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過去編
最低と最高と③
しおりを挟むセレスティアがいないかを確認しながら、ホールから控室、受付へと足早に進む。
周りは自分の獲物を落とすことに集中して、茶化して来るものもいなかった。
「…妻を呼んでくれ」
受付令嬢へ淡々と話す。
「奥様は帰られました」
「…ここでの定例文句を聞きたい訳ではない。」
睨む僕に、ため息をついて機械仕掛けを解いて返す。
「…奥様は本当に帰られましたよ。少し強引な男性客に追い回されていたところ、こちらの雇いの給仕係に助けられまして。付き添われて先ほど当店の馬車で出発されました。なんでも偶然ご実家の元侍従でいらっしゃったとか…。」
(元侍従と…?)
…セレスティアが帰っている。
それなのに、自分の胸から安堵は湧いてこない。
「では、馬車の手配を。」
「かしこまりました。」
受付令嬢の声を聞いてすぐに、馬車待合へと歩く。
程なく案内された馬車へと乗り込み、家路を急いだ。
馬車の中、香の効果が薄れたのだろう、頭が晴れてきた。
そうして、ようやっと自分がとんでもないミスを犯してしまったのではないかと考え及んだ。
貴族の嗜みだとか、そういう都合の良い言い訳を用いて、彼らが伴侶の不貞を容認しながら、自分も楽しんでいるという風潮を知っていた筈だ。
あの会合にしても、正直あれほどまでに下品な集まりだとは認識できていなかったが、意気投合した相手とはそういう事も行うのだろうと漠然と分かっていた。
だが、それに参加しながらも、自分たちには起こりえない事だと思っていたのも事実だ。
付き合いの長い友人の顔を立てて、夫婦ふたりで穏便に帰るつもりだった。
…セレスティアを他の男に触らせる気など毛頭なかった。…絶対に。
(セレスティア…無事で良かった。謝らなければ。とても恐ろしい想いをしただろう…)
それと同時に、自分が彼女以外に近づかれる事に対して、ここまで嫌悪感を感じるという事も初めて知った。
夜会の席では勿論セレスが隣に居て、他の女性と親密なやり取りをしたことなど無かったので知りようもなかった。
ああ、僕たちは互いとしか触れ合わない夫婦なんだ…
そう思っていた。
〈―――そう驕っていた。〉
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