22 / 74
22.おめかしは誰のため
しおりを挟む
シンディーとのランチからちょうど2週間後の夕方、私は自分の部屋で夜会に行くための支度をしていた。綺麗なAラインが気に入って選んだターコイズ色のドレスと、シンディーがそれに合うよう見繕ってくれたパールのネックレスとイヤリング。ほんのりラメが入ったオフホワイトのハイヒールは、今回のために奮発して購入した。普段あまり高額なものは買わないのでドキドキしてしまったが、きっと婚活には必要な投資である。
髪は緩めに編み込みをしてふんわりとまとめ、お化粧も濃くはせず柔らかいイメージで仕上げた。これは、ふわふわ~っとした雰囲気を出した方がとっつきやすいオーラが出るのではないだろうかという私の浅知恵によるものであるが、なにしろ恋愛偏差値15ぐらいなので正解なのかよく分からない。前世でも今世でもモテとは無縁の女である私は無難なシルバーの髪留めをつけようと一旦手に取ったが、考え直して初めて自分で買った髪飾りをつけた。
ブルーとグリーンのグラデーションがドレスの色に合うと思ったからで、別にテオドールとの思い出に浸っていたわけではない。というのは嘘で、私は今日ずっとテオドールのことを考えている。我ながらしつこすぎると思う。
失恋には新しい恋だという。それを私は信じたいと思う。しかし、私にとってテオドールの存在はあまりに大きすぎた。あの不器用な優しさ、飾らない態度、何にも囚われない自由さ、すべてが懐かしくてたまらない。
『エマ』
そう私の名を呼ぶあの低い声を、私の目を覗き込む真っ直ぐな瞳を、思い出さずにはいられない。だが、私はその気持ちに区切りをつけようと思った。
(そもそも、そんなに良い思い出ばかりでもなかったし。いけないいけない、無駄に美化しちゃってる)
それは確かな事実であった。テオドールの趣味に付き合うのは楽しかったが、大変なこともすごく多かったのだ。
やれ珍しいキノコを採りに山奥へ行くから付いてこいだの、川に巨大ウナギがいるから捕まえに行こうだの、甘酸っぱい恋愛イベントからはほど遠かった。もはや採取や狩猟のクエストである。
一度家族とともに辺境伯家のお茶会に呼ばれたときには、なぜか蜂蜜の収穫を手伝わされたこともある。テオドールが養蜂をしていることは知っていたが自分には関係のないことだと思っていた私は、蜂に刺されるのが怖くて半泣きになりながらも養蜂箱を開けてできるだけ速やかに蜜を回収した。
(今思うと、よくもまああんなことを。本当にしょうもない男)
そう思いながらも、テオドールと過ごした時間を思い返すと自然と笑みがこぼれるのを止められなかった。
『大丈夫だ、エマ。蜂たちはお前を刺したりしねえよ』
その言葉を信じられたのは、他ならぬテオドールがそう言ったからだ。山で野犬に出くわしたときも、川べりで私が足を滑らせて落ちかけたときも、テオドールは真っ先に私を助けてくれた。自分が危ない目に遭おうと、身を挺して私を守ってくれた。お礼を言うと、何食わぬ顔で当たり前のことだろと言った。
『俺がお前を誘ったんだから、面倒見るのは当然だ』
でも考えると、テオドールは意図的に私を家族のところから連れ出してくれていたのだろう。それに採りに行ったポルチーニ茸も、捕まえて食べたウナギも、私の好物だ。蜂蜜もそうだ。テオドールは甘い物をほとんど食べないのに、なぜ養蜂なんか始めたのか不思議だった。私はテオドールにもらった、特別美味しいコムハニーをスコーンに乗せて食べた。テオドールはそれを見て、
『お前、本当に食うのが好きだな。食ってるときが一番嬉しそうじゃねえか』
と笑っていた。食べるのが好きなのは本当だが、テオドールがいつも美味しいものを食べさせてくれるから毎回大喜びで食していたのだ。バーベキューをした時には綺麗に焼けたお肉を渡してくれて、自分はちょっと焦げたのを食べていた。焚き火で魚やエビを焼いたときもだ。
『俺はいつでも食えるからいいんだよ、しょうもない遠慮してないで食えよ』
淡々と調理しながら、ぶっきらぼうに差し出してきた。なぜあんなに良くしてくれたのだろう。私はこの5年間、それについてしばしば考えた。
(もしかして、テオドールも私のことを好きだったのでは)
そう思ってみたり、
(いやいや、それは思い上がりというものだよね)
と否定したりを繰り返してきた。色々考え合わせると、やはりテオドールは私を仲の良い友人のひとりとしか思っていなかったように思う。男友達に対してもとても面倒見が良かったし、あれこれ振る舞うのが好きだったからだ。
それに、万が一テオドールが私のことを好きだったとしてもどうにもならない。テオドールは子どもを持つことを恐れていて、結婚しないと固く決めているようだった。その決意は簡単には揺らがないだろう。私が「温かい家庭を築きたい、子どもが欲しい」という切実な望みを簡単には諦められそうにないのと同じで。
私はちょっと泣きそうになったが、必死でこらえた。これまでの人生で一番丁寧にほどこした化粧が台無しになってしまう。今日は意地でも泣かない、そう思いながら時計を見た。もうじきシンディーが迎えに来る時間だ。
