僕とあなたの地獄-しあわせ-

薔 薇埜(みずたで らの)

文字の大きさ
上 下
46 / 152
第3章 火宅之境

42

しおりを挟む

ぱたんとドアの閉まる音を聞いて、やっとひと段落付いたようにほっとする。

急に家にまで来るとは全く思っていなかったから、母さんの声を聞いた時は本気で焦った。
近隣住民はもちろんだけど、何より今家の中には静先輩がいるのだ。
万が一にでも、僕が今日から発情期だと思っている両親にばれたらどうなるか分かったもんじゃない。

幸いにも玄関からキッチンが見えないことと二人が帰ると言ったこと、そして何よりも静先輩が静かにしていてくれたことで難を逃れたわけである。
いきなりやってきた静先輩のせいだと言えばそれまでだけど、とりあえず今日のところは助かった。

気を取り直して部屋の中へ戻ると、すっかり夕飯の準備は整っていて並べられた食器と共に静先輩が待っていてくれた。
「ご両親か」
「うん。今日連絡しなきゃいけなかったのをすっかり忘れてて。心配して直接確認しに来たんだって」

どうしても両親のことは他人には知られたくない僕だけど、静先輩にはもう話してしまっているし隠す必要はない。
それでもいくら連絡し忘れていたからってその日のうちにしかも直接確認しに来るとか、過保護すぎて僕がΩとか関係なく引かれたりしないかは正直不安ではある。

「大事にしてもらってるんだな」

そんなことを考えていたけれど、返ってきた静先輩の声は引くでもなく本当に優しくて。
全然変だって思ってないことがちゃんとわかったから。
胸がぎゅっと締め付けられるような感じがして、つい視線を逸らしてしまった。

「ほら、座って。食べよう」
「うん。・・・・・・いただきます」
「いただきます」

今夜のメニューはご飯とお豆腐のお味噌汁、野菜炒めと焼き魚というシンプルだが間違いなく美味しいというものだった。

どうしても一人だと適当に済ませることの多い食事で、こんなにしっかりしたものを食べたのはいつぶりだろうか。
「・・・・・・おいしい」
「それはよかった」

特に会話もなく黙々と食べ進める中で、もう少しだけ自分のことを話してみようと口を開いた。

「家を出る時に、発情期の初日は必ず家に連絡することを約束したんです。両親が、ちゃんと家にいることが確認できないと不安だって」
ぽつりと話し始めた僕の言葉を、静先輩は何も言うことなく静かに聞いていてくれる。
「今まで発情期の日にちがずれることなんかなかったから、本当だったら今日からの予定だったんです。だから連絡するのを忘れて。たかがこれだけのことにあんなに心配して」

どうしてもここまでされることに納得できなくて若干嫌悪感すら感じ始めている僕には、理解できなくて両親の向けてくる感情が少し気持ち悪くもあった。
出来るだけ顔や声に出ないように気を付けてはいるが、それもどこまで隠しきれているのか。

静先輩は終始ご飯を食べたままで最後まで口をはさむことなく話を聞いてくれて、僕が全部話し終えると今度は静先輩が手を止めて声を出した。

「弥桜にはそれが納得出来なくても、ご両親はそれだけ弥桜のことを大事に思ってるんだよ。だからたかが、なんて言ってやるな」

両親のことも雅兄のことも大事だから、本当はこんなこと思いたくはないのだ。

それでもどうしてもこんな考え方を変えられない自分がいる。
今まではそれでいいと、疑問にすら思ったことはなかったのだが。

今日一日で自分の今までの考え方を根底から否定するような出来事に向き合って、静先輩といるとこんな自分は嫌だって、何回も思った。
静先輩と話していると、自分が自分じゃなくなっていくようでどんどん苦しくなってくる。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

王冠にかける恋【完結】番外編更新中

毬谷
BL
完結済み・番外編更新中 ◆ 国立天風学園にはこんな噂があった。 『この学園に在籍する生徒は全員オメガである』 もちろん、根も歯もない噂だったが、学園になんら関わりのない国民たちはその噂を疑うことはなかった。 何故そんな噂が出回ったかというと、出入りの業者がこんなことを漏らしたからである。 『生徒たちは、全員首輪をしている』 ◆ 王制がある現代のとある国。 次期国王である第一王子・五鳳院景(ごおういんけい)も通う超エリート校・国立天風学園。 そこの生徒である笠間真加(かさままなか)は、ある日「ハル」という名前しかわからない謎の生徒と出会って…… ◆ オメガバース学園もの 超ロイヤルアルファ×(比較的)普通の男子高校生オメガです。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭

処理中です...