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51.未来とは今である
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「ところで、ユリシーズ伯爵領は今後どうなるのでしょうか?」
「監査団の報告を聞いた上で国王陛下がお決めになることだから、まだ分からないが…改善の余地無しと判断されれば、まずはユリシーズ伯爵に領地の返還と爵位の返上が求められるだろうね」
予想していた通りの返答ではあったが、改めてユリシーズ家にとっては本当に危機的状況なのだと私は実感した。国内における全ての土地は元々すべて王家に属しているから、ユリシーズ家が適切に運営できないとなると王家に召し上げられることになる。領地を運営できないような領主は用無しということで、爵位も剥奪されてしまうのだ。
「やっぱりそうですよね…。こうなる前に注意なり警告なりを受けてきたんでしょうに、どうにもならなかったのでしょうか。今更言っても詮無いことですけれど」
「まあ、そう言いたくなる気持ちも分かるよ。君の言う通り、納税額が減少し始めてからは何度も役人が遣わされている。北部連合組合が民からの訴えを受けて貧民への救済措置などもとっているし、ユリシーズたちのことも助けようとしたんだ。それでも本人たちがあんな風だから匙を投げるしかなかったのだろうね」
何だかもう、ため息すら出ない。
「…領地が王家に返還されたとして、そのまま王家の直轄領となるわけではないですよね?」
「そうだね、しかるべき貴族が代わりに治めるだろう。例えば隣接しているガンザー伯爵領に統合されるとかね。あちらの伯爵は有能だし、旧ユリシーズ領の隅っこに平民になった元領主一家を住まわせてやるぐらいの度量の広さもあるからね」
ガンザー伯爵というのは数年前に退役した元軍人の男性で、「隻腕のガンザー」の名で平民からも慕われる四十がらみの偉丈夫である。上背は2メートルに迫り、筋肉隆々で、義理堅く礼儀に厳しいことでも知られている。
だいたい季節ごとに王都にやって来るのだが、伯爵の侍従や宮廷の小姓が彼に叱られて軍隊式の腕立て伏せやスクワットの罰を受けている姿が王宮の中庭や城下へと続く坂道などで見られると、四季の移り変わりを感じると言う人もいる。
ちなみにガンザー伯爵には切ない恋物語が好きという一面もあり、王妃様の文学サロンの常連で私とも親交がある。人魚姫のオマージュ作品(と呼んで良いのか分からないが、私はそう思うことにしている)である「ケンタウロス姫」という話を披露したことがあるのだが、伯爵がその話をいたく気に入ってくださったのがきっかけだ。
弓の名手であるケンタウロス姫が恋した狩人の心臓を射貫かずに自ら死を選び、風になって消える場面では感動して涙ぐんでいたピュアハートの持ち主ガンザー伯爵は、広い王宮内の遠目からでも私を見かけるとすぐに来て声をかけてくれる。
ちなみにこの話は第一王女リリー様を始めとした名だたる方々のお気に入りでもあるので、異世界でも人気を博す巨匠アンデルセンの凄さを思い知らされる。人魚という存在はこの世界の人にとって馴染みがないためかなり改変してしまったが、名作は界渡りしても人々の心を打つという証明だろう。
話が逸れたが、おじさまの言うとおりガンザー伯爵は領主としても優秀だと聞くし、民を悪いようにはしないだろう。しかし丸投げは気が引ける。実家には全く思い入れの無い私でも土地と民には愛着があったし、肉親がしでかしたことに対して責任も感じていた。
領地経営に関してずぶの素人である私がユリシーズ伯爵領を自分の手で守れる自信は全くないが、何かしたい。おじさまにそう伝えると、おじさまは少し難しい顔をした。
「君が本気でそう思うなら私も支援するが…険しい道になるだろう。ここまで傾いた状態から立て直すためには、まずは君が爵位を継いで女伯爵にならなければいけない。代理や補佐でなく、正当な当主として領地を治めるんだ。そうでなければ思い切った改革は出来ない。ユリシーズの連中に余計な口出しや手出しを一切させないためにも、全ての権利を君が握る必要があるんだ。同時に大きな責任が伴うし、君の将来も制約を受けることになる。だから、よく考えてほしい」
正直なところ、私は怯んだ。おじさまの言うことは至極真っ当だし納得できる話だが、自分が当主になるなんて考えたこともなかったのだ。若輩者で女の私が伯爵位を継ぐというのは並大抵のことではないし、私が想像していた未来とはかけ離れた人生を生きることになる。
「…はい、じっくり考えてみます」
「聞きたいことがあれば何でも聞いてくれたら良いし、いつでも相談にのるよ。…もし君が当主になるならユリシーズの連中を完全に追い出さなくてはいけないな。それが一番難航するかもしれない。お荷物どころか悪性腫瘍だからね、受け入れてくれるところはそうそう見つからないだろうが…娘を守るためだ、その時は私が何とかしよう。国王陛下がどういう意向でいらっしゃるのか気になるから、とりあえず明日にでもユリシーズ突撃の件を奏上するよ」
私は頷いた。遠くで教会の鐘が鳴るのが聞こえる。今日はやけに過ぎ去るのが早く感じる時間だが、いつだって皆に平等に進んでいる。そして遠く感じる未来は、実はきっとすぐそこにあるのだ。未来を形成するのは現在なのだから。
すこぶるカオスな私の「今」をこねくり回して、一体全体どんな未来が出来上がるのだろう。私には想像もつかなかった。
「監査団の報告を聞いた上で国王陛下がお決めになることだから、まだ分からないが…改善の余地無しと判断されれば、まずはユリシーズ伯爵に領地の返還と爵位の返上が求められるだろうね」
予想していた通りの返答ではあったが、改めてユリシーズ家にとっては本当に危機的状況なのだと私は実感した。国内における全ての土地は元々すべて王家に属しているから、ユリシーズ家が適切に運営できないとなると王家に召し上げられることになる。領地を運営できないような領主は用無しということで、爵位も剥奪されてしまうのだ。
「やっぱりそうですよね…。こうなる前に注意なり警告なりを受けてきたんでしょうに、どうにもならなかったのでしょうか。今更言っても詮無いことですけれど」
「まあ、そう言いたくなる気持ちも分かるよ。君の言う通り、納税額が減少し始めてからは何度も役人が遣わされている。北部連合組合が民からの訴えを受けて貧民への救済措置などもとっているし、ユリシーズたちのことも助けようとしたんだ。それでも本人たちがあんな風だから匙を投げるしかなかったのだろうね」
何だかもう、ため息すら出ない。
「…領地が王家に返還されたとして、そのまま王家の直轄領となるわけではないですよね?」
「そうだね、しかるべき貴族が代わりに治めるだろう。例えば隣接しているガンザー伯爵領に統合されるとかね。あちらの伯爵は有能だし、旧ユリシーズ領の隅っこに平民になった元領主一家を住まわせてやるぐらいの度量の広さもあるからね」
ガンザー伯爵というのは数年前に退役した元軍人の男性で、「隻腕のガンザー」の名で平民からも慕われる四十がらみの偉丈夫である。上背は2メートルに迫り、筋肉隆々で、義理堅く礼儀に厳しいことでも知られている。
だいたい季節ごとに王都にやって来るのだが、伯爵の侍従や宮廷の小姓が彼に叱られて軍隊式の腕立て伏せやスクワットの罰を受けている姿が王宮の中庭や城下へと続く坂道などで見られると、四季の移り変わりを感じると言う人もいる。
ちなみにガンザー伯爵には切ない恋物語が好きという一面もあり、王妃様の文学サロンの常連で私とも親交がある。人魚姫のオマージュ作品(と呼んで良いのか分からないが、私はそう思うことにしている)である「ケンタウロス姫」という話を披露したことがあるのだが、伯爵がその話をいたく気に入ってくださったのがきっかけだ。
弓の名手であるケンタウロス姫が恋した狩人の心臓を射貫かずに自ら死を選び、風になって消える場面では感動して涙ぐんでいたピュアハートの持ち主ガンザー伯爵は、広い王宮内の遠目からでも私を見かけるとすぐに来て声をかけてくれる。
ちなみにこの話は第一王女リリー様を始めとした名だたる方々のお気に入りでもあるので、異世界でも人気を博す巨匠アンデルセンの凄さを思い知らされる。人魚という存在はこの世界の人にとって馴染みがないためかなり改変してしまったが、名作は界渡りしても人々の心を打つという証明だろう。
話が逸れたが、おじさまの言うとおりガンザー伯爵は領主としても優秀だと聞くし、民を悪いようにはしないだろう。しかし丸投げは気が引ける。実家には全く思い入れの無い私でも土地と民には愛着があったし、肉親がしでかしたことに対して責任も感じていた。
領地経営に関してずぶの素人である私がユリシーズ伯爵領を自分の手で守れる自信は全くないが、何かしたい。おじさまにそう伝えると、おじさまは少し難しい顔をした。
「君が本気でそう思うなら私も支援するが…険しい道になるだろう。ここまで傾いた状態から立て直すためには、まずは君が爵位を継いで女伯爵にならなければいけない。代理や補佐でなく、正当な当主として領地を治めるんだ。そうでなければ思い切った改革は出来ない。ユリシーズの連中に余計な口出しや手出しを一切させないためにも、全ての権利を君が握る必要があるんだ。同時に大きな責任が伴うし、君の将来も制約を受けることになる。だから、よく考えてほしい」
正直なところ、私は怯んだ。おじさまの言うことは至極真っ当だし納得できる話だが、自分が当主になるなんて考えたこともなかったのだ。若輩者で女の私が伯爵位を継ぐというのは並大抵のことではないし、私が想像していた未来とはかけ離れた人生を生きることになる。
「…はい、じっくり考えてみます」
「聞きたいことがあれば何でも聞いてくれたら良いし、いつでも相談にのるよ。…もし君が当主になるならユリシーズの連中を完全に追い出さなくてはいけないな。それが一番難航するかもしれない。お荷物どころか悪性腫瘍だからね、受け入れてくれるところはそうそう見つからないだろうが…娘を守るためだ、その時は私が何とかしよう。国王陛下がどういう意向でいらっしゃるのか気になるから、とりあえず明日にでもユリシーズ突撃の件を奏上するよ」
私は頷いた。遠くで教会の鐘が鳴るのが聞こえる。今日はやけに過ぎ去るのが早く感じる時間だが、いつだって皆に平等に進んでいる。そして遠く感じる未来は、実はきっとすぐそこにあるのだ。未来を形成するのは現在なのだから。
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