65 / 74
65.本音と本性
しおりを挟む
アルマン様は見るからに沈んだ顔をしていた。そして重い足取りでこちらにやって来ると、私の近くに椅子を寄せて座った。
「エマさん…どこか痛んだり、具合が悪かったりはしませんか?」
その声に力はなく、むしろアルマン様の方が私より具合が悪そうなぐらいだった。王太后陛下の暴挙にショックを受けているのだろうと私は推し量った。
「調子が良いとは言えません。麻酔を打たれた上に縛られていたので身体が痛みますし、雨の中を長い時間馬車に揺られていたせいか気分も優れません」
私は率直にそう言うと、病人のようなアルマン様を正面から見据えて続けた。ちょっと同情しそうになったが、ここで絆されてはいけない。
「…ですが、何よりも痛手を受けたのは心の方です。無理矢理言うことを聞かされ、尊厳を傷つけられました。私もあなた方と同じ、ひとりの人間なのですよ。あなた方の望みを叶えるための道具ではないのです。…今すぐ早馬を飛ばすなり何なりして王太后陛下に進言なさってください。何をなさったのか、ご自分で国王陛下にお申し出なさるようにと」
「いや、しかし…」
「言いにくいのは分かります。ですが、隠し通せることではない以上せめて御自らおっしゃらなければ。いくら私が大した身分でもないただの侍女でも、国王陛下は王太后陛下に厳しい罰をお与えになるかもしれませんよ。アンジェリッテさんは僻地の修道院に送られるかもしれません。私はそれも当然であり仕方ないと思いますが、忍びないとお思いなら私の言う通りになさった方がよろしいですよ」
そう言い放った私を、アルマン様は何とも言えない不思議な表情を浮かべて見ていた。驚嘆しているような、畏怖の念でも抱いているような。あるいはただ私のそっけなく不躾な物言いに引いているだけなのか。
「…あなたの言うことは、もちろん間違っていません。ですがエマさん、聞いてください」
暗く翳っていた青い目には、いつしか光が戻っていた。アルマン様は静かに立ち上がったかと思うと、私の足元に跪いた。一体何のつもりかと不審に思う私に、アルマン様は語りかけてきた。
「アンジェリッテを王女にするという願いは諦めます。こんなことになった以上、王太后陛下にも諦めていただくより他にありません。エマさん、その上であなたにお願いしたい。やはり私にはあなたが必要だ…あなたのような人は、他にいない。どうか私と結婚してください」
私は驚いた。何がどうなってそうなるのか。アルマン様はやはり変わったお方だ。
「お断りします、私の気持ちは変わっておりませんし、今後も変わりません。もうこの話はしないでくださいませ。跪くのもやめて、椅子におかけください」
「いいえ、私は諦めません」
「…それは、王太后陛下とアンジェリッテさんのためですか?私がアルマン様とこのまま結婚すれば王太后陛下のなさったことはうやむやになり、アンジェリッテさんも修道院行きを免れると目論んでいらっしゃるのでは?」
「それは…あくまで結果そうなるだろうというだけです。あなたへの愛は誓って真実ですし、あなたを全力で愛し、幸せにします。その前提の上でアンジェリッテを私たちの養女にし、公爵令嬢にしてやれたらと思うのです。王太后陛下のご希望には反しますが…」
「絶対に嫌です。…アルマン様は、なぜアンジェリッテさんにそこまで執着なさるのですか?」
「執着しているつもりはありません、ただこの上ないほど高貴な姫を守りたいだけですよ。あなたにもお分かりでしょう?王家の紫を持つ、王弟殿下のご落胤の尊さを」
「いいえ、分かりません。アンジェリッテさんなど私にとってはどうでも良いのです。王弟殿下の隠し子だろうが、紫の目をしていようが、私にとっては全く重要な存在ではありません」
「不敬なことを言うものではありません、エマさんらしくもない」
「いいえ、これが私の本心です。だって私が王族の皆様を敬っているのは、その御血が尊いからではありませんもの。脈々と受け継がれてきた血筋は確かに守るべき大切なものかもしれませんが、それよりも民を守り支える特別な存在であり続けていらっしゃることを私は尊敬しているのです。幼い頃から特殊な教育と厳しい制約を受け続け、遠慮のない注目を絶え間なく浴び続け、威厳と矜持を保ち続ける…。誰にでもできることではありません。十字架を担うこともなく贅沢三昧しているようなアンジェリッテさんに払う敬意など持ち合わせておりません」
アルマン様はショックを受けたようだったが、私は自分の言葉を止められなかった。怒りや悲しみやひどい疲れやストレスが私の神経を刺激し、興奮させ、理性のリミッターを外してしまったようだった。
