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16巻

16-2

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「その……タクミ様、碧海宮へきかいきゅうへ行ってはもらえませんか?」
「へきかいきゅう?」

 聞き慣れない言葉が登場した。

みどりの海の宮。色合いがこことは少し違う海晶石かいしょうせきの宮に住まう人魚族の集落です」
「え、蒼海宮と同じような宮が他にもあるんですか!?」
「ええ、いくつか海に点在しておりますわよ。しかし、全ての集落と付き合いがあるわけではありませんので、正確にいくつあるかはお答えできませんけどね」
「へぇ~」

 人魚族の集落って他にもあったんだな~。それも何箇所も。

「それで、その碧海宮がどうしたんですか?」
「えっと、その……とても失礼なお願いになってしまうのですが……」

 巫女姫様がとても言い辛そうにしながら、視線を彷徨さまよわせていた。

「嫌だったら断りますから、まずは教えてくれませんか?」
「えっとですね、その……碧海宮のゴミの回収をして欲しいのです!」
「えぇ!?」

 お願いは、まさかのゴミ回収だった。

「その……ゴミはどこの集落でも問題になっておりまして……碧海宮の者と話している時にですね……その……」
「巫女姫様がうっかり、タクミ様に回収してもらったことをらしてしまったのです」
「もう! ガルド! それは黙っていてって言ったわよね!?」
「碧海宮の者は、定期的に情報をやり取りしている者だったのですが、向こうの長にもその話が伝わり、正式にタクミ様に依頼できないかと打診だしんしてきたのです。本当にうちの巫女姫様がすみません」
「ガルド~……」

 巫女姫様のうっかり? が原因だったらしい。
 うっかりと言っても、そのことに関しては僕が黙っていて欲しいとお願いしたわけではないので、うっかりではないだろう。

「ん? あ、でも、ゴミ回収って言っても……」
「内容はここにあったものと変わらないと思いますの」

 ということは、貝殻かいがらやら骨やら、海草やらと……ほぼ何かしらに使えるものばかりだった覚えがある。そして何より、特大サイズの真珠しんじゅが多数あった。本来は稀少きしょうなもののはずなのにな~。

「回収自体は受けることはできるんですが……」
「やはり嫌ですわよね?」
「いえ、嫌ってわけじゃないんですよ」
「あら?」

 以前ここで回収したものも、現状《無限収納インベントリ》に入れっぱなしだったりする。
 なので、ますますお蔵入りの品々が増えるだけなんだよな。
 でも、断るほどの理由にはならない。

「そうですね~。碧海宮自体を見てみたいですし、その依頼は引き受けます」
「まあ! 本当ですか!」

 海晶石でできたこの蒼海宮は綺麗なので、色違いの宮っていうのも興味あるしな。

「はい。――みんなもいいかい?」
「「《《《《》》》》」」
「うむ。我は一緒に行けるなら、どこでも良いぞ」

 今、勝手に決めてしまった形になったが、みんなも了承してくれたので、僕達は碧海宮に行くことにした。


 ◇ ◇ ◇


「また、遊びにいらしてくださいね」
「「うん、またね~」」
「いろいろとありがとうございます」

 一晩ひとばん、蒼海宮でお世話になった僕達は、翌日には碧海宮に向かうことにした。
 しかも、その時には式典用の狩衣ができていて、人魚の腕輪と共に渡された。

《では、行くぞ》
「あ、うん、お願い。でも、安全運転でね」

 最初は普通に泳いで行こうとした僕達だったが、ドラゴンに戻ったカイザーの背に乗って行くことになった。
 そして、案内役兼、碧海宮の人魚族の人への仲介に、蒼海宮の男性二人も一緒に行くことになったのだが……その人達は何故かカイザーの尻尾にからめられるような形だった。
 何でも、僕達以外は背には乗せたくないそうだ。

《――聞いていたのはここら辺だと思うのだが?》

 ということで、カイザーに泳いでもらい、僕達は蒼海宮から西のほう、レギルス帝国の近くにあるという碧海宮付近までやって来た。

「は、はい、もう近くまで来ております」
《ふむ。それなら、ここからは人化して行くとするか》

 碧海宮の近くまで来ると、カイザーは人型になった。まあ、リヴァイアサンの姿のまま人魚族の集落に行くと騒ぎになるだろうからな。

「そういえば、カイザーが初めて蒼海宮に行った時はどうしたんだ?」
「ぬ? それは……ちょっと騒ぎになったが、タクミの知り合いと説明したら何とかなったな」
「……」

 騒ぎにはなったんだな。でもまあ、最終的にはどうにかなったようで良かったよ。

「仕方がないではないか! あの時は服など持っておらんかったからな。さすがに我でも、人は裸のまま行動はせぬと知っておった。だから、不可抗力だったのだ!」
「ああ~、確かにそうだね」
「そうであろう?」
「ん? そういえば、人化する時と戻る時の服ってどうなっているんだ?」

 本来の身体の時は……まあ、裸だろう。
 今回、元の姿に戻った時と、人化した時のカイザーを見ていたが……今、人化した時は普通に服を着ていたよな? 戻った時も服が破れていた……ということはなかった。

「それはこれのお蔭だ!」

 カイザーは嬉しそうに右耳を指した。
 そこにはピアスっぽいものが着けられているが、魔道具かな?

「鑑定してもいい?」
「もちろんだ」

 カイザーの了承を得て、僕が【鑑定】してみると、そのピアスは装備変更の魔道具ということがわかった。

「……装備変更?」
「うむ、これはな、登録してある服を瞬時に着る、もしくは着替えることができる魔道具なのだ!」

 どうやらカイザーは、人化する時に装備変更の魔道具を使用して服を着て、元の姿に戻る時に解除する形で服を脱いでいるようだ。
 しかもこの魔道具は、服の着脱だけでなく、普段の服から戦闘用の服に瞬時しゅんじに着替えるという使い方もできるようだ。

「へぇ~、そんな魔道具あるんだ。それはなかなか便利だな~」

 僕は普段着と戦闘用の装備にほぼ変わりはないが、戦闘によろいを着る人なんかにはとても便利な魔道具だと思う。

「うむ、巣穴でこれを見つけられた時は嬉しかったな。これでもう服を破く心配はないぞ」

 ……少なくとも一回は、服を着たまま元の姿に戻り、服を破いてしまったんだな。

《お兄ちゃん、お兄ちゃん! マジックリングもだけど、この装備変更の魔道具も探そう!》

 ジュールが目をきらきらさせながら、装備変更の魔道具集めを提案してくる。

「ん? 便利な魔道具だとは思うが……そんなに欲しいのか?」
《うん! ボク達も【人化】スキルを覚えるかもしれないでしょう? いざっていう時のために、集めておきたいんだ!》

 ジュールだけではなく、他の契約獣達もしきりにうなずいている。
【人化】スキルの取得方法はわからないが、そういうスキルがあるのはわかっているため、ジュール達はスキル取得をねらっているのだろう。
 そして、取得した時のために今からしっかりと準備をしておきたいようだ。

「了解。迷宮で探すのもだけど、お店とかオークションでも気にしておくよ」
「アレンもさがすー!」
「エレナもがんばるー!」
《うん、お兄ちゃん、アレンとエレナもお願いね!》

 アレンとエレナもジュールに抱き着きながら協力を申し出ていた。
 ジュール達が人化か。そんなことができる未来が訪れたら、今よりももっと楽しいんだろうな~。

「あ、すみません。お待たせしました」

 すっかり話し込んでいて、人魚族の案内人さん達を待たせていた。

「いえいえ、全然問題ありませんよ。カイザー様のお蔭でここにはずいぶんと早く着いておりますからね」
「そうです。横から話を聞いていた形になりますが、装備変更の魔道具の件は巫女姫様にもお伝えして、私どもも気にしておきますね」
「え、それは悪いですよ」
「私どもはタクミ様に大変お世話になっておりますから、これくらいは大したことではありませんよ」
「そうですか? じゃあ、お願いします」
「「お任せください!」」

 装備変更の魔道具って今まで聞いたことがない程度には珍しいものだろうし、簡単には見つからなさそうなので、魔道具探しの人手が増えるのは正直ありがたい。なので、探すのはお願いして、見つけてくれたその対価をしっかり払おうと思う。

「さて、そろそろ行きますか」

 ここからは、蒼海宮の人について行く形でしばらく泳いだ。
 すると、蒼海宮と同じく結界を通り抜けた感覚の後、蒼海宮よりも少し緑がかった水晶のお城が現れた。
 あれが碧海宮だな。違いは色くらいで似たような作りっぽいが、やはり圧倒される。

「「おぉ~、こっちもきれい~」」
《名前の通り、こっちはちょっと緑色っぽいんだね》
《同じ種類の石なのに色が違うなんて不思議ね~》

 子供達はそれぞれ感嘆かんたんの声を上げている。

「ようこそおいでくださいました」

 出迎えてくれたのは、ガルドさんくらいの年配の男性だった。

「タクミと申します。えっと……蒼海宮の巫女姫様の紹介で依頼を受けに来ました」
「碧海宮の長のフィンと申します。このたびはご足労いただきありがとうございます。まずはこちらの宮の巫女姫様にお会いいただいてもよろしいでしょうか?」
「は、はい、お願いします」

 蒼海宮の案内人さん達にはお礼を言ってここで別れ、ここからはフィンさんの案内で、僕達は碧海宮の中へと入った。

「巫女姫様、お連れしました」

 通された先にいたのは、人魚族の女性だった。
 碧海宮の巫女姫様は、蒼海宮の巫女姫様よりも年上、ミレーナさんと同年代くらいの緑色の髪に緑色のひとみだ。

「あなたがタクミ様ですのね! このたびはご依頼を受けていただけるとうかがいました。碧海宮の人魚族を代表してお礼申し上げます。ありがとうございます」
「いえいえ、簡単な依頼でしたからね。早速ですが、依頼を片づけてしまっていいですかね?」
「お疲れではありませんか?」
「問題ありません」
「そうですか。――フィン、案内してあげてちょうだい」
「かしこまりました」

 というわけで、僕は依頼のゴミ回収をさくさく終わらせるため、フィンさんに案内してもらった。

「「しんじゅあるかな~?」」
「ん? 子らよ、しんじゅとは何だ?」
「「ほうせきだよ!」」
「ふむ、人魚族の者は宝石を捨てるのか?」
「カイザー、変な勘違いはしないで! 真珠は人魚族にとっては宝石じゃないんだ。貝殻と同じものなんだけど、丸くてつやのあるものは人族では宝石として扱われるんだよ」

 子供達の説明だとカイザーに変な認識が植えつけられると思い、僕は慌てて説明する。

「貝の殻か? 人はそれを宝石として扱うのか~。それは不思議だ」
「まあ、貝の殻と言われれば微妙な気持ちになるよな~」

 そうこうしているうちに、ゴミ捨て場になっている洞窟どうくつに着いたようだ。

「「あっ!」」

 アレンとエレナが何かに気がついて泳ぎ出した。

「「しんじゅ、あった~」」
「あ~、やっぱりあったようだな」
「「カイザー、これだよ」」

 やはりここにも真珠があったようで、アレンとエレナが真珠をいくつか拾ってくると、カイザーに見せていた。

「これが、しんじゅか。ふむ、透明感はないのだな。だが、よく見ると綺麗な石だな」
「「うん! きれいなの!」」
「ここにも大粒な真珠がごろごろとあるみたいだな~」
「「おみやげがいっぱい!」」
「……まあ、お土産にできるのは小さめのものだけで、大きいものは受け取ってもらえないんだけどな~」

 たくさんあっても使い道がないので、できれば大きいものよりは小さいもののほうがいい。贅沢ぜいたくな話なんだけどな。

「アレン、エレナ、レベッカさんの装飾品を作った真珠の大きさは覚えている?」
「「おぼえてるよー!」」
「じゃあ、その大きさで形の綺麗なものを集めてくれるか? それをお土産にするから」
「「いろはー?」」
「全部白でも、いろんな色でもいいよ」
「「わかったー!」」

 僕達はまず《無限収納インベントリ》にまとめて収納してしまう前に、お土産用の真珠をり分けておく。

「大きいのが結構あるな~」

 残念な? ありがたい? ことに、ゴルフボールサイズの真珠もそこそこ転がっている。
 いっそのこと、大きいものは粉になるまでくだいてしまうか? パールパウダーっていう品もあったよな? ……何に使うか知らないけどな。

「「このくらいでいい?」」
「そうだね。これだけあればいいかな。じゃあ、あとは……――」

 真珠拾いが終わったら、あとはさくっと全部まとめて《無限収納インベントリ》行きに。これで依頼完了だ。
 さらっと回収したものを確認してみたが、薬になる海草や貝殻、細工に使えそうな石や骨などばかりで、本当にゴミになりそうなのはごく一部だった。そのゴミも陸地に戻った時にでもまとめて焼却しょうきゃくしてしまえばそれほど手間なく処分できるだろう。

「これほどあっさり……」
「能力に頼りきった方法ですけどね」

 僕達の様子を見ていたフィンさんが唖然あぜんとしていた。
 時空魔法の適正者は全体数が少ないから、人口の少なめな人魚族の中ではほとんど現れたことがないのかもしれないな。

「これで依頼完了っていうことでよろしいですか?」
「は、はい! あっ! どうしましょう!」
「え、どうかしましたか!?」
「……依頼の報酬ほうしゅうを話し合っておりませんでした」
「あ~……」

 そういえば、〝ゴミ自体が僕達には価値があるもの〟で、それが報酬……と勝手に思い込んでいた。だが、人魚族からしたらそうではないんだよな~。
 とはいえ、一応そのことは伝えておいたほうがいいだろう。

