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第14話 三歳の記憶

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――三歳・夏


 ここレナンセラの夏は王国ガルデシアよりも気温が低く、さらに湿度も低く過ごしやすい。
 とはいえ、なんだかんだで夏であるため、暑いものは暑いし、蒸し暑い日もある。子どもたちの体調には気を配らないといけないな。

 今日はそんな暑い夏を吹き飛ばしつつも満喫するために、カシア・ローレ一家と共に、村そばにある小川へ遊びに来ていた。

 人の手によって作られた土手の階段を降りる。長さは五メートルほど。
 三歳にもなると、アスティたちは一人で階段を昇り降りができるようになっていた。
 だが、昇りはともかく降りるのはまだまだぎごちないので、手をしっかりつないで一緒に降りていく。


 アスティとアデルとフローラの三人は、子ども用の水着姿で小さなバケツやスコップなどを持ち、足首が濡れる程度の川岸でばちゃばちゃと水遊びを始めた。
 その様子をジャレッドとヒースがしっかり見守っている。
 
 一方、俺はというと、カシアとローレと共に木陰となる場所に草のシートを敷いて休憩所の準備。
 それが終えると、俺は焚き木になりそうな小枝を集め、カシアは上下黒の水着姿でアデルたちの元へ向かう。
 ローレはいつもの桃色の挿し色が入ったホワイトロリータの服に、真っ白な帽子と真っ白な長手袋と日焼けしないように完全防備。


 俺は小枝を集めながら、ざっと小川を見回す。
 雑草と茂みに覆われた土手の高さは3~5m。それが、村の目の前を縦断するように流れている。
 この小川は人工的に作られたもので、水源は上流の大きな川。
 そこには水門があり、水量は調節されていて、普段から小川に流れる水量は少ない。
 この小川から村の畑などに水を供給しているのだが……。

(それだけにしては大きすぎる。それになぜ……)

 俺は土手のあちらこちらから微量の魔力を感じ取る。
(魔力を含んだ石――魔石。それも防衛用魔石。起動すれば川の前に魔法の壁が現れて、水門をひらけば、それは城の水堀のようなものになる)


 村の内部にも防衛用魔石が仕込まれ、道は複雑であり伏兵を配置しやすいもの。
 何者かとの戦いを想定した造り。
 これについて村の幾人かに尋ねたが、皆は外界からの攻撃への備えと言い、それに納得している。

 しかし、俺やジャレッドはこれが過剰な防衛装置だと勘づいていた。
 彼とは同じ剣の指導役という役職があり、それを通じて多少なりとも彼の過去に触れることができた。
 彼は傭兵でありながら傭兵団の掟を破り、居場所を失い、ここへ流れ着いたそうだ。
 
 その傭兵団の経験により、この防衛装置が過剰であることに気づいているが、その理由を知っているであろう村長のリンデンに深く尋ねていないそうだ。
 俺も同じくそう。
 
 ただ、ジャレッドの反応から見て、彼が本当にリンデンの真意について知らないかどうかは微妙に感じたが……いや、むしろ知っている側の可能性も。


 気にはなるが、基本的にこの最東端では物事を深く追求しないことが不文律となっているため、強くは聞きづらいし話す気のない人間に話を問うても無駄というもの。
 それにリンデンの様子からして、話す時が来たら話すという雰囲気は感じ取れている。
 ならば、それまで待てばいい。


 焚き木を拾い集めた俺は休憩所のそばにそれを置く。
 その焚き木をローレが纏めて魔法で火を起こし、お湯を沸かし始めた。
 これは川遊びで冷えた体を温めるスープを作るための準備だ。

 ローレからここは自分に任せて、アスティのところに行ってあげてと言われたので、その言葉に甘え、上のシャツを脱いで水着姿になる。
 そして、アスティが如雨露じょうろでアデルの頭に水をかけて遊んでいる場所へと向かった。


「アスティ」
「おとうさん! しゃわー」
「おお、シャワー屋さんかな?」
「うん、そう! アデルをきれいにしてるの」

 そう言って、アスティは黄金の瞳をアデルへ動かす。
 アデルは青い髪に水が伝い、目の近くにしたたり落ちているのに、目をまったく閉じず、黒い瞳をかすかに振るわせて俺を見つめてくる。
 あれは助けを乞うている目だ。

