私のブルースター

くびのほきょう

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「大丈夫って言いながら無理をするから心配だ」

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私は前フラメル伯爵の娘、アイラ・フラメル。
今日はお父様の4回忌のお墓参りです。お供えするのはお父様とお母様の“求婚の花”ブルースター。ブルースターの花束を見るとお父様から髪飾りを貰った6年前の10歳の誕生日を思い出します。

「お墓参りはいつもブルースターだな」

漆黒の髪を風に靡かせブルースターの花と同じ青い目でこちらを見ているこの青年は、ミルズ伯爵令息ヒューバートです。
タウンハウスが隣で同い年という縁で幼い頃から仲良くしているヒューは、剣術大会で学年一番を取るくらい強く、お父様とお母様のお墓参りの時はいつも私の護衛をすると言い付いてきてくれるのです。
通常、貴族令嬢の外出には護衛が付くものなのですが、両親を亡くし叔父に家督が移った後の私には護衛が付かないのです。

「ブルースターの花束、素敵ね」

そんな私とヒューとの2人が定番だったお墓参りに初めて付いてきたこのご令嬢はバンクス侯爵令嬢リアーナ様。貴族学園の生徒の中で浮いている私に声をかけてくださり、親しくしてくれる不思議な方です。
侯爵家で冷遇されているリアーナ様にも同じく護衛は付いてません。

「ブルースターはお父様とお母様の“求婚の花”なのです」
「まぁ、素敵! アイラのご両親はポロック国とご縁があったのね」

先日の試験も学年で三番を取るくらい優秀なリアーナ様は、隣国ポロックの求婚方法まで知っているようです。
輝くような真紅の髪に、一点の染みもない白い肌、髪よりも明るい赤い瞳は切れ長で形も良く、そんなリアーナ様を見たポロックの男性は皆「真っ赤な薔薇のよう」と例えて求婚するでしょう。平民にありふれた茶色い髪に素朴な顔、青い瞳だけが唯一の取り柄な私には隣に並ぶのも恐れ多い美少女です。
美しいだけではなく学年で三番をとる程勉強ができる上に、最近では私の孤児院の手助けまでしてくれるリアーナ様は非の打ち所のない素晴らしい方です。

そんなリアーナ様に、お墓参りに来て欲しくなかったなんて思っている私の心はなんて醜いのでしょうか。「休日独りは寂しいからお墓参りに同行したいとリアーナ様に頼まれた」とヒューに言われた時、嫌だと断れなかった自分が悪いのに。ヒューと2人きりが良かったと後からうじうじと悩んでいる自分に失望します。

「俺、花瓶の水を替えてくるよ。2人ともここから離れないように」
「お墓の周りの雑草を抜いているから大丈夫よ。リアーナ様はそこのベンチで座って待っていてください」
「私も草抜きするわ。やったことがあるから任せてちょうだい」

ヒューは水場へ行き、私とリアーナ様はお墓の周りの雑草を抜きます。お墓の手入れを放置されるほど使用人を統率できていない家なのだとリアーナ様に知られた事が恥ずかしく、いつもはしないミスをしてしまいました。

「痛っ」
「大丈夫? ノアザミの棘で傷ついたのね。はい、このハンカチ使ってちょうだい」

そう言ってリアーナ様はハンカチを差し出しました。

このハンカチ……

ハンカチを見て固まってしまった私に気づかないリアーナ様は、ノアザミの棘で血を出している私の手にハンカチを巻いてます。ほっそりと綺麗な貴族令嬢の手をしたリアーナ様の手。私も4年前まではこんな手をしていたはずなのに、孤児院の手伝いで荒れてしまった自分の手が恥ずかしい。

「このハンカチ……」
「気にしないで。洗って返してくれたら大丈夫よ。ふふ、このハンカチ元々はヒュー様のものなの。この前ヒュー様の部屋で今度の孤児院のバザーに出す商品を探していた時にね、ヒュー様がこのハンカチもバザーに出すって言ったんだけど素敵なブルースターの刺繍だったから思わず貰っちゃったの」

これは両親の求婚の花がブルースターだと知る前、8歳のヒューの誕生日に私が上げたハンカチです。ヒューの青い瞳と私の青い瞳を4つのブルースターに模して刺繍したのです。

私の血で赤く染まっていく4つの小さいブルースター。

「どうした!」

水の入った花瓶を持ったヒュー様が慌てて戻ってきました。

「アイラが雑草の棘で怪我をしちゃったの。アイラ大丈夫?」
「大丈夫です」

大丈夫ではありません。ヒューの誕生日に上げたこのハンカチ、ヒューはこれをバザーに出そうとしていたのだと、リアーナ様に上げてしまったのだと知った心から血が溢れて止まりません。

「でも泣いているじゃないか。アイラは大丈夫って言いながら無理をするから心配だ」

この涙はあなたのせい、でもそんなことは言えませんね。

「お父様との思い出を思い出してたの。気を抜いてリアーナ様にご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
「迷惑なんてかけられてないわ。アイラ、私はもっと気軽に接して欲しい。私は侯爵令嬢とは言っても実情はそうじゃないのだから」

王家の血を引くリアーナ様に砕けた態度など出来ません。リアーナ様のお母様、バンクス侯爵夫人は現陛下の妹、元王女なのです。

今から6年前リアーナ様が10歳の頃、王太后様が亡くなりました。寂しくなった先王は王太后様にそっくりな娘と孫娘、つまりバンクス侯爵夫人と、リアーナ様の双子の妹エイミー様を、自身が住む王城内の離宮へ度々呼び寄せるようになりました。いつのまにか離宮に居住を移していたバンクス侯爵夫人とエイミー様。そして、リアーナ様のお父様であるバンクス侯爵は王城で仕事をした後に離宮へ通い、侯爵邸には殆ど帰らなくなったそうです。

まるで王妃様や王女殿下よりも権威があるかのように社交界を牛耳るバンクス侯爵夫人とエイミー様とは逆に、リアーナ様とバンクス侯爵の母親である前侯爵夫人は侯爵邸に捨て置かれた者として社交界で侮られるようになりました。1年前に前侯爵夫人が亡くなってからは、満足な使用人もいない中で生活しているのだとリアーナ様から聞いてます。

親に捨て置かれ社交界で侮られていたとしても、王家の血を引く侯爵令嬢には変わりません。特に今の私なんて社交界に残ることすら出来ない、学園を卒業した後はフラメル伯爵家が持つ孤児院の院長になる予定しかない貴族令嬢擬きなのですから。

「努力しますね」
「うん。アイラからもっと仲良くしてくれるのを待ってるわ」

私の思い出のハンカチを汚したリアーナ様が笑ってます。その顔にこのハンカチを投げつけたい。そんなことを思う私は人でなしです。

「傷口を洗った方がいい。水を持ってくるから」

そう言ってヒューはまた水場の方へ走って行ってしまいました。ヒューは相変わらず優しいのです。

ベンチに座りヒューの帰りを待つ間、リアーナ様が王家の開催する夜会について聞いてきました。

「アイラは今度の夜会に参加しないっていうのは本当?」

来週の王家の夜会、隣国ポロックの使者が当初予定していた王弟から第三王子殿下に変更になりました。そのために急遽、第三王子と同年代の若者が追加で招待されたのです。私も年頃の伯爵令嬢なので招待状をいただきましたが、王家の夜会に参加できる程度のドレスを持っていないために欠席のお返事をしたのです。

今まで夜会がある時はヒューのお母様からお声がかかりドレスをお借りしておりました。ですが、今回はお声をかけてもらえなかったのです。
リアーナ様がヒューの私室まで入るほど親しくしていたと知ったことで、その理由がわかりました。

お父様が亡くなった時、不安定な立場になった私のためにとヒューのご両親であるミルズ伯爵夫妻は私たちの婚約を考えてくれたそうです。前ミルズ伯爵が強く反対しているために婚約できなくてごめんなさいと、ヒューのお母様から謝られてから4年経ちました。
今までヒューの婚約者が決まっていなかったために、心の奥でずっと期待してしまっていたヒューとの婚約。諦めないといけない時が来てしまったかもしれません。

「恥ずかしながら、着ていくドレスが無いのです」
「それなら良かった。実はね、私もドレスが無いから行けないってイライアス様にお断りしたのよ。そしたらイライアス様から夜会用のドレスを沢山いただいてしまったの。私の赤い髪よりアイラのブルネットの髪に似合うドレスが余ってるのだけれどそれを着てくれないかしら? アイラは私より小柄だけれどそのドレスなら少しのお直しで大丈夫。私、夜会に参加したことがないから、お友達のアイラが一緒だと心強いの」

イライアス様とは我が国の王太子殿下、リアーナ様とは従兄妹になります。私やヒュー、リアーナ様と同い年で貴族学園の同級生です。

「王太子殿下からリアーナ様へ贈られたドレスを、私なんかが着れません」
「“私なんか”なんて言わないで。アイラはとっても可愛いのだから。それに、もうイライアス様の快諾も得ているの。アイラに断られたらイライアス様にお友達がいないと思われてしまうわ」

入学当初、王太子殿下とその側近候補の方々はエイミー様と仲良くされていました。エイミー様は高貴で麗しい令息グループの紅一点として女生徒の羨望の眼差しを集めていたのです。それから4ヶ月、当初エイミー様がいたその場所には今、リアーナ様がいます。

「……では、ありがたくお借りいたします」
「本当! アイラと一緒に夜会に行くのを楽しみにしているわ」

来週の夜会はバンクス侯爵家でドレスを着せてもらうことになりました。
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