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第30話 十二歳の記憶・前編

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――――十二歳・秋


 陽の光にはまだまだ熱を感じるが、肌に触れる爽やかな風が季節の変わり目を教えてくれる。
 青々していた木々の葉も紅葉を迎えて黄色や赤色に染まり、世界の色を変えていく。

 その中で行われるのが収穫祭。
 年に一度、秋に行われる祭り。

 この祭りは毎年行われるのだが、アスティが幼いころから毎年頭を悩ませる行事だった。
 理由は祭りに参加する出で立ち。


 祭りは全神ノウンの神話に記されている一節を表現するもの。

『それは宴であった。ノウンの子らは豊穣を感謝し、大地を埋め尽くすほどの穀物や果実を捧げた。ノウンは供物を前にして、多くへ呼びかける。共にせよと。呼びかけに応じ、子らは分け隔てなく盛宴に酔うが、招かざる客が訪れる。宴は血の狂乱に酔い、惨劇が奏楽となりて響く。そこに、あらざる世界より援軍が現れる。見目は恐ろしく異様であったが、彼らはノウンの子らのために命を捧げた』


 という、話に基づき、豊穣を感謝する収穫祭では大人も子どももあらざる世界から訪れた援軍の姿をして楽しむ。
 見目は恐ろしいとあるので、たいていは化け物ような姿をして楽しむのだが、近年では有名人の格好をしたり、動物の格好をしたりと、各々勝手気ままな姿で楽しむようになっていた。

 ちなみに、俺の村は太陽と風の神アスカを信仰しているのでこういった習慣はない。収穫祭自体はあるのだが、基本的にひたすら食ってひたすら酒を飲んで出し物を楽しむというもの。
 出し物はプロの芸達者が行うのではなく、村人たちが競い合う宴会芸。芸で一番ウケた者には牛一頭が与えられる。
 俺の村の祭りは規模のデカい飲み会といった感じかな?


 さて、話をレナンセラ村の収穫祭に戻すが、収穫祭では奇妙な格好をしなければならない。
 俺自身は毎年テキトーな姿で参加していたが、アスティはそうはいかない。
 毎年毎年、化け物の姿でありながら可愛いさを感じさせる姿にするためにはどうするべきかと頭を悩ませたものだ。
 だが、十歳を超えた頃にはアスティも自分で姿を選ぶようになり、頭を悩ます機会がなくなった。
 それについては寂しくもあるのだが……。


 今年で十二歳となったアスティは今、全身を映せる鏡の前で収穫祭に参加するための姿をチェックしていた。

「異世界からやってきた猫の魔女をコンセプトにしてみたけど……ふむふむ、化粧はもっと化け猫っぽい方がいいかなぁ?」

 そう言って、白色の猫耳のくっついた桃色の三角帽子をいじりつつ鏡をのぞき込んでいる。
 纏う衣装も帽子に合わせた桃色のローブ。
 その姿にガラス球を宝石に見立てた腕輪やネックレスを装着している。
 お尻の近くからは真っ白な尾っぽが飛び出て、猫の足の形をした手袋と靴を着用。

 その様子を見ていた俺は声を掛ける。
「なんというか、魔法使いとあまり変わらない格好だな。それとだ、自分の部屋に置いてある鏡をわざわざリビングに持ってこなくても」
「猫の『魔女』だからね。どうしても魔法使いみたいな格好になっちゃうんだよ。でも、ほら、猫耳と尻尾とこの手袋は良い感じ」


 こちらへ猫の手袋を見せて、くっぱくっぱと開け閉めを繰り返して、ピンクの肉球を見せつけてくる。
「フフ、たしかに猫だな」
「でしょ! あと、この鏡は私の部屋だと大きすぎて……どうせ、出かけるときにリビングで最終チェックするから、もういっそ普段からここに置いててもいいかなぁって」


 元々、この家には狭い部屋が一つあり、アスティが八歳になった頃にその部屋を拡張して子ども部屋としたが限度があり、今のアスティでは手狭のようだ。

「部屋が狭いか……こりゃ、大規模リフォームが必要かな?」
「いいよ、いいよ! そこまで望んでないし」
「そうか? だけど、使い勝手が悪いなら言ってくれよ。ジャレッドを扱き使えばリフォームなんてあっという間だしな」

「あはは、ジャレッドおじさん可哀想! そうだ、お父さんも支度しないと、シャツもままじゃん」
「あ~、今年はもういいかなぁっと思ってな。それに今年は屋台を任されてるし、妙な格好すると動きづらいからなぁ」

「そう言えば、お好み焼き屋さんをやるって話だったよね?」
「ああ、俺の故郷だとポピュラーなんだが、他の地域だと珍しい食べ物だからそれにした」
「お父さんの故郷か……どこにあるの?」
「ここからだと結構離れてるなぁ。そういや、そろそろ親父とお袋がくたばってる頃かもな」


「はい!? お父さんにお父さんとお母さんがいたの!?」
「そりゃ、な」

「初耳! というか、お父さんの故郷の話とか家族の話とか聞いたことない」
「話しても面白いもんでもないしな。話ついでだが、兄貴と妹もいるぞ」
「ええええ! 連絡とか取ってないの?」
「ないな。ここ十七・八年くらい連絡とってないけど問題ないだろ」
「問題だらけだよ! お互い心配じゃないの?」

「それがなぁ、うちの故郷の連中はこういうことで心配とか不安とかないんだよなぁ。身内が亡くなっても、泣く奴なんていないし」
「ええぇ……」

「葬儀で泣いてるのは他の村からやってきた奴だけ、って感じでな」
「ええぇ……こう言っては何だけど、お父さんの故郷、変」
「否定はせん。だが、変なおかげで変わった料理は味わえるだろ」

「たしかに、幼いころは普通だと思ってたけど、お父さんの料理って他の家だとみかけないものが多いもんね。どうしてなんだろ?」


「俺の村の祭殿近くに倉庫があってな、たまにそこに異端の神であるアスカが訪れて、物を置いていくんだってさ。その中には料理のレシピも混じってて、村の料理はそれを参考にしてるから変わってるそうだ。その中でもアミュックレイという料理は特に変わってて、完成と同時に七色に光るんだぞ」
「七色……食べられるの、それ?」

「食べられるが、味はない」
「はい?」
「よくわからんが、味があるのに味がないのがこの料理の特徴で、宇宙一美味しい料理として名高いとかなんとか伝わってるな」
「宇宙一美味しくないの間違いじゃないかな? というか、なんで神様が料理のレシピを……?」

「妙だと思うかもしれんが、そういう神様もいるってこった。ほらほら、話もそこまでにして、そろそろ行かないと。アデルとフローラと待ち合わせしてるんだろ?」
「そうだった! それじゃ先に行くね。あとで屋台にも顔を出すから」
「おう」
「あ、それとこれ貸してあげるから。お父さんもちゃんと仮装してね」

 
 アスティは髪飾りを俺に放り投げて、元気よく家の外へと出ていった。
 俺は渡された髪飾りに目を落とす。
「うさ耳って……もう俺は四十二だぞ。いい歳したおっさんがバニーの姿で接客ってなぁ」

 と、言いつつも、ウサギ耳のついた髪飾りをつけてみる。
「ふむふむ、我ながら似合わないな。それにしても……」

 鏡に映った飾りから髪へと瞳を移す。
「白髪が増えたな。まだまだ茶色の髪の方が多いが。その髪も若いころよりかはちょっぴり薄くなっているし。でも、残毛率から言ってそう簡単には禿げたりしない……と思う」

 鏡の前で髪の左右を気にして、次に顔を右左。
 顔を近づけて、髭をチェックする。
「髭にも白髪が混じってやがる。目尻にも皺があるし……うわ、肌にしみが。着実に歳を取ってんなぁ――って、え、そんな!?」
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