「おじちゃん。うごくとおこられるの」
「あ、そうなんだ……アスティ、アデルはもうキレイだからお父さんをキレイキレイしてくれるか?」
「うん、いいよ!」
 
 俺はアスティのそばで座り込む。
 アスティは如雨露じょうろを川に沈めて水を入れ直し、俺の頭へ線状となった水を浴びせ始めた。
 水を浴びながらアデルに声を掛ける。

「アデルはすごいな。水を浴びても目を開けたままでいられるんだ」
「うん、へいきだよ」
「まだちっちゃいのに勇気があって偉いなぁ」
「そう? えへへ」

 アデルは褒められてうれしかったようで、満面の笑みを見せる。
 すると、シャワーを降り注いでいたアスティがちょっと不満げな声を上げた。
「むぅ、わたしもゆうきがあるよ! め、あけられるもん!!」
「そっか。それじゃ、アスティも勇気があって偉い」
「うん!」

 実のところ、アスティは目の周りが濡れるのが苦手で、お風呂などで頭を洗った後もタオルでしっかり水気を吸い取るまで目を開けることができない。
 俺はくすりと笑い、フローラに顔を動かす。
 フローラは平らな石の上に石を置いて、上下にこすり合わせていた。

「フローラは何をしてるのかな?」
「といでるの。しゅうつがあるから」
「しゅうつ?」


 この疑問の声に、フローラの父であるヒースが答えてきた。
「手術だね。僕がメスを研いでるのを見て、それを真似してるんだよ」
「あ~、なるほど」

 魔族であるヒースの職業は医者であり、外科・内科とどちらもこなすことができる。
 彼の過去についてはまだ詳しくないが、勤めていた場所と意見の相違があり、そこから離れたそうだ。


 俺は懸命に石を研いでいるフローラに顔を戻す。
「それで、何を手術するんだ?」
「これ」
 と言って、指さしたのはずぶ濡れの魚の人形。

「なるほど、この子が患者さんか」
「そうなの。おぼれてかぜをひいたからさっきゅーにしゅうつがひつようなの」
「そうなんだ」

 溺れて風邪をひいてメスを入れられるとは……お魚の人形も大変だな。
 フローラは研ぎ終えた石のメスを見て、ぺろりと下唇をなめる。
 一瞬、ぞっとするが、この子は三歳。真似っ子をしたがる年齢。ということは……。

「ヒース……お前って、メスを研ぎ終えた後、下唇を舐める癖でもあるのか?」
「うっ。それは、まぁ、あるね。どうやら、フローラにしっかり観察されていたみたいだ」
「気を付けた方がいいぞ。悪い癖も真似されるからな」
「ああ、そうだね」

「一応、聞いとくが、さすがに手術の様子を見られたりしてないだろうな?」
「そりゃあ、もちろんだよ。幼い子に見せちゃいけないものだからね」
「それなのに、手術ってのは知ってるんだな」
「みたいだね。だけど、ほら、魚の人形」

 促され、フローラの手術風景を見つめる。実際に刺してはないが、石のメスを動かして、お魚の人形を腹部から開くような仕草を見せていた。
「あれは……料理の捌き方?」
「ローレの料理の様子を見て真似してるんだろうね」
「なるほど、そういうことか」

 どうやらフローラは自分が見聞きした範囲で、両親の真似っ子をしているようだ。


 この後、アスティ・アデル・フローラは水の中で飛び跳ねたり、水をバシャバシャと掛け合ったりして楽しむ。
 二歳のころはまだまだ覚束ない足取りだったが、今ではしっかりと歩けて、飛び跳ねることができるようになった。
 
 太陽が空の真上に来る頃には川遊びを中断し、用意していたスープやサンドイッチを食べて、その後はお昼寝。
 俺もシートの上に寝転び、葉と葉の隙間から零れ落ちる太陽の光を薄目で見つめる。


(アスティにはもっともっと色んなことを経験させてあげたいな。自然にいっぱい触れさせて、その楽しさを教えて……怖さもちゃんと教えてあげないと)

 木漏れ日から瞳を動かして、地面へと向ける。
 蟻たちがサンドイッチのパンかすをせっせと巣へと持ち帰っている様子が見えた。

(虫の名前を教えて、植物の名前を教えて、危険なもの・触れてはいけないものも教えてと。この子のために)

 隣で小さな寝息を立てているアスティの頭を優しくなでる。
(ふふふ、ゆっくり休め。そして起きたら、いっぱい遊ぼうな)
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