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略奪者
八
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「真也?」
眼を覚ました真夜が眠そうにこちらを見上げている。ノートを押し入れに投げ入れて、膝を折って座った。
「真夜。良く聞いてくれ」
「何だよ改まって」
「慎司は、本当に危険だ」
「……またその話?」
「しつこくてすまないが、本当なんだ」
面倒とばかりに肩を竦めている。だがこれだけはどうしても言わなくてはならないのだ。
「高校の時、お前が事件を起こしたと言っていたことがあっただろう」
真夜の肩が分かりやすく跳ねた。
「あれはお前のせいじゃない。慎司だ」
「……何言ってんの……俺だって」
「違う。お前はあの日、頭を怪我して帰ってきただけだった。重症を負った被害者の男たちは、酷いけがだけでなく首を切られていたやつもいた。普通なら返り血を浴びるだろ」
真夜は何度も口を開いては閉じる。自分でも言葉を探しているが見つからないのだ。
「真夜が帰ってくるまでに、慎司が帰って来たんだ。俺はたまたま廊下ですれ違ったけど、生臭い、血の匂いがした。それに兄さんの腕には大きな袋が抱えられていたんだ。わかるだろう?」
「う、うん……」
躊躇いながらも頷いてくれる。なんて従順なんだろう!……同時にどうしてこんなに人を疑えないのだろう。
「だから俺と家を出よう。きっと幸せにしてやれる……あんな店で太った男に抱かれていた過去なんか、忘れられるさ」
そういって抱きしめようと腕を伸ばした。しかし真夜は、やや後退して手から逃れようとする。
「どうした?」
気のせいか顔色が良くない。やはり何度も性交したから辛いのだ。これからは数を減らして、毎日すればいいだけの話。
「今の、どういうこと?」
「慎司の話か?」
「違う……俺が……どうして風俗で、太った男とヤったこと知っているの?」
伸ばした手を引っ込めて、ズボンのポケットに入れた。ポケットのなかの工具を握りしめ、感触を確かめる。
「知っているのは、慎司兄さんだけのはずだ。あの場にいたし……俺をあの店に連れていったのも、慎司兄さんだった。……どういうこと……?」
今にも倒れそうなほど酷い顔色をしている。
「真夜……変なことを言うなぁ……どんな男に抱かれていたか、俺が知るはずもないだろ。昨日初めて知ったんだから」
「……お、おれ、部屋に戻る」
足を引きずって歩き出す彼を、片足で引っ掻けて転ばせた。簡単にあっけなく転んだ真夜の腰を掴んでやる。丸く柔らかな双丘を撫でまわした。
「怖いのか。怖いんだろう。慎司は何を考えているか分からないからな。俺はあいつほど知略家でもないし、お前にうまく愛を伝えられなかった。そりゃ悲しかったよ。お前があんな汚い店で、あんな汚い男に突っ込まれてあんあん喘いでいたら、絶望もするだろう」
真夜の顎を掴んで後ろを向かせる。絡み合った視線は外せない。
「……嘘だよ……。本当は知っていた。だってあの店は俺の行きつけだったから」
大きな目が見開かれていく。今にも零れてしまいそうだ。
「俺が通っているって知っていたから慎司はお前を連れていったんだ。嫌なやつだよ。本当に」
「あ、う」
「そっちじゃない?ああ、あの男たちの始末か?確かに慎司が全部やったよ。俺はただ、通報しただけだ。うっかり足が悪さをしていたかもしれないけど、どうでもいいだろう?可愛いお前が無事だったんだから」
「あんた、俺の知っている真也じゃない……!」
胸を掴まれて突き放された。思わずよろめいているうちに、真夜が扉を開けてもの凄い勢いで階段を駆け下りていく。追いかけようと部屋を出た瞬間、横っ面を拳で殴りつけられた。
「何逃がしてんだよ、クソが」
拳を握った慎司が心底呆れて真也を睨んでいる。
「途中までうまくいっていたんだけどな。お前が邪魔したんだ。そしたら最初から成功していたさ」
押し入れを指差してやる。手品の種明かしをされたように慎司は唇を尖らせた。
「大方、真夜にあれを見せるつもりだったんだろう。残念だな、俺に見つかって」
「腹黒い男。や~な奴」
ちらと彼は、部屋に残る真之介をみやった。震える指でベビーカステラを拾う姿は、壊れかけている兄弟を必死に直そうとしているみたいでおかしい。
「真之介。怒ってる?」
空気を読むことなく、慎司が声を出す。彼はその名の通り視線を彷徨わせていた。
「怒ってなんかいないよ。……ただ、何なの、この兄たち。なんでそんなに真夜を虐めるんだよ」
「分かってないなぁ……俺のだよ、あの可愛い弟は。他の誰かに依存していなくちゃ生きていけない、可愛い弟ちゃんは」
「それって、愛なの?」
慎司と真也は鋭く睨みあった。互いに、互いの愛の形が大きく異なると理解している。
「愛だよ。俺は俺なりの愛し方してんの。真之介はわかってないねぇ~」
真也の脇をすり抜けて押し入れから新聞記事とノートを取り出し、真之介の前に投げ出した。ノートが手にあたって、ベビーカステラを取り落してしまった。
「これ。真之介のでしょ」
分かりやすく顔色が変わっていく様子が、まるでリトマス試験紙のようだ。必死になってノートと新聞を掻き抱いている。
「残念だね。でも実行しないほうがいいよ、妄想日記」
普通だ普通だと豪語しているくせにざまