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42.一筋縄ではいかない
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まさかの答えに、私は狼狽した。交際継続の意思を示されるとは全く思っていなかったのだ。私が予想していたのは、以下の3パターンだった。
A.他の男性を想っているということに呆れる(あるいは悲しむ、または軽蔑する)
→別れる
B.時間や将来の青写真が無駄になったことを悲しむ(または怒る)
→別れる
C.仕方ないと納得してくれる
→別れる
もしそれ以外の反応を示されたとしても、私とのお付き合いを続けたいと思うはずは絶対に無いと私は確信していた。何なら「こちらこそ願い下げだ」と突き放されるかもしれないと思っていた。アルマン様には浮世離れしたところがあるとは思っていたが、彼の思考は私の想像など遠く及ばないところにあるらしい。
「ですが、アルマン様!そんな訳にはいきませんわ」
向かい側に座っていたアルマン様は優雅に席を経ち、私の隣へと移動してきた。私が座っていたのは大人ふたりが十分に腰掛けられるだけの幅があるソファだったので狭くはなかったが、何となく居心地の悪さを感じた。しかしアルマン様は当たり前のように私の背に腕を回した。
「もしあなたの幼馴染があなたを妻にすると言って領地に連れて行くつもりなら…まあ、それでもおめおめとあなたを渡しはしませんが、もしそういうことなら私も迷うかもしれません。そうではないのに、あなたを諦めるなんて馬鹿げたことです。私はそんな中途半端な気持ちで交際しているわけではありませんよ」
「でも…嫌ではないのですか?少しも気にならないのですか?」
信じられない気持ちで私はそう尋ねた。
「いえ、気にならないわけではないですよ。そんなにあなたに思われているその人が羨ましいですし、嫉妬もします。ですが…」
アルマン様は私の頬に触れ、顔を近づけた。
「…あなたを手放すぐらいなら、それぐらい痛くも痒くもありません。あなたを愛していますから」
そう言って、そっと私にキスをする。私は拒むこともできず、ただ身体をこわばらせてそれを受け止めた。この真心のこもった口づけを受けるに値する私ではないのに、そう思いながら。
「でも…でも、アルマン様。私はとても嫌なのです。アルマン様がお許しくださったとしても、私の良心が許さないのです。あなたより大切な男性がいるのにあなたと結婚するなんて…不義不徳ですわ」
「エマさん、あなたは少し物事を難しく考えすぎていませんか?きょうだいのように慕う幼馴染のことを、懐かしくも、また恋しくも思うことは自然なことです。結婚したいとまで思ったなら尚更でしょう。ですが、その幼馴染の存在と私との交際は全くの別物で、関係のないことです」
アルマン様は毅然とした顔で澱みなくそう言うと、ふっと顔を和らげた。
「あなたは苦労してきたのですね。どこか不思議な雰囲気があると思っていましたよ。ふとした時に、まるでさすらい人のような寂しげな影をあなたに感じていました。…こんなに可愛いあなたを可愛がらずにいられるなんて、あなたの親御さんは変わっていますね」
「…むしろ変わっているのはアルマン様の方かもしれません。両親には両親の言い分があると思いますし…でも、私にとって良い親でなかったのは事実でございます」
「それはそうでしょう。私は刷り込みなどと言ってしまいましたが、そんな中で支えになってくれた人を愛するようになったのは必然かもしれませんね。…そういえばエマさん、奇遇にも今日小耳に挟んだ話なのですが。あなたのご実家は今、領地の経営が上手くいかず苦境に立たされているそうですよ。明確な理由もないままに納税がずっと滞っていて、国王陛下はご機嫌斜めでいらっしゃいます」
初耳だった。実家のことはこれまで特に気にも留めずに過ごしてきたが、こうして耳にしてしまうと少し気になる。話が逸れてしまったが、私はつい反応した。
「まあ、そうなのですか」
「ええ。詳しい実情や原因を調べるために、明日にも監査団が派遣されるそうですよ。…あなたのご実家がお困りなら、そしてもしあなたがお望みなら援助は惜しまないつもりでおりましたが…その必要はなさそうですね」
「ええ。…私とは、もう関係のない方たちですから」
実情がどうなのか分からないが、もし本当に困窮していたとしても私が立ち入るべきことではない。別にざまあみろとは思わないし状況次第では一通りの気の毒さぐらいは感じるかもしれないが、ただそれだけのことだ。私はもうあの家の娘ではない。人に恩知らずと謗られようが、関わるつもりは一切無かった。