私は指先でつまむようにして前髪の毛流れを整え、淡いピンクの口紅を塗り直した。
髪は緩めに編み込みをしてふんわりとまとめ、お化粧も濃くはせず柔らかいイメージで仕上げた。これは、ふわふわ~っとした雰囲気を出した方がとっつきやすいオーラが出るのではないだろうかという私の浅知恵によるものであるが、なにしろ恋愛偏差値15ぐらいなので正解なのかよく分からない。前世でも今世でもモテとは無縁の女である私は無難なシルバーの髪留めをつけようと一旦手に取ったが、考え直して初めて自分で買った髪飾りをつけた。
ブルーとグリーンのグラデーションがドレスの色に合うと思ったからで、別にテオドールとの思い出に浸っていたわけではない。というのは嘘で、私は今日ずっとテオドールのことを考えている。我ながらしつこすぎると思う。
失恋には新しい恋だという。それを私は信じたいと思う。しかし、私にとってテオドールの存在はあまりに大きすぎた。あの不器用な優しさ、飾らない態度、何にも囚われない自由さ、すべてが懐かしくてたまらない。
『エマ』
そう私の名を呼ぶあの低い声を、私の目を覗き込む真っ直ぐな瞳を、思い出さずにはいられない。だが、私はその気持ちに区切りをつけようと思った。
(そもそも、そんなに良い思い出ばかりでもなかったし。いけないいけない、無駄に美化しちゃってる)
それは確かな事実であった。テオドールの趣味に付き合うのは楽しかったが、大変なこともすごく多かったのだ。
やれ珍しいキノコを採りに山奥へ行くから付いてこいだの、川に巨大ウナギがいるから捕まえに行こうだの、甘酸っぱい恋愛イベントからはほど遠かった。もはや採取や狩猟のクエストである。
一度家族とともに辺境伯家のお茶会に呼ばれたときには、なぜか蜂蜜の収穫を手伝わされたこともある。テオドールが養蜂をしていることは知っていたが自分には関係のないことだと思っていた私は、蜂に刺されるのが怖くて半泣きになりながらも養蜂箱を開けてできるだけ速やかに蜜を回収した。
(今思うと、よくもまああんなことを。本当にしょうもない男)
そう思いながらも、テオドールと過ごした時間を思い返すと自然と笑みがこぼれるのを止められなかった。
『大丈夫だ、エマ。蜂たちはお前を刺したりしねえよ』
その言葉を信じられたのは、他ならぬテオドールがそう言ったからだ。山で野犬に出くわしたときも、川べりで私が足を滑らせて落ちかけたときも、テオドールは真っ先に私を助けてくれた。自分が危ない目に遭おうと、身を挺して私を守ってくれた。お礼を言うと、何食わぬ顔で当たり前のことだろと言った。
『俺がお前を誘ったんだから、面倒見るのは当然だ』
でも考えると、テオドールは意図的に私を家族のところから連れ出してくれていたのだろう。それに採りに行ったポルチーニ茸も、捕まえて食べたウナギも、私の好物だ。蜂蜜もそうだ。テオドールは甘い物をほとんど食べないのに、なぜ養蜂なんか始めたのか不思議だった。私はテオドールにもらった、特別美味しいコムハニーをスコーンに乗せて食べた。テオドールはそれを見て、
『お前、本当に食うのが好きだな。食ってるときが一番嬉しそうじゃねえか』
と笑っていた。食べるのが好きなのは本当だが、テオドールがいつも美味しいものを食べさせてくれるから毎回大喜びで食していたのだ。バーベキューをした時には綺麗に焼けたお肉を渡してくれて、自分はちょっと焦げたのを食べていた。焚き火で魚やエビを焼いたときもだ。
『俺はいつでも食えるからいいんだよ、しょうもない遠慮してないで食えよ』
淡々と調理しながら、ぶっきらぼうに差し出してきた。なぜあんなに良くしてくれたのだろう。私はこの5年間、それについてしばしば考えた。
(もしかして、テオドールも私のことを好きだったのでは)
そう思ってみたり、
(いやいや、それは思い上がりというものだよね)
と否定したりを繰り返してきた。色々考え合わせると、やはりテオドールは私を仲の良い友人のひとりとしか思っていなかったように思う。男友達に対してもとても面倒見が良かったし、あれこれ振る舞うのが好きだったからだ。
それに、万が一テオドールが私のことを好きだったとしてもどうにもならない。テオドールは子どもを持つことを恐れていて、結婚しないと固く決めているようだった。その決意は簡単には揺らがないだろう。私が「温かい家庭を築きたい、子どもが欲しい」という切実な望みを簡単には諦められそうにないのと同じで。
私はちょっと泣きそうになったが、必死でこらえた。これまでの人生で一番丁寧にほどこした化粧が台無しになってしまう。今日は意地でも泣かない、そう思いながら時計を見た。もうじきシンディーが迎えに来る時間だ。
私は指先でつまむようにして前髪の毛流れを整え、淡いピンクの口紅を塗り直した。
448
あなたにおすすめの小説
夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。
MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。
記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。
旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。
屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。
旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。
記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ?
それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…?
小説家になろう様に掲載済みです。
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
行動あるのみです!
棗
恋愛
※一部タイトル修正しました。
シェリ・オーンジュ公爵令嬢は、長年の婚約者レーヴが想いを寄せる名高い【聖女】と結ばれる為に身を引く決意をする。
自身の我儘のせいで好きでもない相手と婚約させられていたレーヴの為と思った行動。
これが実は勘違いだと、シェリは知らない。
「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。
しかも、定番の悪役令嬢。
いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。
ですから婚約者の王子様。
私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。
悪役令嬢発溺愛幼女着
みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」
わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。
響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。
わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。
冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。
どうして。
誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
虐げられ令嬢の最後のチャンス〜今度こそ幸せになりたい
みおな
恋愛
何度生まれ変わっても、私の未来には死しかない。
死んで異世界転生したら、旦那に虐げられる侯爵夫人だった。
死んだ後、再び転生を果たしたら、今度は親に虐げられる伯爵令嬢だった。
三度目は、婚約者に婚約破棄された挙句に国外追放され夜盗に殺される公爵令嬢。
四度目は、聖女だと偽ったと冤罪をかけられ処刑される平民。
さすがにもう許せないと神様に猛抗議しました。
こんな結末しかない転生なら、もう転生しなくていいとまで言いました。
こんな転生なら、いっそ亀の方が何倍もいいくらいです。
私の怒りに、神様は言いました。
次こそは誰にも虐げられない未来を、とー
【完結済】破棄とか面倒じゃないですか、ですので婚約拒否でお願いします
紫
恋愛
水不足に喘ぐ貧困侯爵家の次女エリルシアは、父親からの手紙で王都に向かう。
王子の婚約者選定に関して、白羽の矢が立ったのだが、どうやらその王子には恋人がいる…らしい?
つまりエリルシアが悪役令嬢ポジなのか!?
そんな役どころなんて御免被りたいが、王サマからの提案が魅力的過ぎて、王宮滞在を了承してしまう。
報酬に目が眩んだエリルシアだが、無事王宮を脱出出来るのか。
王子サマと恋人(もしかしてヒロイン?)の未来はどうなるのか。
2025年10月06日、初HOTランキング入りです! 本当にありがとうございます!!(2位だなんて……いやいや、ありえないと言うか…本気で夢でも見ているのではないでしょーか……)
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
※小説家になろう様にも掲載させていただいています。
※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。
※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。
※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。
※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。
※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。
※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる