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【ミキちゃんちのインキュバス2!(第八話)】「嘘も方便!! 秋の味覚と魔界さるかに合戦、オダノブガナ!?」

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 都内S区にあるマンション508号室。小春日和な週末。
「ミキさん、平和ですねぇ……」
「そうね、アラン君……」
 守屋美希・通称ミキちゃんと同居人の淫魔アランが数日前に取り出して床に敷いたホットカーペットの上に仲良く並んでポカポカゴロゴロしていたその時、インターホンが鳴る。
「ヤマネコ便の方みたいですね……はぁい?」
『守屋美佐子様よりお荷物です!!』
「美佐子さんから? 今受け取りまぁす!!」
 インターホンを切ったアランはFAX横のハンコを取って玄関に向かう。

「生鮮食品、生もの注意……何なのかしら?」
 アランに受け取ってもらった実家からの荷物を開封するミキちゃん。
「うわあ、美味しそう!!」
 中に敷かれたプラスチック枠に丁寧に安置されたオレンジ色の果実。
 糖分たっぷりで栄養価も高い日本の秋を代表する味覚にして日本原産の果物・柿を見たミキちゃんは喜びの声を上げる。
「手紙がありますよ」
「あら、ほんとね……何々」
『ミキにアランちゃんとキアラちゃんへ
 先日、パパのクライアントさんで関東近郊県に山と畑をいっばい持っている大地主の樫谷(かしや)さんの税金関係の大仕事があったの。
 それで樫谷さんが費用とは別のお礼で山の畑でたくさんとれた柿を下さったの!!
 そのままでも美味しいけど樫谷さんオススメの柿ジャムやスイーツレシピに猫ちゃんでも食べられる柿レシピを同封するからテレビゲーム大好きな猫ちゃんズに作ってあげてね!!

美佐子ママより』
「おお、これが人間界の最強兵器果実……柿なのか!!」
 手に取ってその実が詰まったパンパンな感触を楽しむアランは喜びの声を上げる。
「最強兵器果実?」
「はい! 人間界とは言え柿がこんなに採取できる土地を占有できるだなんて樫谷さんと言う方は国家宰相クラスの権力者にして名高い猛者を配下に持つ天下布武な大将軍なんでしょうね!! そんな方に依頼されるミキさんのお父様って……本当にすごい方なんですね!!」
「猛者……? 天下布武な大将軍? ごめん、何を言ってるのかわからないわアラン君。
とりあえずおやつでも食べて落ち着きましょ?」
 ミキちゃんは珍しく大興奮のアランを落ち着かせつつ話を聞く。

「ごめんなさい、ミキさん……あまりにも貴重なモノを見てつい興奮しちやって。『さるかに合戦』ってお話ご存知ですよね?」
「ええ知ってるわ。カニさんがウスとハチと栗と共に悪い猿をぺちゃんこにする話でしよ?」
 テーブルに座り、アランと共に皮をむいて8等分した柿の甘味とサクサク感やとろり感を楽しむミキちゃんは答える。
「ええ、それです。あの話は魔界でも有名で、それに憧れた多くの魔界人が人間界で苦心の末入手した柿の種や苗木を栽培しようとしたのですが……ことごとく失敗しているんです」
「へえ、そうなんだ……でもどうして柿にそこまでこだわるの?」
 さるかに合戦と魔界の人々が柿に憧れる理由に接点が見いだせないミキちゃんは聞き返す。
「はい、以前も話しましたけど……魔界の生物は人間界とは比較にならないぐらい狂暴で巨大です。
 カニと呼ばれる甲殻類も例外ではなく、最小クラスの個体種でも人間界の大型トラックサイズはあるんですよ」
 大型トラックサイズのカニ……脳内でビジュアルイメージしてしまったミキちゃんは背中がぞわぞわする。
「いかなる武器も通さない殻、強靭な鋏、水産資源を荒らす大食らいな魔界蟹は漁業に従事する水棲種族の仇敵でどんな手段を使ってでも倒さねばならない存在……そんな彼らにとって果実でありながら蟹を一撃で倒せる『柿』は夢のアイテムそのものなんです!!
 これを魔界で安定生産できるようになれば多くの漁業従事者のみならず多くの魔獣と戦う魔界王立軍の兵器として助けになる事は間違いないんです!!」
(さるかに合戦はとにかくとして……なんか明らかに勘違いしてるわね)
 目を輝かせて未来のビジネスビジョンを語るアランにミキちゃんは真相を告げるべきか迷う。
「僕がルシファー学院生だった時、日本史の先生が面白い雑学王だったんです。
 彼が言うにはオダノブガナと言う日本の戦国大名は自らの居城に大量の柿の木を植えて有事には鉄に負けず劣らずな硬度の投郷兵器として用い、平時には食料として用いていたそうでして……昔の人ってすごいですよね!!」
(いや、その先生が何を読んだかは知らないけど、それは明らかな嘘よアラン君!! それにオダノブガナ? ノブナガじゃないの?)
 日本史専門外のミキちゃんでも分かる大嘘を前にアランの夢を壊してでも現実を突きつけるべきか迷うが、魔界に持ち帰る気満々で大事そうに種を集めてティッシュに包むアランを前に優しい彼女がそんな残酷な事が出来るはずもなかった。

~後日、株式会社サウザンド人事部。平日、昼時~
「茶摘さん、昨日はありがとうね」
 社内のランチスペースでアランが作ってくれた唐揚げ&ポテトサラダのお弁当を食べていたミキちゃんはお向かいでキアラが作って持たせてくれたミニハンバーグ&目玉焼き、デザートの柿がついたお弁当を食べている茶摘に感謝する。
「いえいえ、守屋さんも事前にご連絡ありがとうございます! おかげでキアラから面白い話をたくさん聞けましたので……」
 昨夜アランがキアラにおすそ分けした柿を食べた際、キアラからオダノブガナと柿のエピソードを聞いた茶摘。
 ミキちゃんからメールで事前にその話を聞いており、無粋なツッコミ失言でアランやキアラのみならず魔界の夢を壊してしまう事を回避できた茶摘は上司の心優しき計らいと気遣いに感謝する。
「でも面白いものですよね……あの話をそんな解釈するとは」
「ええ、そうね。うふふ……魔界人って本当に楽しいわ!!」
『大型トラックサイズの蟹』と言う想像するだにグロテスクなネタを敢えて回避しつつ人事部社員の2人はランチタイムを楽しむのであった。

【完】
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