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二章〜本番〜

十一

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 審判がピストルをかまえる。皆が固唾を呑んで見守るなか、渇いた破裂音で紅白二つの影が走りだす。両チームからの鋭い声援が響き渡り、選手である俺達も声を上げる。

 第一走者はどちらも同じスピードで先頭を競う。第二走者にバトンが渡ると、紅組が追い越して先を急いだ。組の観衆が湧くなか、次の第三走者では白が紅を抜いた。反対に白組の声が大きくなる。

 スピーカーからの地獄と天国だかの曲は聞こえない、すべて声援によって塗りつぶされる。

 両者先頭を譲らずに接戦の走りを見せる。たった一歩だけの距離を保って先頭が走るので、すぐに追い越し追い越せの状況になるのだ。

 中盤で青柳が走っているのをみた。頭脳明晰だけではない、運動神経もずば抜けている。正しい走法で紅組に少しだけ差を残し、次の走者にバトンを渡した。

 後半戦になって、俺の順番もあと少しだ。左足が痛んで立ちたくないと訴えてくる。それでも、顔を歪めながら口元をつり上げて笑う。これくらいの痛みがあったほうが、追い詰められてちょうどいい。痛い、だが走りたい。渉に、バトンを渡したい。

 痛みに舌打ちだけをしておいて、そうして俺の番がやってくる。立ち上がると足首が案の定痛んだが、それでもコースに並んで次の走者が来るのを待った。白組が先を行っている。隣に並んだ白の走者が先にバトンを手にして走り出した。それを眼だけで追って、すぐに駆け込んできた紅の走者からバトンを受け取って、走る。

 頭がすっきりしているせいか、もう走ることしか考えられない。アドレナリンが出ているので、足の痛みは感じなくなった。辺りが急に静かになって、足を上げ前に出すだけに没頭する。目を前方に据えて、息を大きく吐いてから止めて一気に走りだす。前を走る走者との距離は縮まらないが、これ以上離れないように必死に走る。

 息が苦しくなって吐き出したと同時に、左足が痛んで息がまた止まる。倒れそうになった体を立てなおし、せめて転ばないように両腕を大きく振った。それでも、先頭に少しだけ先をいかれてしまった。歯を食いしばってラストスパートをかける。

 目の前に、白い頭の男がいる。渉は俺の順番が変わったことを、馬鹿にしているだろうか、驚いているだろうか。顔が良く見える。しかし、いつもの無表情だ。わかんねぇ。

 彼の隣に立っていた白組アンカーの司がバトンを受取り、先に走りだしのが見えた。俺も左手に持っていたバトンを前に出す。渉の右手が横に出される。バトンパスの合図なんて決めていない。舌が、叫びたい言葉を絞り出した。

「渉っ……!!」

 彼が俺を見つめる。視線が混ざり合うと同時に、相手がにやりと笑った。そしてバトンが相手の右手にすいこまれる。掌の感触、渉がバトンを握った力強さに腕を離した。それでも視線が逸らせない。渉、渉、渉、お前に触れたくしょうがない。お前のこと好きだから、ごめん、ごめん……。

 彼の右手が俺の左手指を舐めた。相手が笑い、口元が動く。

「勝ってくる」

 相手の白髪が風になびいて、白い獣が走りだす。まるで白い風だ。風が目の前を吹きすぎていった。

 俺は係員に注意されて、急いで走り終わったチームの列に並んだ。しかし、渉の走りを見つめたままだ。皆どちらが勝つかを見つめていた。

 あいつが速い、あっという間に司に追いつく。

 ゴールまであと数メートル。そのとき両者が並んだ。誰もが息を呑む。並んで、ゴールの白いテープを切った。
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