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過去編
ある夜
しおりを挟む夜中にふ、と目が覚めて中庭で風に当たろうと歩く。
セレスティアが誂えた庭は美しく、月夜を幻想的に見せてくれる。
今日ひと段落した執務内容も、自然と頭から抜けていく。
やっと心からの安堵のため息が出た気がした。
あまり風にあたっているのも体に障るかと、短い時間で切り上げた。
もう一度眠る前に水を飲もうと、寝室の近くにある水が備蓄されている小さな部屋へと寄る。
「旦那様?」
そこにセレスティアが居た。
夜中に会うのはもう何年振りだろうか。しかもこんなにも気を許した格好で。
彼女は絹の夜着にショールをかけただけの格好だった。
跳ねた心臓を隠して、笑む。
「ああ寝付けなくてね、セレスの庭を見せてもらっていたよ」
「お仕事詰めすぎではございませんか?どうか休んでくださいね…?今ハーブティーを淹れるので、飲まれませんか?」
セレスティアの声を落とした夜の声に、胸に湧きたつ想いに惑う。
僕の返事を待たずに、セレスはハーブティーが入ったカップを手渡してくる。
それを飲んで、香ってくる香りに一瞬で、ふたりの夜が蘇る。
交わりで汗をかいた時、セレスは使用人を呼ばずに手ずから淹れてくれた。
僕の好きなブレンドを、君は今も覚えていてくれたのか。
目の前の君は、僕より年下だと言っても子を3人産み、もうその子らも大きくなった。
笑むと少しできる皺も、細いままだがわずかに下がった胸も。
夜を交わした頃の若さは、流石にもうないというのに。
(…どうして、いつまでもこんなに欲しいんだ)
手を伸ばしかけたその時、チラリと見えてしまったものにギクリと身体が固まった。
「旦那様?」
「…ごちそうさま、セレス。美味しかったよ。…おやすみ」
踵を返して、寝室へと急ぐ。
扉を閉じて、その場に座り込んだ。
セレスティアの胸元に、はっきりと咲いたキスマーク。
(…デイビッドめ、十以上歳上のくせに…元気だな…)
頭の中で、何でもないふりをしても、涙が滲んでいく。
(セレスを愛しい、欲しい、と思う度に性懲りもなく反応する下半身に、気づかれなくてよかった。)
…そう思うのに。
(君が僕を許し、家族としてとても大切に扱ってくれている事は、奇跡だ)
…そう本当に思っているのに。
セレスティアはいつも領主として、夫として、僕を尊重してくれている…。
身体を気遣って、無理をするなと諭して、領民からの理不尽に一緒に悲しむ。
夜会でも僕の傍に居てをフォローしてくれる。
(…でも、ある程度時間が経てば、わざと僕を置いて帰ってしまう)
僕が恋人を作ることを奨めて…くれているのだろう。
(そうして、僕がその人と結婚すると言い出すのを待っているのか?…そうすれば、君を手放すと…?)
ゴンッと拳で床を叩いて、口から息を吐く。
(そんな事をする筈がない。どれほど君が恋人と仲を深めようと。僕が。)
「…僕だけが、君の夫だ」
(君の夫だと、堂々と隣に立ち続ける。)
―――たとえ、君に、”男”として一切見られて居なくとも。
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