舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第14章

第134話 空即是色

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「別に何も苦労していない」そう言って、フィルは少し笑ったみたいだった。

「では、ご苦労様」

「疲れてなんかいないさ」

「お疲れ様」

「まあ。しかし、散歩が日課の俺からすれば、大したことではない」

「大変だった?」

「小夜にはそれしか方法がないからな」やがてフィルは口を開いた。「何か問題があるのか?」

 フィルは答えない。そのような反応を返されることは、ある程度予想していた。

「街を綺麗にする仕事」

「仕事? 何のことだ?」

 フィルは顔を上げずに応える。

「小夜に頼まれた仕事は、もう終わったの?」フィルの隣に腰を下ろして、月夜は尋ねた。

 リビングにあるソファの上でフィルが丸まっていた。彼は大抵丸まっている。今日も例外ではない。例外でなく丸まっているデーだ。デーは日にちの意味であって、方言ではない。

 なるほど、それは面白いと月夜は思った。絵を描く作業には、通常輪郭を描く作業と色を塗る作業のどちらも含まれている。その一部を取り出してルゥラは塗り絵と表現している。月夜にはない発想だった。自分にはない思いつきは見ていて面白い。

「そうだよ」

「ルゥラが?」

「買ったんじゃないよ。作ったんだ」

「いいよ」特に断る理由がなかったから、月夜は頷いた。「塗り絵はどこで買ってきたの?」

 塗り絵が得意というのはどういう意味だろう、と月夜は考える。塗り方にも色々な技法があるのだろうか。

「じゃあ、今度一緒にやろうよ。私ね、塗り絵得意なんだよ」

「知っている」

「最近ね、塗り絵に嵌まってるんだ。お母さん、塗り絵知ってる?」

「読書」月夜はお茶を飲む。「でも、勉強の中に読書は含まれる」

「今日も学校で勉強? それとも読書?」

「お母さんではない」コップを受け取って、月夜は言った。

「遅かったね、お母さん」ルゥラがお茶の入ったコップを渡してくる。

 洗面所で手を洗ってからリビングに向かう。向かう意味はなかった。そのまま階段を上って自室に向かうのが最も効率的だが、人間は効率だけを重視しない生き物だということは承知しているので、システム的な不具合だとは認められなかった。

 ルゥラの背後からフィルも姿を現した。今日は一緒だったみたいだ。たぶん、仲良しではないだろう。仲良しの定義とは何だろうか。定義の定義とは何だろう。意味の意味を考えるのと同じ感じだろうか。

「ただいま」

「おかえりなさい」ルゥラがリビングの向こうから姿を現す。

家に帰るとルゥラが待っている。舞っている場合も多々ある。
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