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過去編
妻危篤
しおりを挟むそれから、まやかしの夜の営みにのめり込んでいく。
家来に止められても、媚薬の使用を止められない。
あれがないと、彼女に求めてもらえない。
愚かだった。
彼女の朝の絶望の表情を幾度も見過ごして。
セレスは段々と日中に寝ていることが多くなった。
最初は夜が激しすぎるからだろうと思っていた。
母上にセレスの事で何か小言を言われても、適当に聞き流す。少しでも夜の時間を長く取りたいと執務に精を出していた。
だが、変化は徐々に大きくなっていく。
セレスティアは、日中は子ども達と共に過ごす事が常だったのに、昼過ぎの少しの時間しか会えていないという。
ある日の夜、子ども達が中々自分の部屋へ戻ろうとしない。
「きょうは ははうえと ねます」
長男のルイスがセレスに張り付いて離れない。それに倣って下の子も取り囲むように抱きついている。
僕は愚かにも、早く部屋に戻ってくれないとセレスと睦めない、乳母は何をしているのかと少し苛立っていた。
諭してもらえないかと、セレスに視線をやると、彼女の顔が真っ青だった。
「セレス…!?」
「ちちうえ ははうえが…!」
ルイスの声に、セレスティアの額に触れる。
熱があるように思うが、それよりも呼吸があまりにも浅い。
僕は急いで医師を手配する。
そうしてセレスの傍で祈るような気持ちで医師を待った。
◇◆◇◆
セレスは医師の診断を受け、呼吸は少し落ち着いたが、顔色は変わらない。
昔から診てくれている馴染みの医師に呼ばれて、別室で説明を受けるために二人きりになる。
「…坊ちゃん、見損ないましたぞ。酷い薬を常用しましたな…。それだけでない、何か心に大変な負荷がかかる事をしたか、見過ごしたか、…奥様は生きる気力そのものが、なくなっておられるかのようだ。今日、明日にもこの世から離れてしまいそうな状況です。」
「そ、んな……!?」
「妻とは、自分の好きに扱っていい道具ではありません。閨の痕跡も酷いものだ。…坊ちゃん、そこまで動揺するほどに好いているならば、無二のものと理解して、奥様を何よりも大事にしてください、…間に合うのであれば。解毒薬など投与できるものはしております。後は、奥様の気力次第です。」
呆然とその言葉を受けて、医師が帰っても暫く動けなかった。
医師の見送りは母上がしているようだ、ふらつく身体を叱咤してセレスの元へと戻った。
子ども達が、セレスティアから離れないように張り付いている。
彼らの声が聞こえる度に、セレスティアの表情が少し和らぐように見えた。
駆け寄ってこの腕に抱きしめたい。
だが、今、僕がしなければならないことは、もう決まっている。
僕は一通の手紙を出して、そして馬車の用意をさせた。
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