アルマン様は頷いた。
「…ロチェスター辺境伯か私が介入なければおそらく没落していくでしょうが、あなたには全く責任のないことですから気に病むことはありませんよ。あなたを苦しめたことへの断罪は私がしてやりたかったですが…天にお任せするとしましょう」
そう微笑むアルマン様は少しだけ怖かったが、妙にゆかしい感じがした。この方の魅力は危険だ。惹きつけられて、思い通りにされてしまう。私は危機感を持つと同時に、この屋敷にひとりきりで来てしまったことを悔やんだ。なんだか、とても嫌な予感がしたのだ。
A.他の男性を想っているということに呆れる(あるいは悲しむ、または軽蔑する)
→別れる
B.時間や将来の青写真が無駄になったことを悲しむ(または怒る)
→別れる
C.仕方ないと納得してくれる
→別れる
もしそれ以外の反応を示されたとしても、私とのお付き合いを続けたいと思うはずは絶対に無いと私は確信していた。何なら「こちらこそ願い下げだ」と突き放されるかもしれないと思っていた。アルマン様には浮世離れしたところがあるとは思っていたが、彼の思考は私の想像など遠く及ばないところにあるらしい。
「ですが、アルマン様!そんな訳にはいきませんわ」
向かい側に座っていたアルマン様は優雅に席を経ち、私の隣へと移動してきた。私が座っていたのは大人ふたりが十分に腰掛けられるだけの幅があるソファだったので狭くはなかったが、何となく居心地の悪さを感じた。しかしアルマン様は当たり前のように私の背に腕を回した。
「もしあなたの幼馴染があなたを妻にすると言って領地に連れて行くつもりなら…まあ、それでもおめおめとあなたを渡しはしませんが、もしそういうことなら私も迷うかもしれません。そうではないのに、あなたを諦めるなんて馬鹿げたことです。私はそんな中途半端な気持ちで交際しているわけではありませんよ」
「でも…嫌ではないのですか?少しも気にならないのですか?」
信じられない気持ちで私はそう尋ねた。
「いえ、気にならないわけではないですよ。そんなにあなたに思われているその人が羨ましいですし、嫉妬もします。ですが…」
アルマン様は私の頬に触れ、顔を近づけた。
「…あなたを手放すぐらいなら、それぐらい痛くも痒くもありません。あなたを愛していますから」
そう言って、そっと私にキスをする。私は拒むこともできず、ただ身体をこわばらせてそれを受け止めた。この真心のこもった口づけを受けるに値する私ではないのに、そう思いながら。
「でも…でも、アルマン様。私はとても嫌なのです。アルマン様がお許しくださったとしても、私の良心が許さないのです。あなたより大切な男性がいるのにあなたと結婚するなんて…不義不徳ですわ」
「エマさん、あなたは少し物事を難しく考えすぎていませんか?きょうだいのように慕う幼馴染のことを、懐かしくも、また恋しくも思うことは自然なことです。結婚したいとまで思ったなら尚更でしょう。ですが、その幼馴染の存在と私との交際は全くの別物で、関係のないことです」
アルマン様は毅然とした顔で澱みなくそう言うと、ふっと顔を和らげた。
「あなたは苦労してきたのですね。どこか不思議な雰囲気があると思っていましたよ。ふとした時に、まるでさすらい人のような寂しげな影をあなたに感じていました。…こんなに可愛いあなたを可愛がらずにいられるなんて、あなたの親御さんは変わっていますね」
「…むしろ変わっているのはアルマン様の方かもしれません。両親には両親の言い分があると思いますし…でも、私にとって良い親でなかったのは事実でございます」
「それはそうでしょう。私は刷り込みなどと言ってしまいましたが、そんな中で支えになってくれた人を愛するようになったのは必然かもしれませんね。…そういえばエマさん、奇遇にも今日小耳に挟んだ話なのですが。あなたのご実家は今、領地の経営が上手くいかず苦境に立たされているそうですよ。明確な理由もないままに納税がずっと滞っていて、国王陛下はご機嫌斜めでいらっしゃいます」
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「まあ、そうなのですか」
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「ええ。…私とは、もう関係のない方たちですから」
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