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序章 貴族転生

第二十二話 禁句からの大衆演劇

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 久々の再会を楽しんだ後は地獄が待っているのだが、奴隷はないって言われたことで少しは気持ちに余裕ができた。

「君、祈り方が違っていたぞ。手は両手を組んで胸の前に持ってくるんだ。それで職業はもらえたかね?」

「ご指摘ありがとうございます。職業についても無事にいただけました。お世話になりました」

「う、うむ。それならよかったな。戻ってよろしい」

「はい。ありがとうございました」

 アルテア様に当たり障りなくって言われたから丁寧に話したけど、ちょっと五歳らしくなかったかなって反省する。

 ちなみに希望者はお布施をしてステータスを見ることができ、その記録を教会が保管するのだが、生臭坊主は情報を売買することで金銭や権力などを得ているようだ。

 だからまともな感覚を持っていれば教会ではステータスを見ない。最高位の守秘義務契約を結んだ専門家に見てもらうらしい。どこかはまだ分からないが専門の場所が教会以外にもあるらしい。

「ただいま戻りました」

「うむ。それで職業は?」

「いただけました」

 俺の発言を聞いた神子は激しく顔を歪めた。そして本当かどうか確かめるために声を張り上げる。

「おい! 本当だろうな!? 嘘だったら承知しないぞ! どの職業だ!?」

「……職業を聞くことはタブーでは? たとえ家族・・でも聞いてはいけないと聞いたのですが? 僕が教えたら兄上も教えていただけるんですか? そしてそれは本当の職業なんですか? 今は司祭様がいらっしゃいますので確認してみましょうか?」

 あまりの阿呆さにさすがにキレそうになってしまった。なんでコイツに許されなければいけないんだ? 血縁など皆無というのに。

 追放の処分を下さなければいけない養父には場所を変えて説明しようと思っていたが、教会で騒ぎを起こした後に言ってしまったら取り返しがつかないだろう。しかも、教会では嘘をつきたくないし。

「き……貴様っ! 神子である私が言えと命令したら素直に従うのが下々の民の役目だろうが! 同じ立場に立とうとするなんて不敬だ!」

 阿呆の言葉を無視して養父に指示を仰ぐ。

「伯爵様どうすればよろしいですか?」

「父上!」

「……ノア、いい加減黙れ」

「……ち……父上……!」

「お前の順番だぞ。行ってこい」

「し……しかし! ……行ってきます……。貴様、許さんからな!」

 養父に睨まれた神子はしぶしぶ引き下がり、恨み言を呟きながら俺にぶつかってこようとしてきたが、簡単にかわしたせいでフラつき転んでしまった。

 顔を赤く染め上げ怒りの表情で女神像の前に行くと仁王立ちして両手を左右に広げる。少しだけ顔を天井に向け、祝福を授けてもいいんですよ? って感じがにじみ出ている。

「伯爵様……祈らないんですか?」

「…………祈っている」

 はっ? 司祭は何も言わないのか?

 思わず司祭の方を見ると諦観した目で遠くを見ていた。つまりは何度注意しても直らなかったのだ。そして諦めたと……。

「先ほど両手を組んで胸の前に持ってくるように指導してもらったんですが……?」

「……個性があるらしい。もちろん、私には不要だな」

 同様に扱うな、私は違うと言いたいわけだ。司祭の言うことを素直に聞いておいてよかった。危うく俺も同じ扱いになるところだった。

「……今年も見ていて下さらなかったのか? 私は下々を守るために日々研鑽を積んでいるというのに……。神よ、何故なのですか!?」

 ここで初めて膝をつき平伏している。時折訴えかけるように顔を上げれば、涙と鼻水に涎塗れの顔を晒しているのが分かる。
 他の子の前面は見えないのに神子が見えるのは、まるで演劇でもやっているかのごとく動きが激しいからだ。

 おそらく毎年の恒例行事なのだろう。養父も司祭も何人かの親御さんも平然としている。子どもたちはもっと素直で、伯爵家が用意した旅芸人だと思っているようだ。
 何故ならば一応今日は新年祭の初日で、前世なら元日に相当する誕生の月の一日。
 そして俺の誕生日らしい。ステータスの表示が五歳だったからね。ようやく判明した誕生日だが、まさかその日に追放されるとはな。

 意外な事実が判明した今日は世界各地では新年を祝う祭りが開催されている。この村も例に漏れることなく、出店や伯爵家からの振る舞い酒などが用意されていた。

 娼館でもキャストが特別ショーを行うんだとか。忠臣メイドがパパエルフの情報を持ってきたときに話していた。

 それに加えて兄弟や子ども情報網で、職業授与の儀式では毎年催し物で旅芸人が招かれると噂でもされているのだろう。「教会に入ったときにあれが噂の……。楽しみだな」って声が聞こえた。

 最初は俺のことかな? って思ったけど、神子が大騒ぎしても「さすが! 本物みたい!」って声が聞こえるだけ。

 きっと子どもたちからは神子になりきっている技術がすごいって思われたんだろうな。あの特殊な祈り方も拍車をかけたのだろう。演劇でなければ決して行わない不敬な祈り方を、正常な精神の持ち主であれば絶対に行わないことだと子どもでも理解しているからだ。

 結論、すごい演技力だ。

 職業はきっと役者に決まりで、「すごい人物を毎年招待してくれている伯爵家に心より感謝を申し上げます」ってことになるのだろう。

 引きこもりをしているせいで、一定以上の年齢にならないと神子だと気づけない。まぁ俺も軟禁生活を送っているから劇団の一員に見られていることだろう。

 もめ事も儀式への参加も台本通りと思われていると思うと軽く死ねる。

 マジで、早く帰って来いや!

「貴様ら! 下々の分際で私を笑うでない! 不敬であろうが! どいつもこいつも!」

 無職の神子よりも五歳児の方が強いだろうから喧嘩を売るのは止めた方がいいぞ。

「ノア! 終わったなら帰るぞ!」

 司祭にお礼を言っていた養父が、正気を失いかけていた神子を連れ戻して帰路につく。
 途中の馬車の中は本当に生き地獄としか言いようがなかった。神子からの教えろコールがうるさく、無視し続けていたらヒステリーの発作が出て馬車に当たりまくったのだ。

 コイツの病気ってヒステリーか?

 ふとそう思っていたら、養父の右フックが神子のアゴに決まり沈黙した。

「…………」

 さすがに驚いていると。

「毎年のことだ」

 と、一言で説明してくれる。簡潔で分かりやすい説明をありがとうございます。

 屋敷に到着すると養父は神子の運び出しを指示して、俺を連れて小屋の方へ移動する。初めて小屋を見て多少驚いていたが、中に入ると一枚の紙を取り出した。

「これにサインをして魔力を込めろ。これは魔力紙を使用した『魔力契約』だ。同じ書類を二枚用意した。両方を読んでサインをしろ」

 内容に関しては俺の職業に関する守秘義務についての内容だった。ただ職業についての話を聞く際は、最低でも神殿契約が必要なはず。

 しかしこれでも最大限の便宜を図ってくれていることは理解できる。普通は貴族に質問されれば平民に断ることは難しい。養父はその中でも高位貴族の伯爵家で、さらに言うと辺境伯という扱いである。

 ただ今代の国王がひ弱なくせに猜疑心の塊のような人物で、島ということを利用して離反されないように当主を手元に置いているらしい。
 辺境伯の役割も忘れて。

 魔力契約は破ろうと思えば破れる。

 でもこれから殺すかもしれない相手に用意するには位が高い契約である。不貞の子でなかったら仲良くできたかもなと思いながらサインする。罰則は自身の体を含む個人資産の譲渡で、契約書は個人で持ち、破棄の際には契約書が真っ二つになるというものだった。
 これもバレないようにすることは可能らしい。おそらく書斎の本から知識を得たのだろうが、俺も契約に関しては読んだ。奴隷契約されたら困ると思って熟読した。……まぁ言わないけど。

 暗黙の了解というやつだ。

「……よし。私も魔力を込めた。周囲に聞き耳を立てている者がいたら意味がなくなる。筆談で話せ」

 俺は作業台から茶草紙というパピルス紙に似た紙を持ってきて、木炭で【トイストア】と書いた。

「……そうか。そういえば我が伯爵家の男児は職業を得た後、野営道具を持って森の未踏破領域に調査しに行くことになっている。何でもいいから何か成果を持って帰ってくることで、武術系の職業でなくても実力を示すことができる。だから準備をしておけ。早ければ今日、遅くても数日中には出発してもらう。必要な物は言えば用意するし、途中で人に会った時用に金銭も持たせる。以上だ」

 必要以上ごねる必要もなく話が進み、追放の準備が進められていく。小屋を作ったのは俺だから持って行けるんだろうが、持っていったら奴隷にされそうだからやめておこう。木像は持っていくけどね。

「お世話になりました」

 養父が小屋を出て行く際に、今までのお礼を述べる。母親が育児放棄する中、完全な他人である養父は完全に見捨てることなどしなかったからだ。たとえ下心があったとしても。ゆえに感謝の気持ちは伝えるべきである。

「……あぁ」

 お互いが今生の別れだと気づいているが、お互いにそれに触れるつもりはない。伯爵家でムカついたのは今のところ神子派だけである。

 最初は鬼の住処かと思っていたが、そこまで怖い鬼はいなかった。ギャーギャー騒ぐ小煩い小鬼くらいだったなと思いながら、養父が小屋を出て行くのを見送った。

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