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50.愛する人には惜しみない愛を
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両親が帰るとすぐ、おじさまは私を連れて応接間から居間へと移った。そして私を肘掛け椅子に座らせ、メイドを呼びんで紅茶を淹れてくれるよう頼んだ。
「そうだ、クランペットも少し用意してもらっていいかな?友人にジャムをいただいてね」
おじさまはそう言うと、袋からシンディーお手製のジャムを取り出した。
「呼んでもいない客の相手で疲れたね。甘いものでも食べてゆっくりしよう」
おじさまの言葉に、私は頷いた。時計を見ると4時15分だった。ランドルたちにさよならを言ってからまだ2時間しか経っていないことに私は驚いた。こんなに短時間でここまで疲弊することはなかなか無い。
私とおじさまは程なくして運ばれてきたクランペットにシンディーからもらったジャムをたっぷりのせて、熱い紅茶と一緒にいただいた。
「ブラックベリーか、嬉しいな。私の好物だ」
「そうなのですか、知らなかったです」
「うん、前世から好きなんだ」
おじさまは普段あまり前世の話をしないのだが、子どもの頃に毎年ベリー摘みやジャムづくりをしていた話を聞かせてくれた。両親の話で暗い気分になっている私の気を紛らわせるためだろう。前世のおじさまはのどかなルイジアナの田舎町に暮らしていたそうだ。時期が来るとお母さんやお兄さんたちと色々な種類のベリーを採り、ジャムをたくさんつくってご近所に配るのが恒例だったらしい。
「私たち一家はとても近所の人に助けられていたから、母はせめてものお返しにとしょっちゅうお裾分けをしていたよ。我が家の父親は生活費を入れるどころか、母や子どもたちを殴っては金を奪っていくようなろくでなしでね。私が生まれた頃には全然家には帰って来なくなっていた。だからそれなりに大変だったし貧しかったが、周りのおかげで明るく暮らせていた」
おじさまが弱い立場の人々に優しく、民のことを深く考えているのはその経験があるからなのだろう。おじさまこそ領主の名にふさわしい人だ。権力を振りかざすことも驕り高ぶることもなく、自分のために民を苦しめることなど決してしない。民の幸せがあってこそ豊かな領地が存在し得ると考えているのだ。だからこそ国王陛下から頼りにされ、貴族たちからも尊敬され、民からも慕われている。
私のことを昔からずっと気にかけて色々良くしてくれたのも、おじさまが前世で父親のせいで苦労したり近所の人に助けられたりした記憶があるからなのかもしれない。きっと放って置けなかったのではないだろうか。私はおじさまの話を聞きながらそんな風に思った。
シンディーの言った通りジャムは甘さ控えめで、ベリーの爽やかな酸味が生きていて美味しかった。小さい頃に生のブラックベリーを食べたときには種の食感が気になって苦手だったのだが、今はむしろそのカリカリとした歯触りが楽しかった。ふわふわもちもちのクランペットと良い香りの紅茶がジャムの味をさらに引き立てる。
「私、こうして美味しいものを食べるのが何よりの気分転換になります」
「分かるよ、私もそうだ」
おじさまはにっこりしてそう言い、美しい仕草で紅茶を飲んだ。それにしても、私はおじさまのことをあまり知らないのかもしれない。これからおじさまの好物をたくさん知って親孝行をしていきたい。私にとって親と思えるのはおじさまだけだし、今後何があろうとそれは変わらないだろう。
実の両親が暮らしに困ろうが路頭に迷おうがどうでもいいと思ってしまう私は、薄情なのだろう。でも多分それは向こうも同じなのだ。自分たちが困らない限り私のことは必要ではなく、思い出しもしない。だからそれぞれ、自分の愛する人たちを大切にして生きていけば良い。私にとってそれはおじさまであり、親しい友人たちであり、私を大事にしてくれる王宮の方々だ。そして、今は遠く離れている私の「特別」。強靱な肉体と精神、そして優しく繊細な心を持った愛しい人。
(会いたいなあ…)
ここ数日の怒濤の展開が、その気持ちを加速させていた。会わずにはいられないと思うほど。
「あの、おじさま。領地の問題とアルマンさまのことが解決したら、辺境伯領のお屋敷に行きたいです。私、テオドールに会いたいのです。毎日毎日そう思いますし、昨日より今日の方がもっと会いたい…」
これまで私は意固地になっていた。行こうと思えば会いに行くことも出来たのに意地を張っていた。誕生日プレゼントのお礼状すら書かなかった。しかし、意地よりも大事なものがある。優先順位を見誤って愛する人を大切にしなければ、私はこの先後悔するだろう。おじさまは私の言葉に、優しく微笑んだ。
「ああ、ぜひおいで。あの頑固者で偏屈の意気地なしに言いたいことを何でも言って、ついでに叩いたりつねったりしてやるといい。君を泣かせた罰だ、私が許可しよう」
「そうしてやります。それはもう、酷い目に遭わせてやりますわ」
私たちは笑った。そして私は、今一番気になることをおじさまに尋ねてみることにした。
「そうだ、クランペットも少し用意してもらっていいかな?友人にジャムをいただいてね」
おじさまはそう言うと、袋からシンディーお手製のジャムを取り出した。
「呼んでもいない客の相手で疲れたね。甘いものでも食べてゆっくりしよう」
おじさまの言葉に、私は頷いた。時計を見ると4時15分だった。ランドルたちにさよならを言ってからまだ2時間しか経っていないことに私は驚いた。こんなに短時間でここまで疲弊することはなかなか無い。
私とおじさまは程なくして運ばれてきたクランペットにシンディーからもらったジャムをたっぷりのせて、熱い紅茶と一緒にいただいた。
「ブラックベリーか、嬉しいな。私の好物だ」
「そうなのですか、知らなかったです」
「うん、前世から好きなんだ」
おじさまは普段あまり前世の話をしないのだが、子どもの頃に毎年ベリー摘みやジャムづくりをしていた話を聞かせてくれた。両親の話で暗い気分になっている私の気を紛らわせるためだろう。前世のおじさまはのどかなルイジアナの田舎町に暮らしていたそうだ。時期が来るとお母さんやお兄さんたちと色々な種類のベリーを採り、ジャムをたくさんつくってご近所に配るのが恒例だったらしい。
「私たち一家はとても近所の人に助けられていたから、母はせめてものお返しにとしょっちゅうお裾分けをしていたよ。我が家の父親は生活費を入れるどころか、母や子どもたちを殴っては金を奪っていくようなろくでなしでね。私が生まれた頃には全然家には帰って来なくなっていた。だからそれなりに大変だったし貧しかったが、周りのおかげで明るく暮らせていた」
おじさまが弱い立場の人々に優しく、民のことを深く考えているのはその経験があるからなのだろう。おじさまこそ領主の名にふさわしい人だ。権力を振りかざすことも驕り高ぶることもなく、自分のために民を苦しめることなど決してしない。民の幸せがあってこそ豊かな領地が存在し得ると考えているのだ。だからこそ国王陛下から頼りにされ、貴族たちからも尊敬され、民からも慕われている。
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シンディーの言った通りジャムは甘さ控えめで、ベリーの爽やかな酸味が生きていて美味しかった。小さい頃に生のブラックベリーを食べたときには種の食感が気になって苦手だったのだが、今はむしろそのカリカリとした歯触りが楽しかった。ふわふわもちもちのクランペットと良い香りの紅茶がジャムの味をさらに引き立てる。
「私、こうして美味しいものを食べるのが何よりの気分転換になります」
「分かるよ、私もそうだ」
おじさまはにっこりしてそう言い、美しい仕草で紅茶を飲んだ。それにしても、私はおじさまのことをあまり知らないのかもしれない。これからおじさまの好物をたくさん知って親孝行をしていきたい。私にとって親と思えるのはおじさまだけだし、今後何があろうとそれは変わらないだろう。
実の両親が暮らしに困ろうが路頭に迷おうがどうでもいいと思ってしまう私は、薄情なのだろう。でも多分それは向こうも同じなのだ。自分たちが困らない限り私のことは必要ではなく、思い出しもしない。だからそれぞれ、自分の愛する人たちを大切にして生きていけば良い。私にとってそれはおじさまであり、親しい友人たちであり、私を大事にしてくれる王宮の方々だ。そして、今は遠く離れている私の「特別」。強靱な肉体と精神、そして優しく繊細な心を持った愛しい人。
(会いたいなあ…)
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「そうしてやります。それはもう、酷い目に遭わせてやりますわ」
私たちは笑った。そして私は、今一番気になることをおじさまに尋ねてみることにした。
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