【完結】死に戻り伯爵の妻への懺悔

日比木 陽

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過去編

強請られたのは①

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先日から消えない焦燥感を抱いて、今日の執務を終わらせる。
手伝ってくれている侍従達に休むように言ってから、報告書を開いた。



◇◆◇◆





あの日、怖い思いをしたであろうセレスティアが馬車から降りた時の表情は、予想だにしない…笑顔だった。


元侍従だろう三十代程の男に、エスコートを受けて、見たことのないほど無邪気な笑顔を向けていたのだ。




「セレスティアッ!」




堪らず馬車から降りて、セレスティアに走り寄る。


「旦那様…」


先ほどの笑顔は見間違いだったのかと思うほどの無表情が自分へと向けられた事を認めたくない。




「…貴方が妻を助けてくださったのですね、感謝致します。」


エスコートされているセレスを僕の腕へと連れ戻す。


「私に敬語など、止して下さいターナー伯爵。…私は雇われている訳でもないので失礼を承知で申しますが、セレスティア様にあのような会合は全く似合いません。…今後は夫婦同伴ではな旦那様だけで参加された方がよろしいかと思います。」


「デイビッド…!」


最近、感情の波が立たない妻が、彼に向ける瑞々しい言葉に、強烈に腹から何かがこみ上げる。
だが、妻は僕の腕に居る。妻に狭量だと思われてはかなわない。抑え込まなければ。




「…そうですね、まさかあの様に下品な集まりだとは思いも寄らず。今後参加することはないでしょう。」


納得のいかない様子の男をその場に残し、侍従に後ほど礼を贈るように指示を出して、何か言いたそうなセレスティアの腰を抱いたまま強引に屋敷へと入った。




◇◆◇◆




どうしても、頭からあの日の笑んだ横顔が消えない。


あの男は、デイビッド・ペレス。セレスティアの実家で侍従を勤めていた。
侍従を辞めてからは、職を転々としている。
あの怪しい会合の会場近くの集合住宅の一室を借りて住んでいる。



報告書を机の上に投げ出して、ため息を吐いた。
あの後、例の会合についても調べた。
セレスティアに強引に迫った輩も調べが付いた。

僕をあの下品な会合に何度も誘った学友だ。

そして自分に迫った夫人についても調べた。以前から僕を狙っていたとの事で、友人を唆した者でもあった。もう今後一切関わらないで済む様脅しの材料を用意してある。


学友とはもう一切の商的取引を絶っておいた。…直に潰れるだろうが、自業自得でしかない。



…あの会場に焚かれていた香の正体は媚薬。


判断力を鈍らせ、性的興奮を高めるためのものだった。
調べればすぐに出てくるような情報を調べもせずに、実に浅はかだった。


今後セレスティアを参加させるようなものは下調べを入念にしなければ。


全ての報告書を皮のスリーブケースに挟んで、引き出しに仕舞った。

セレスティアの寝室へと向かうため、扉を開ける。


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