「お母様と同じ紫の目を持つ、血筋の尊いアンジェリッテさんをそんなに大切にしたいなら、ご勝手にどうぞ。ただし私にも、他の誰にも、迷惑はかけないでくださいね。私には大切な人がいます、やりたいことも、やらなければいけないこともあります。どうでも良いことに構っていられるほど、私は暇じゃない。人の命は儚いし、人生は短い。明日には…いいえ、数秒後には死んでいるかもしれないんですよ、考えたことありますか?私の貴重な時間を奪うことは許しません、それが誰であっても!」
私は半ば叫ぶようにそう言い終えると、アルマン様に指図した。
「早く馬車を用意させてください、早く王宮に戻らなくては。こんな茶番はさっさと片づけましょう。ユリシーズの民が私を待っております。こんなことをしている時間はないのです。ほら、早く!」
私はパンと手を叩き、すっかり気圧された様子のアルマン様を焚きつけた。
「エマさん…どこか痛んだり、具合が悪かったりはしませんか?」
その声に力はなく、むしろアルマン様の方が私より具合が悪そうなぐらいだった。王太后陛下の暴挙にショックを受けているのだろうと私は推し量った。
「調子が良いとは言えません。麻酔を打たれた上に縛られていたので身体が痛みますし、雨の中を長い時間馬車に揺られていたせいか気分も優れません」
私は率直にそう言うと、病人のようなアルマン様を正面から見据えて続けた。ちょっと同情しそうになったが、ここで絆されてはいけない。
「…ですが、何よりも痛手を受けたのは心の方です。無理矢理言うことを聞かされ、尊厳を傷つけられました。私もあなた方と同じ、ひとりの人間なのですよ。あなた方の望みを叶えるための道具ではないのです。…今すぐ早馬を飛ばすなり何なりして王太后陛下に進言なさってください。何をなさったのか、ご自分で国王陛下にお申し出なさるようにと」
「いや、しかし…」
「言いにくいのは分かります。ですが、隠し通せることではない以上せめて御自らおっしゃらなければ。いくら私が大した身分でもないただの侍女でも、国王陛下は王太后陛下に厳しい罰をお与えになるかもしれませんよ。アンジェリッテさんは僻地の修道院に送られるかもしれません。私はそれも当然であり仕方ないと思いますが、忍びないとお思いなら私の言う通りになさった方がよろしいですよ」
そう言い放った私を、アルマン様は何とも言えない不思議な表情を浮かべて見ていた。驚嘆しているような、畏怖の念でも抱いているような。あるいはただ私のそっけなく不躾な物言いに引いているだけなのか。
「…あなたの言うことは、もちろん間違っていません。ですがエマさん、聞いてください」
暗く翳っていた青い目には、いつしか光が戻っていた。アルマン様は静かに立ち上がったかと思うと、私の足元に跪いた。一体何のつもりかと不審に思う私に、アルマン様は語りかけてきた。
「アンジェリッテを王女にするという願いは諦めます。こんなことになった以上、王太后陛下にも諦めていただくより他にありません。エマさん、その上であなたにお願いしたい。やはり私にはあなたが必要だ…あなたのような人は、他にいない。どうか私と結婚してください」
私は驚いた。何がどうなってそうなるのか。アルマン様はやはり変わったお方だ。
「お断りします、私の気持ちは変わっておりませんし、今後も変わりません。もうこの話はしないでくださいませ。跪くのもやめて、椅子におかけください」
「いいえ、私は諦めません」
「…それは、王太后陛下とアンジェリッテさんのためですか?私がアルマン様とこのまま結婚すれば王太后陛下のなさったことはうやむやになり、アンジェリッテさんも修道院行きを免れると目論んでいらっしゃるのでは?」
「それは…あくまで結果そうなるだろうというだけです。あなたへの愛は誓って真実ですし、あなたを全力で愛し、幸せにします。その前提の上でアンジェリッテを私たちの養女にし、公爵令嬢にしてやれたらと思うのです。王太后陛下のご希望には反しますが…」
「絶対に嫌です。…アルマン様は、なぜアンジェリッテさんにそこまで執着なさるのですか?」
「執着しているつもりはありません、ただこの上ないほど高貴な姫を守りたいだけですよ。あなたにもお分かりでしょう?王家の紫を持つ、王弟殿下のご落胤の尊さを」
「いいえ、分かりません。アンジェリッテさんなど私にとってはどうでも良いのです。王弟殿下の隠し子だろうが、紫の目をしていようが、私にとっては全く重要な存在ではありません」
「不敬なことを言うものではありません、エマさんらしくもない」
「いいえ、これが私の本心です。だって私が王族の皆様を敬っているのは、その御血が尊いからではありませんもの。脈々と受け継がれてきた血筋は確かに守るべき大切なものかもしれませんが、それよりも民を守り支える特別な存在であり続けていらっしゃることを私は尊敬しているのです。幼い頃から特殊な教育と厳しい制約を受け続け、遠慮のない注目を絶え間なく浴び続け、威厳と矜持を保ち続ける…。誰にでもできることではありません。十字架を担うこともなく贅沢三昧しているようなアンジェリッテさんに払う敬意など持ち合わせておりません」
アルマン様はショックを受けたようだったが、私は自分の言葉を止められなかった。怒りや悲しみやひどい疲れやストレスが私の神経を刺激し、興奮させ、理性のリミッターを外してしまったようだった。
「お母様と同じ紫の目を持つ、血筋の尊いアンジェリッテさんをそんなに大切にしたいなら、ご勝手にどうぞ。ただし私にも、他の誰にも、迷惑はかけないでくださいね。私には大切な人がいます、やりたいことも、やらなければいけないこともあります。どうでも良いことに構っていられるほど、私は暇じゃない。人の命は儚いし、人生は短い。明日には…いいえ、数秒後には死んでいるかもしれないんですよ、考えたことありますか?私の貴重な時間を奪うことは許しません、それが誰であっても!」
私は半ば叫ぶようにそう言い終えると、アルマン様に指図した。
「早く馬車を用意させてください、早く王宮に戻らなくては。こんな茶番はさっさと片づけましょう。ユリシーズの民が私を待っております。こんなことをしている時間はないのです。ほら、早く!」
私はパンと手を叩き、すっかり気圧された様子のアルマン様を焚きつけた。
430
あなたにおすすめの小説
夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。
MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。
記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。
旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。
屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。
旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。
記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ?
それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…?
小説家になろう様に掲載済みです。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
悪役令嬢?いま忙しいので後でやります
みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった!
しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢?
私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。
行動あるのみです!
棗
恋愛
※一部タイトル修正しました。
シェリ・オーンジュ公爵令嬢は、長年の婚約者レーヴが想いを寄せる名高い【聖女】と結ばれる為に身を引く決意をする。
自身の我儘のせいで好きでもない相手と婚約させられていたレーヴの為と思った行動。
これが実は勘違いだと、シェリは知らない。
悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜
みおな
恋愛
公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。
当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。
どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・
【完結済】破棄とか面倒じゃないですか、ですので婚約拒否でお願いします
紫
恋愛
水不足に喘ぐ貧困侯爵家の次女エリルシアは、父親からの手紙で王都に向かう。
王子の婚約者選定に関して、白羽の矢が立ったのだが、どうやらその王子には恋人がいる…らしい?
つまりエリルシアが悪役令嬢ポジなのか!?
そんな役どころなんて御免被りたいが、王サマからの提案が魅力的過ぎて、王宮滞在を了承してしまう。
報酬に目が眩んだエリルシアだが、無事王宮を脱出出来るのか。
王子サマと恋人(もしかしてヒロイン?)の未来はどうなるのか。
2025年10月06日、初HOTランキング入りです! 本当にありがとうございます!!(2位だなんて……いやいや、ありえないと言うか…本気で夢でも見ているのではないでしょーか……)
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる