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53.白銀髪の娘
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私とおじさまは王宮を出ると、そのまま城下町へと向かった。馬車は石畳の道をゆっくり走り、五番街と呼ばれる通りを進んでいく。ここは歴史的な商店街であり、競い合うように有名店が立ち並んでいる。非常にリッチな場所なので、私は普段ほとんど来ることがない。
馬車は通りの中心あたりで停まった。王都でも有名な高級レストランの前だった。
「ここで食事をしよう。前からエマと来たいと思っていたんだ」
「でも、こんな…その、素敵な所で?」
特別な日でもないのに良いのだろうか。
「もちろん、せっかくの君とのお出かけだからね。ふたりとも謁見のためにきちんとした格好をして来たから、ドレスコードもちょうど良い」
おじさまはそう言うと腕を差し出してくれ、私は自然にエスコートされて店内に入った。店内に入ると、壮麗な内装を明るすぎない落ち着いた照明が奥ゆかしく照らしていた。
広いテーブルに通され、料理が来るのを待っている間に私はおじさまに気になったことを聞いてみた。
「そういえば、帰り際に国王陛下と王妃殿下がテオドールのことをお尋ねでしたね」
テオドールは全然王都に来ないのに、おふたりがとても親し気な口調だったので私は不思議に思ったのだ。
「ああ、12、3歳頃までは毎年王都にはテオドールも連れて来ていたからね。おふたりはテオドールの物怖じしないところをお気に召したようで、とても可愛がってくださっていたんだよ。ご無沙汰している今でも気にかけてくださっていてね。特に王妃殿下にとっては、親しかったリアの忘れ形見だからね」
私はそういうことかと頷いた。そしておじさまの方は何か閃いたようだった。
「エマを養女にしていない理由はテオドールの妻にと期待していたからだと正直に話せば、王妃殿下は私に向ける棘を少しは収めてくださるだろうか。ああ、でもそうすると今度はテオドールを呼び寄せて君たちをどうにかしてくっつけようとなさるんだろうな。それも大変そうだね」
行動力のある王妃様ならやりそうである。想像して、私は笑った。
「私はそうしていただいても構いませんが…テオドールは嫌がりますね」
飲み物や前菜が順に運ばれてきたので私たちは短く食前の祈りを捧げ、炭酸水で乾杯をして食べ始めた。
見た目も美しいゼリー寄せやテリーヌ、スープやクルートが小ぶりな器に盛られて並べられていく。どれも丁寧につくられたことが分かる繊細な舌触りや味わいで、私は驚いたり感嘆したりしながら食べ進めていった。おじさまはそんな私を見るのが楽しいようで、優しい眼差しを向けてくれる。私に愛情を与えてくれるおじさまのことをお父さまと呼べたらいいのに、そんな風に私は思った。
メインの魚料理を食べている時に、料理長と思われるコックコートを着た男性が近づいてきて、私たちふたりに丁重に挨拶をしてくれた。お食事を楽しんでいただけているかと尋ねられたので、どれもとても美味しくて感動していますと伝えたら本当に嬉しそうに笑ってくれ、今日のメニューについて色々教えてくれた。きっと料理の仕事が心から好きで、誇りに思っているのだろう。その姿を見ていると、私は何だか嬉しくなった。
きっとどんな仕事でも、働くというのは大変なことだ。慣れないうちはうまくいかないことに焦ったり落ち込んだりするし、一人前になったら今度はより多くのことや高度なことを要求されて大変な思いをする。種類や内容こそ変われど悩みは尽きず、時には疲労や煩わしさから解放されたくて辞めたいとも思う。それでも好きな仕事なら、不思議とまた頑張れるのだ。仕事が好きだという気持ちが生み出す活力と、好きな仕事で認められるというやり甲斐が折れそうな時でも支えてくれる。少なくとも私はそんな風にしてなんとかやってきた。
私は自分の仕事が好きだし、まだ働いていたいと思う。さらに上を目指せるというなら尚更だ。主席侍女として働けたらどんなに素敵だろう。絶対的な信頼の証であるその役割を担う経験は、私の宝になるだろう。それでも、仕事を続けることが正しい選択なのか分からない。私個人の夢である結婚や出産はとりあえず置いておくにせよ、故郷の民のことが頭に浮かんで離れないのだ。
そんなことを考えながらデザートをいただいていると、ボーイらしき若い男がやって来て小声でおじさまに何か告げた。おじさまは頷き、ここへ来てもらうようにと言った。少しして現れたのは、おじさまが雇っているという探偵だった。
「おそらくここだろうと執事殿に聞きまして。お邪魔をしては悪いとも思ったのですが、お急ぎとおっしゃってましたので」
「ああ、ありがとう。それで、どうだった?」
探偵は私を、次におじさまを見て、お嬢様にもお聞かせして良いのかと聞いた。
「もちろん。エマは全てを知りたいと思っているし、知る権利がある」
そして私とおじさまは探偵からの報告を受けた。話を聞いて私は思わず手で口を覆い、おじさまは眉を顰めて唸った。白銀の髪をしたあのメイドは、やはり普通のメイドではなかった。しかしアルマン様の愛人でもなかった。
そうであってくれた方が、まだマシだったのだが。
馬車は通りの中心あたりで停まった。王都でも有名な高級レストランの前だった。
「ここで食事をしよう。前からエマと来たいと思っていたんだ」
「でも、こんな…その、素敵な所で?」
特別な日でもないのに良いのだろうか。
「もちろん、せっかくの君とのお出かけだからね。ふたりとも謁見のためにきちんとした格好をして来たから、ドレスコードもちょうど良い」
おじさまはそう言うと腕を差し出してくれ、私は自然にエスコートされて店内に入った。店内に入ると、壮麗な内装を明るすぎない落ち着いた照明が奥ゆかしく照らしていた。
広いテーブルに通され、料理が来るのを待っている間に私はおじさまに気になったことを聞いてみた。
「そういえば、帰り際に国王陛下と王妃殿下がテオドールのことをお尋ねでしたね」
テオドールは全然王都に来ないのに、おふたりがとても親し気な口調だったので私は不思議に思ったのだ。
「ああ、12、3歳頃までは毎年王都にはテオドールも連れて来ていたからね。おふたりはテオドールの物怖じしないところをお気に召したようで、とても可愛がってくださっていたんだよ。ご無沙汰している今でも気にかけてくださっていてね。特に王妃殿下にとっては、親しかったリアの忘れ形見だからね」
私はそういうことかと頷いた。そしておじさまの方は何か閃いたようだった。
「エマを養女にしていない理由はテオドールの妻にと期待していたからだと正直に話せば、王妃殿下は私に向ける棘を少しは収めてくださるだろうか。ああ、でもそうすると今度はテオドールを呼び寄せて君たちをどうにかしてくっつけようとなさるんだろうな。それも大変そうだね」
行動力のある王妃様ならやりそうである。想像して、私は笑った。
「私はそうしていただいても構いませんが…テオドールは嫌がりますね」
飲み物や前菜が順に運ばれてきたので私たちは短く食前の祈りを捧げ、炭酸水で乾杯をして食べ始めた。
見た目も美しいゼリー寄せやテリーヌ、スープやクルートが小ぶりな器に盛られて並べられていく。どれも丁寧につくられたことが分かる繊細な舌触りや味わいで、私は驚いたり感嘆したりしながら食べ進めていった。おじさまはそんな私を見るのが楽しいようで、優しい眼差しを向けてくれる。私に愛情を与えてくれるおじさまのことをお父さまと呼べたらいいのに、そんな風に私は思った。
メインの魚料理を食べている時に、料理長と思われるコックコートを着た男性が近づいてきて、私たちふたりに丁重に挨拶をしてくれた。お食事を楽しんでいただけているかと尋ねられたので、どれもとても美味しくて感動していますと伝えたら本当に嬉しそうに笑ってくれ、今日のメニューについて色々教えてくれた。きっと料理の仕事が心から好きで、誇りに思っているのだろう。その姿を見ていると、私は何だか嬉しくなった。
きっとどんな仕事でも、働くというのは大変なことだ。慣れないうちはうまくいかないことに焦ったり落ち込んだりするし、一人前になったら今度はより多くのことや高度なことを要求されて大変な思いをする。種類や内容こそ変われど悩みは尽きず、時には疲労や煩わしさから解放されたくて辞めたいとも思う。それでも好きな仕事なら、不思議とまた頑張れるのだ。仕事が好きだという気持ちが生み出す活力と、好きな仕事で認められるというやり甲斐が折れそうな時でも支えてくれる。少なくとも私はそんな風にしてなんとかやってきた。
私は自分の仕事が好きだし、まだ働いていたいと思う。さらに上を目指せるというなら尚更だ。主席侍女として働けたらどんなに素敵だろう。絶対的な信頼の証であるその役割を担う経験は、私の宝になるだろう。それでも、仕事を続けることが正しい選択なのか分からない。私個人の夢である結婚や出産はとりあえず置いておくにせよ、故郷の民のことが頭に浮かんで離れないのだ。
そんなことを考えながらデザートをいただいていると、ボーイらしき若い男がやって来て小声でおじさまに何か告げた。おじさまは頷き、ここへ来てもらうようにと言った。少しして現れたのは、おじさまが雇っているという探偵だった。
「おそらくここだろうと執事殿に聞きまして。お邪魔をしては悪いとも思ったのですが、お急ぎとおっしゃってましたので」
「ああ、ありがとう。それで、どうだった?」
探偵は私を、次におじさまを見て、お嬢様にもお聞かせして良いのかと聞いた。
「もちろん。エマは全てを知りたいと思っているし、知る権利がある」
そして私とおじさまは探偵からの報告を受けた。話を聞いて私は思わず手で口を覆い、おじさまは眉を顰めて唸った。白銀の髪をしたあのメイドは、やはり普通のメイドではなかった。しかしアルマン様の愛人でもなかった。
そうであってくれた方が、まだマシだったのだが。
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