った。

「そういえば、皿の数が減っているな」

 フィルの言葉を聞いて、ルゥラが大きな声を出した。

「ほんとだ!」
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