「えっと……報酬は結構ですよ。ここにあったものですが、いろいろと使えるものや売れるものもありますので僕達は充分に利益を得られますから」
「いいえ! やはりそれでは駄目です。こちらにあったものが使えるものだとしても、それとこれは別でございます!」
「えぇ~」

 これはやっぱりさらに報酬を貰わないと収まりそうにない雰囲気かな。

「タクミは仕事をしたのだろう? なら、報酬は受け取るべきではないか?」
「仕事って言ったって、収納しただけだよ?」
「だが、他の者ではできなかったことだろう? それならば、タクミの労働には対価は必要だと思うぞ」
「……」

 しかも、労働とか、対価とか、それこそ他者に一番興味がなさそうであるリヴァイアサンのカイザーにさとされてしまった。

「えっと……巫女姫様のところに戻って無事に終わったことを報告し、まずは休息をお取りになりませんか? そうです、そうしましょう! 報酬については休息後、改めて話し合いをいたしましょう!」
「……そうですね」

 僕が微妙な空気を出していたからか、フィンさんがおろおろした様子で今後の予定を提案してきた。
 なので、僕達は碧海宮へと戻り、巫女姫様に報告をすることにした。

「まあ! もう終わったのですか!?」

 巫女姫様は驚きつつも大変喜んでくれた。

「巫女姫様、タクミ様への報酬を決めていなかったのですが、どうなさいましょうか?」
「何てことでしょう! フィン、どうしましょう」
「とりあえず、タクミ様達には休息してもらい、その間に我々が出すことのできる報酬をいろいろ探しましょう」
「そ、そうね。それでタクミ様が欲しいものを選んでもらえばいいわよね?」

 巫女姫様とフィンさんが報酬になりそうなものを探しに行くことになったので、僕達は応接間でのんびりと休憩することにした。

「お、お待たせしました!」

 ゆっくりとお茶を一杯飲んだくらいの時間で、息を切らせた巫女姫様とフィンさんが戻ってきた。

「えっと、お帰りなさい。そんなに慌てなくても……」
「いいえ! お待たせするのはよくありませんわ! ――さあ、フィン、並べてちょうだい」

 巫女姫様はすぐに、フィンさんに持ってきたものを並べるように言う。
 すると、フィンさんはいろんな魔道具らしきものを僕達の前に並べていく。

「「おぉ~、いっぱいあるね~」」

 だいぶ見慣れてきた人魚の腕輪を始め、いろんなものが並べられた。

「おにぃちゃん、これなーに?」
「カイザー、こっちはー?」

 興味津々きょうみしんしんなアレンとエレナが、【鑑定】ができる僕とカイザーに次々と何の品なのか聞いていく。
 すると、ちょっと気になるものがあった。

「吸血ナイフ?」
「それは名の通り血を吸うナイフになりますわ。正直、わたくし達では使い道がわかりませんので倉庫で眠っていたものになりますが、人族のタクミ様なら使い道があるかと思いお持ちしました」

 間違って指とかを切ってしまったら、血が吸われてしまうんだろうか? そう思うと怖いナイフだな。

「あ、違う?」

 もう一度よくよく【鑑定】してみると、生きている者には作用しないようだ。ということは、死んでいる者に刺すと血を吸うってことか?

「あ! これ、血抜き用のナイフか!」
「「ちぬき?」」
「仕留めた魔物とかを食べるのに解体する時、血を全部抜くだろう?」
「ん? 血を抜く? そのまま食べるが?」

 アレンとエレナに説明したつもりが、カイザーに首をかしげられてしまった。

「……カイザーはそうなんだね。まあ、魚介系は血抜きをあまりしないな。だけど、人は獣系の肉は血を抜いてから解体して食用にするんだよ」

 血も素材になる魔物に使ったらもったいないことになるが、そうでない魔物だったら血抜きにかかる時間が短縮されそうな気がするよ!

「それでは、そちらは使用できるということですのね? では、タクミ様がお持ちになってください。あとはどうです? 使えそうなものはありますでしょうか?」
「ありがたくこのナイフはいただきますが……報酬はこれで、っていうことでいいんですよね?」
「まあ! 違いますわよ。こちらにあるものは全部持って行ってくださって構いませんのよ? もちろん、使えないものまで押しつけるつもりはございませんが、使用できそうなものは遠慮なくどうぞ」
「えぇ!?」

 並べたものの中から一つ好きなものを選んで報酬としてくれるのだと思っていたが、巫女姫様からしたら全部報酬として持って行っても構わないらしい。

「えっと、さすがに全部は悪いので、本当に使えると思ったものだけいただきますね」
「わかりましたわ。でも、遠慮はなさらないでくださいね」
「ありがとうございます」

 というわけで、僕は報酬として吸血ナイフ、それと子供達の強い要望により二種類の魔道具を貰うことにした。


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