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第29話 十一歳の記憶・4-4

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――――事故が起きた坑道前


 事故現場から子どもたちを遠ざけて、救援部隊とヤーロゥとの連絡係であるカシアとローレが残り、さらにその二人の夫であるジャレッドとヒースに加えてリンデン村長が残っていた。

 リンデンは坑道の責任者である中年男性に声を掛ける。
「ここは魔石の鉱山。普通の鉱山と違い、魔石の魔力により坑道が支えられていて安全じゃっただろう。どうして、このような事故が?」
「それがさっぱりなんですわ、レナンセラの村長さん。子どもたちが見学に入った後、しばらくして魔石の魔力が不安定化して、坑道を支えているはずの魔力がバランスを崩してこんなことに……」


 ここでローレが声を張り上げた。
「そんなこと普通はあり得ませんよ! 鉱石の状態である魔石は魔力の流れが強固で変調しにくく、だからこそ加工して、道具となった魔石でしか利用できないんですから!」
「そ、そんなこと俺に言われても。実際、魔力を測る数値計がおかしくなってたんだし」
「数値計自体が故障していたんじゃないんですか?」


「社会科見学のためにしっかりしたものを選んで持ってきたから問題ないはずだぞ」
「う~ん……数値はどのように変化を?」
「こうだが」

 中年の男性は青色の円盤状をした数値計をローレに見せる。
 数値計には変化前と変化後の数値が記されていた。
 
「坑道の構造を支えている魔力数値が減衰してる? どうしてなの? 何か魔石を使用しました?」
「するわけないだろ。ってか、できねぇよ。鉱石状態の魔石だぜ」

「そうでしょうねぇ。でも、何らかの方法で魔石から魔力が失われて、その結果内部構造の負荷が変化して落盤したようだけど……可能性があるとしたら、魔石同士による対消滅? でも、あれが起きる可能性は一億分の一の確率。しかも小規模。それが鉱石でこれほどの規模って……一京分の一とか言う天文学的に低い確率で起きたことになりますけど」

「それが起きたんじゃないのか?」
「起きるとは思えないわ。ほぼゼロと言っていい確率なんですよ」
「でも、ゼロじゃないなら……」
「それは、う~ん、いや、でも……」

 頭を悩ますローレ。
 そんな彼女にリンデンがまずやるべきことがあると話しかけた。
「その話はあとじゃ。ローレはヤーロゥとアスティの位置を見失わないように集中しなさい。一定間隔で連絡も必要じゃしの」
「……ええ、わかりました」

 ローレは渋々といった様子でカシアのそばにより、坑道を注視する。
 見送ったリンデンは鉱山を見上げて、眉間に小さな皺を寄せた。


(魔力の喪失。可能性があるとすれば……いや、もしそうじゃったら、ワシらは死んでおる。殺されておる。つまりは、バレておらぬということじゃな)

 彼は胸を撫で下ろして、ほっと息を漏らす。
(原因はわからぬが、あやつらに見つかっておらんということじゃな。フフ、フフフ、フフフフ、見つかるも何もまだ、この世界におらぬ存在。心配は無用のはず……ワシとしたことが、あり得ぬ事故を前にして少々気が立っておるのかもな)



――――事故後

 坑道の落盤事故後、俺たちは村に戻り、鉱山の村『モナチカ』の大砲たちについてリンデンから説明を受けたが、その内容は薄く、さらには常識を疑うものだった。

 彼はこう唱える――「あれは侵略者に対する備え。その侵略者とは異なる世界の者たち。あやつらには我らの世界のことわりである魔法が通じず、原理に特化した兵器しか通用しない。だから、備えている」

 説明はこれだけ。
 これに関する証拠や、この準備を行った中心人物などについては触れなかった。


 ヒースはこれについてこう答える。
「君が村に訪れて十年以上。信頼に足る人物と十分に判断して全てを話すつもりだったんだけど、何故か急にリンデン村長がもう少し様子を見たいと言い出して、こんな半端な形になってしまったんだ」と……。

 この村が、この地域がなぜ生まれ、何のために存在しているか詳しく知っているヒースやジャレッドは申し訳なさそうな様子を見せていた。
 だが、悪いのは彼らではない。

 おそらくは俺。

 坑道の一件で俺は昔の自分の姿を思い出した。
 勇者ジルドランとしての姿――僅かな油断が命取りになるため、隙無く、常に警戒を示す姿。

 その後、すぐに父親としてのヤーロゥの姿に戻ったが、元諜報部のおさであるリンデンはその変化を敏感に感じ取ったのであろう。
 故に、懸念が生まれ、情報開示を限定的なものにした。


 さらに、その懸念に拍車をかけたのがその後の俺の行動。
 元々、レナンセラ村に備えられた過剰な防壁の存在について心の片隅に不審があったが、今までそれらを積極的に調べることはなかった。

 理由はアスティが幼かったため。
 ここを追い出されては行く当てもない。だから、疑いをもたれる行動はできなかった。
 また、幼かったアスティの面倒があったため、調べようにも動けなかった。

 しかし、アスティは成長し、それらが解消されている。
 その気になればこの村から出て行って生活することも可能であり、俺が一人で行動できる時間も増えた。

 だから、落盤事故の後、村や地域のことをもっと深く知ろうとして動いた。
 もちろん、この動きに敵対や破壊活動などを行うメッセージは送っていない。
 あくまでも、疑問に対しての問いを自分で探すという行為のみ。


 だが、その行為がリンデンの懸念に拍車をかけたというわけだ。


 さて、リンデンからの疑いを招いてまで得られた結果だが……まずはレナンセラ村だけではなく、この地域全体が軍事要塞と言っても過言ではない防備と兵器と食料の備蓄がそろっているということ。
 それは大陸だけではなく、世界を相手に戦争でもおっぱじめることができるのではないかというほどに。

 その中で一番目立つのが攻撃兵器の存在。
 大砲が主兵器であるが、それらを遥かに上回る技術で作られた兵器――――それは、飛空艇の存在。
 
 こんなもの、人間族や魔族だって一隻ずつしか持っていない。 
 国家・種族が財を費やして一隻しか作れないものが、この最東端に存在する。
 つまり、この地域へ資金を提供している者がおり、そしてそいつは国家並みの財を持つということだ。
 
――何者だ? 目的はなんだ? 


 目的はまったくもって見当がつかないが、何者かという点には的は絞れる。
 そのヒントとなるのが膨大な建造費用のかかる飛空艇の存在。
 それができる人物・組織となると……。

(国王陛下。宰相アルダダス。北方の大企業家・ゴールデン=ロッドくらいだが……視野を広げると……もしや? いや、さすがにそれは。だが、強権を振るいやすい立場であり、最も条件が揃っている。しかし、仮にあいつだとすると、それこそ目的がわからなくなる)
 

 結局のところ、誰なんてわからないが、リンデンが小さな懸念でも守勢に入る気持ちはわかる。
 その人物を勇者と言う立場であった俺が否とした場合、多大な危険があるからな。


 まだまだ、この地域には秘密が隠されていそうだが、あまり深く突っ込んでアスティの身に危険を生じさせてはならない。
 踏み込んでもよい距離感を測りつつ、今後もゆるりと調べていくとしよう。
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