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54.王家の紫
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「ああ、そのことなら直接聞いてくれたら良かったのに。初めから話すつもりではいたのですよ。でも、気を揉ませてしまいましたね…すみませんでした。辺境伯閣下にもご心配おかけしてしまい、申し訳ありません」
柔和な表情、落ち着いた声色。何でもないことのようにさらりと、それでいて慇懃に。アルマン様はいつも通りだった。薄気味悪くすら感じられるほどに。
「それは…どういうことですか?私に話すつもりだったって…私がどう思うとお考えだったのですか、あの娘のことを」
私はつっかえながらそう尋ねるのがやっとだった。カフカ公爵邸の応接間で、岩のように固い表情をしたおじさまの隣で、私はじっとアルマン様を見つめた。アルマン様が何故こんなに平然としていられるのか、私には信じられなかった。
探偵に報告を受けてすぐ、おじさまはアルマン様に面会を申し込んだ。今日はずっと屋敷にいるからいつでもどうぞとのことだったので、私たちはすぐにやって来たのだ。探偵は少しでも手がかりはないかと聞き込みを重ねており、屋敷に出入りしている業者数名から話を聞くことができたらしい。それはわずかで曖昧な情報だったが、私たちに恐怖を感じさせるには十分だった。
「どう思うか、ですか。驚かせてしまうかもしれないとは思いましたが、エマさんなら最終的には理解してくれるだろうと思っていましたよ。単純な話ではありませんから時機を見て話そうと思っていたのですが…良い機会と思うことにしましょう」
アルマン様はそう言うと、卓上にある金色のベルを鳴らした。すぐに執事がやって来て、アルマン様に何か言いつかるとまた出て行った。戻ってきた執事は、あの銀髪の娘を伴っていた。アルマン様が彼女の方を柔らかく手のひらで指し示して言った。
「アンジェリッテです。…ほら、ロチェスター辺境伯閣下とエマ・ユリシーズ伯爵令嬢にご挨拶を」
「…こんにちは」
アンジェリッテは小さな声でそう言うと、ドレスの裾をつまんで浅くお辞儀をした。ライラックの花を思わせるような淡い紫のドレスを着て、共布の大きなリボンを髪に結んでいた。すっきりとしたメイド姿の時より、令嬢風に装った姿の方が幼く見える。15歳ぐらい…いや、もっと若いかもしれない。
私はおじさまに続いて挨拶を返した。そして不躾とは思いながらも、この少女をまじまじと見ずにはいられなかった。近くで見れば見るほど、本当に綺麗な女の子だ。すらっとしていて色がとても白く、純銀から紡いだかのような髪がさらさらと背に流れている。
アルマン様に手招きされ、少女はさらに近づいて来た。
「君もかけなさい。初顔合わせだからね」
私はアンジェリッテと対面した時のことを言わなかった。公爵がご存じないなら、別に言う必要もないだろう。
アンジェリッテは何食わぬ顔でアルマン様の隣にすとんと座った。
(うわ…本当に、「王家の紫」だ)
淡く明るい、アメジストのように透き通った紫色の目。この目を見るまで、私は信じていなかった。この前見た時は真っ黒な目をしていたが、あれは眼球に入れる特殊なレンズのせいだったらしい。
やっと見出された宝、澄んだアメジストの瞳を持つ落胤。そんな話は眉唾が過ぎる。だが今、少なくとも王家の血が流れていることは明らかな目がこちらに向けられている。表情からは感情が読み取れなかったが、確かに私を見ていた。
何か言わなくてはいけないような気がして、私は二言、三言アンジェリッテに話しかけた。彼女はぼそぼそ言いながら自分の手をこねたり、アルマン様の顔をちらちらと見上げたりしていた。まるで幼児のようで奇妙だったが、貴族と話すことに慣れていないだけだとアルマン様は言った。
「この身体に流れる高貴な血に似つかわしくない場所におりましたので、ここに移して私が保護しています。まだここで暮らして3ヶ月ですから、言葉遣いや礼儀作法も勉強中でしてね…不調法はどうかお許しください。まだ13歳なので子供っぽいところもありますしね」
おじさまがゆっくりと重い口を開いた。
「それはそれは。メイドに擬態させてまで…ご苦労なことですね」
皮肉が込められていたはずだが、アルマン様には通じなかったようだ。
「そうなのですよ。早くこの子が堂々と暮らせるようにしてやりたいと思っています」
「でも、その子は本当に…?」
私はそこまで言いかけて、アンジェリッテに席を外させた方が良いと思った。真実を明らかにするためにも彼女の複雑な出自については尋ねなければいけないが、本人の前でそれを聞くのは無礼な気がした。特に年端も行かぬ娘だ、生々しい話を聞かせるのには抵抗がある。だが、アンジェリッテは私が何を聞こうとしたのか察したらしい。
彼女の心に湧き上がった焔を、私はその目を通して見た。
柔和な表情、落ち着いた声色。何でもないことのようにさらりと、それでいて慇懃に。アルマン様はいつも通りだった。薄気味悪くすら感じられるほどに。
「それは…どういうことですか?私に話すつもりだったって…私がどう思うとお考えだったのですか、あの娘のことを」
私はつっかえながらそう尋ねるのがやっとだった。カフカ公爵邸の応接間で、岩のように固い表情をしたおじさまの隣で、私はじっとアルマン様を見つめた。アルマン様が何故こんなに平然としていられるのか、私には信じられなかった。
探偵に報告を受けてすぐ、おじさまはアルマン様に面会を申し込んだ。今日はずっと屋敷にいるからいつでもどうぞとのことだったので、私たちはすぐにやって来たのだ。探偵は少しでも手がかりはないかと聞き込みを重ねており、屋敷に出入りしている業者数名から話を聞くことができたらしい。それはわずかで曖昧な情報だったが、私たちに恐怖を感じさせるには十分だった。
「どう思うか、ですか。驚かせてしまうかもしれないとは思いましたが、エマさんなら最終的には理解してくれるだろうと思っていましたよ。単純な話ではありませんから時機を見て話そうと思っていたのですが…良い機会と思うことにしましょう」
アルマン様はそう言うと、卓上にある金色のベルを鳴らした。すぐに執事がやって来て、アルマン様に何か言いつかるとまた出て行った。戻ってきた執事は、あの銀髪の娘を伴っていた。アルマン様が彼女の方を柔らかく手のひらで指し示して言った。
「アンジェリッテです。…ほら、ロチェスター辺境伯閣下とエマ・ユリシーズ伯爵令嬢にご挨拶を」
「…こんにちは」
アンジェリッテは小さな声でそう言うと、ドレスの裾をつまんで浅くお辞儀をした。ライラックの花を思わせるような淡い紫のドレスを着て、共布の大きなリボンを髪に結んでいた。すっきりとしたメイド姿の時より、令嬢風に装った姿の方が幼く見える。15歳ぐらい…いや、もっと若いかもしれない。
私はおじさまに続いて挨拶を返した。そして不躾とは思いながらも、この少女をまじまじと見ずにはいられなかった。近くで見れば見るほど、本当に綺麗な女の子だ。すらっとしていて色がとても白く、純銀から紡いだかのような髪がさらさらと背に流れている。
アルマン様に手招きされ、少女はさらに近づいて来た。
「君もかけなさい。初顔合わせだからね」
私はアンジェリッテと対面した時のことを言わなかった。公爵がご存じないなら、別に言う必要もないだろう。
アンジェリッテは何食わぬ顔でアルマン様の隣にすとんと座った。
(うわ…本当に、「王家の紫」だ)
淡く明るい、アメジストのように透き通った紫色の目。この目を見るまで、私は信じていなかった。この前見た時は真っ黒な目をしていたが、あれは眼球に入れる特殊なレンズのせいだったらしい。
やっと見出された宝、澄んだアメジストの瞳を持つ落胤。そんな話は眉唾が過ぎる。だが今、少なくとも王家の血が流れていることは明らかな目がこちらに向けられている。表情からは感情が読み取れなかったが、確かに私を見ていた。
何か言わなくてはいけないような気がして、私は二言、三言アンジェリッテに話しかけた。彼女はぼそぼそ言いながら自分の手をこねたり、アルマン様の顔をちらちらと見上げたりしていた。まるで幼児のようで奇妙だったが、貴族と話すことに慣れていないだけだとアルマン様は言った。
「この身体に流れる高貴な血に似つかわしくない場所におりましたので、ここに移して私が保護しています。まだここで暮らして3ヶ月ですから、言葉遣いや礼儀作法も勉強中でしてね…不調法はどうかお許しください。まだ13歳なので子供っぽいところもありますしね」
おじさまがゆっくりと重い口を開いた。
「それはそれは。メイドに擬態させてまで…ご苦労なことですね」
皮肉が込められていたはずだが、アルマン様には通じなかったようだ。
「そうなのですよ。早くこの子が堂々と暮らせるようにしてやりたいと思っています」
「でも、その子は本当に…?」
私はそこまで言いかけて、アンジェリッテに席を外させた方が良いと思った。真実を明らかにするためにも彼女の複雑な出自については尋ねなければいけないが、本人の前でそれを聞くのは無礼な気がした。特に年端も行かぬ娘だ、生々しい話を聞かせるのには抵抗がある。だが、アンジェリッテは私が何を聞こうとしたのか察したらしい。
彼女の心に湧き上がった焔を、私はその目を通して見た。
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