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第3章 火宅之境
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しおりを挟む講義室へ向かう足はどんどん遅くなっていく。
出席日数もあるしそんなに休んでもいられないから、怖くても足を止めることは出来ないが、それでも怖い物は怖いのだ。
案の定室内に入ると、みんなの視線が一斉に自分に向いた。
針の筵状態で胃もキリキリ痛み出すし、視界に入る人全員の一挙手一投足が怖くて怖くて仕方ない。
とにかく目立たないように端の席に座る。
授業さえ始まってしまえば、その間少しは落ち着けるだろう。
それでもたった90分間の授業はあっという間に過ぎていく。
集中していれば気を紛らわせられていたことも、終業のチャイムと共に現実に引き戻されてしまう。
しかも今日はこの後も講義は残っているし、今からお昼休みを挟むから次までそこそこ時間が空くのだ。
それまでどこでどうやって過ごそう。
出来るだけ人のいない場所がいい。
あとついでにお昼を食べられるとこなら助かるんだけど・・・・・・。
教授の号令と共に一目散に室内から出てきたはいいけど、どこに行けばいいのか全く見当がつかなくてほとんど足が進んでいない。
周りの人たちはみんな怖いし、なのにどこに行けばいいのかも分からない。
人の目を気にしすぎて過剰に敏感になっていたところに、いきなり携帯が音を鳴らした。
「ひっっ!!!」
出来るだけ目立たないように息を潜めて端っこの方にいたのにも関わらず、今のでびくっと大きく体が震えて声まで出てしまった。
おかげで更に人の目を集めることになった。
一方携帯が告げた着信は静先輩からだった。
この携帯に入っている連絡先といえば両親と義兄だけのはずで、こんな時間に掛けてくる人など一人もいないはずなのだ。
だから余計にびっくりした。
連絡先なんて静先輩に教えてもらった記憶はないし、ご丁寧に『静先輩♡』と明ら様なネーミングで登録されてる。
というか、この携帯・・・・・・ロックかかってるんだけど。
でも、おかげでガチガチに緊張していた体から少しだけ気が抜けた。
「もしもし、静先輩」
『ああ弥桜。講義終わっただろ? 昨日の喫茶店にいるから、おいで。お昼一緒に食べよ』
直接声を聞いた瞬間、さっきとは比べ物にならないぐらいボロボロと音を立てて心が崩れ始めた。
静先輩と分かれてから2時間足らずでギリギリまですり減っていた心が、もう大丈夫だと安心した。
人もいないから静かだし、お昼も食べられる。
そして、何よりも。
早く、早く、会いたい。
静先輩に会いたい。
「・・・・・・っ。はい。すぐ、行きます。じゃあ、また後でっ」
溢れる涙に気づかれないうちに、さっさと電話を切る。
基本的に僕の取っている講義はそのほとんどが北棟で行われるもので、喫茶店のある西門まではそこそこ距離があるのだ。
だから本当は心細くて仕方ないから、会えるまで電話は繋いで置きたかった。
でもこれ以上静先輩の声を聞いていたらみっともなく涙を溢して絶対に変な奴だと思われる。
それにこれ以上変な姿を見せて更に人の目が向くのは嫌だ。
そんな暇があったら一秒でも早くこんなところからは立ち去ってしまいたい。
静先輩の声を聞いて話したら、行き先が決まった事はもちろんガチガチに固まっていた足も動き出した。
今は兎にも角にもこの場から抜け出したい。
そのためにも、必死に静先輩の元へ足を進めようとした。
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