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第3章 火宅之境
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しおりを挟むぱたんとドアの閉まる音を聞いて、やっとひと段落付いたようにほっとする。
急に家にまで来るとは全く思っていなかったから、母さんの声を聞いた時は本気で焦った。
近隣住民はもちろんだけど、何より今家の中には静先輩がいるのだ。
万が一にでも、僕が今日から発情期だと思っている両親にばれたらどうなるか分かったもんじゃない。
幸いにも玄関からキッチンが見えないことと二人が帰ると言ったこと、そして何よりも静先輩が静かにしていてくれたことで難を逃れたわけである。
いきなりやってきた静先輩のせいだと言えばそれまでだけど、とりあえず今日のところは助かった。
気を取り直して部屋の中へ戻ると、すっかり夕飯の準備は整っていて並べられた食器と共に静先輩が待っていてくれた。
「ご両親か」
「うん。今日連絡しなきゃいけなかったのをすっかり忘れてて。心配して直接確認しに来たんだって」
どうしても両親のことは他人には知られたくない僕だけど、静先輩にはもう話してしまっているし隠す必要はない。
それでもいくら連絡し忘れていたからってその日のうちにしかも直接確認しに来るとか、過保護すぎて僕がΩとか関係なく引かれたりしないかは正直不安ではある。
「大事にしてもらってるんだな」
そんなことを考えていたけれど、返ってきた静先輩の声は引くでもなく本当に優しくて。
全然変だって思ってないことがちゃんとわかったから。
胸がぎゅっと締め付けられるような感じがして、つい視線を逸らしてしまった。
「ほら、座って。食べよう」
「うん。・・・・・・いただきます」
「いただきます」
今夜のメニューはご飯とお豆腐のお味噌汁、野菜炒めと焼き魚というシンプルだが間違いなく美味しいというものだった。
どうしても一人だと適当に済ませることの多い食事で、こんなにしっかりしたものを食べたのはいつぶりだろうか。
「・・・・・・おいしい」
「それはよかった」
特に会話もなく黙々と食べ進める中で、もう少しだけ自分のことを話してみようと口を開いた。
「家を出る時に、発情期の初日は必ず家に連絡することを約束したんです。両親が、ちゃんと家にいることが確認できないと不安だって」
ぽつりと話し始めた僕の言葉を、静先輩は何も言うことなく静かに聞いていてくれる。
「今まで発情期の日にちがずれることなんかなかったから、本当だったら今日からの予定だったんです。だから連絡するのを忘れて。たかがこれだけのことにあんなに心配して」
どうしてもここまでされることに納得できなくて若干嫌悪感すら感じ始めている僕には、理解できなくて両親の向けてくる感情が少し気持ち悪くもあった。
出来るだけ顔や声に出ないように気を付けてはいるが、それもどこまで隠しきれているのか。
静先輩は終始ご飯を食べたままで最後まで口を挿むことなく話を聞いてくれて、僕が全部話し終えると今度は静先輩が手を止めて声を出した。
「弥桜にはそれが納得出来なくても、ご両親はそれだけ弥桜のことを大事に思ってるんだよ。だからたかが、なんて言ってやるな」
両親のことも雅兄のことも大事だから、本当はこんなこと思いたくはないのだ。
それでもどうしてもこんな考え方を変えられない自分がいる。
今まではそれでいいと、疑問にすら思ったことはなかったのだが。
今日一日で自分の今までの考え方を根底から否定するような出来事に向き合って、静先輩といるとこんな自分は嫌だって、何回も思った。
静先輩と話していると、自分が自分じゃなくなっていくようでどんどん苦しくなってくる。
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