私のブルースター

くびのほきょう

文字の大きさ
上 下
3 / 8

「初めての夜会でエスコートしてもらえるなんて夢のようだわ」

しおりを挟む
リアーナ様と一緒に来た夜会会場広間の入り口、黒い生地に青い飾りがついたコートを着たヒューが立っています。そんなヒューを見たリアーナ様は、笑顔で駆け寄ります。

「リアーナ様、黒いドレスが素敵だね」
「ありがとう。ヒュー様の夜会服もとっても素敵だわ。こんなかっこいいヒュー様に初めての夜会でエスコートしてもらえるなんて夢のようだわ」

笑顔を返すヒュー。でも、あの笑顔は本当は困っている時の顔です。優しいヒューは自分がリアーナ様をエスコートしてしまったら、残る私がどうするのかと考えてくれているのでしょう。私はヒューにエスコートしてもらえると当たり前に考えていたため、まさかリアーナ様がヒューのエスコートを望んでいたなど思いもしませんでしたが、それはヒューも同じだったようです。

リアーナ様は時折、こういった周りが見えない行動を悪気なくすることがあるのです。私はリアーナ様をエスコートしてあげて欲しいと伝わるように、ヒューへ笑顔で頷きました。

「リアーナ様、お手をどうぞ」
「はい! 私、こんな大きな夜会は初めてだから緊張するわ。ヒュー様助けてちょうだいね?」

その悲しい生い立ちを悟らせない、華やかで麗しいリアーナ様と並んでもヒューが見劣りすることはありません。私がヒューの幼馴染として仲良くしていることが許せない、そう言ってくるご令嬢達もリアーナ様には何も言えないでしょう。その優しい内面とは相反し、スッキリとした鋭い眼差しで少し怖い顔に見えるヒューは、ワイルドでかっこいいと一部の女子から熱狂的な人気があるのです。

会場へ入ったあと、しばらくしてヒューとリアーナ様は2人でダンスを踊っています。リアーナ様から借りた青いドレスを着た私はひとり、壁の花になってます。

近くのテーブルでワインを飲む1人の男性が目につきます。周りの方達はその方の間違いを正さず、遠目でクスクスと笑っているのです。普段は消極的な私ですが、思わずその男性に声をかけてしましました。

「すみません。もしかしてポロックの方ですか?」

いきなり話しかけられたその男性は目を白黒としてびっくりしてます。

「は、はい! 僕はポロックから参りました、あのっクライン麻疹の薬の開発に携わってって、えっとその研究者です。すみません! 貴族の夜会なんてポロックでも数えるほどしか出席したことがないので、緊張して、支離滅裂ですね」
「クライン麻疹の特効薬を作った方なんて! すごい! クラインの国民を助けていただいてありがとうございます」

我がクライン国の、その名のつくクライン麻疹とは数年前に猛威をふるった麻疹で、それまでの麻疹の薬が効かないその麻疹は、王太后様や私のお父様を含むたくさんの人たちの命を奪いました。
今日の夜会は我が国より医療が発達している隣国ポロックの研究者の方がクライン麻疹の特効薬を創り出し、その製法を教えてくれたことを祝う夜会です。
そんなクライン国の恩人で、夜会の主役とも取れる方が独りで嘲笑されているなど、あってはいけません。

「いや、僕は平民だし、研究者達の中の下っ端も下っ端だから、僕が創ったとは言えないかな。ってすみません! 言えないです、です」

おそらく、30代の半ばくらいのその男性。焦っているご様子と、ゆるく波打った茶色い髪に黒目がちな丸いタレ目が昔飼っていた犬を思わせとても可愛いのですが、お父様と同じくらいの年の男性を可愛いなんて思ってはいけませんね。

「私はアイラ・フラメルと申します。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「あっすみません。僕、いや、私はケイレブ・ドーマーと言います」
「ドーマー様、気を悪くしないで聞いてくださいね。こちらのワイングラスに付いているこの飾り、グラスマーカーと言いまして飲む際にグラスの脚に付け直すのがクラインでのマナーなのです」

そう、こんな些細なマナー違反でドーマー様のことを笑っていた周りの方々に呆れます。

「これ飲みにくいなって思っていたんです。そういうことだったんですね。不勉強で恥ずかしいです」
「恥ずかしくなんてないです。実は私の母はポロック人なんですが、私の両親の出会いはグラスマーカーを知らなかった母に父が声をかけたのがきっかけだって聞いてます。私の母とお揃いです」
「それは素敵な出会いですね。僕は奥さんがいるからアイラ様のお相手になれなくてとても残念です。って僕なんかが相手になり得るなんて言ったら失礼ですね」
「失礼なんてことありません」

父を亡くし後ろ盾もなく婚約者もいないために他の貴族の方からは相手にもされない私。今日は寂しい夜会になる事を覚悟していたのですが、ドーマー様のおかげでとても楽しく夜会を過ごせました。

私がドーマー様と楽しく話していたその時、リアーナ様はエイミー様に頭からワインを掛けられ、バンクス侯爵夫人に会場を追い出され、追い出された後は月が綺麗に見える中庭でヒューに慰めてもらったのだと、翌日ドレスを返却した時にリアーナ様から教えていただきました。

もしも私がその場にいても何の手助けも出来なかったと思います。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

伯爵令嬢の苦悩

夕鈴
恋愛
伯爵令嬢ライラの婚約者の趣味は婚約破棄だった。 婚約破棄してほしいと願う婚約者を宥めることが面倒になった。10回目の申し出のときに了承することにした。ただ二人の中で婚約破棄の認識の違いがあった・・・。

某国王家の結婚事情

小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。 侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。 王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。 しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

真実の愛<越えられない壁<金

白雪の雫
恋愛
「ラズベリー嬢よ!お前は私と真実の愛で結ばれているシャイン=マスカット男爵令嬢を暴行した!お前のような嫉妬深い女は王太子妃に相応しくない!故にお前との婚約は破棄!及び国外追放とする!!」 王太子にして婚約者であるチャーリー=チョコミントから大広間で婚約破棄された私ことラズベリー=チーズスフレは呆然となった。 この人・・・チーズスフレ家が、王家が王家としての威厳を保てるように金銭面だけではなく生活面と王宮の警備でも援助していた事を知っているのですかね~? しかもシャイン=マスカットという令嬢とは初めて顔を合わせたのですけど。 私達の婚約は国王夫妻がチーズスフレ家に土下座をして頼み込んだのに・・・。 我が家にとってチャーリー王太子との結婚は何の旨味もないですから婚約破棄してもいいですよ? 何と言っても無駄な出費がなくなるのですから。 但し・・・貧乏になってもお二人は真実の愛を貫く事が出来るのでしょうか? 私は遠くでお二人の真実の愛を温かい目で見守る事にします。 戦国時代の公家は生活が困窮していたという話を聞いて思い付きました。 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義です。

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

【完結】冷遇・婚約破棄の上、物扱いで軍人に下賜されたと思ったら、幼馴染に溺愛される生活になりました。

えんとっぷ
恋愛
【恋愛151位!(5/20確認時点)】 アルフレッド王子と婚約してからの間ずっと、冷遇に耐えてきたというのに。 愛人が複数いることも、罵倒されることも、アルフレッド王子がすべき政務をやらされていることも。 何年間も耐えてきたのに__ 「お前のような器量の悪い女が王家に嫁ぐなんて国家の恥も良いところだ。婚約破棄し、この娘と結婚することとする」 アルフレッド王子は新しい愛人の女の腰を寄せ、婚約破棄を告げる。 愛人はアルフレッド王子にしなだれかかって、得意げな顔をしている。

処理中です...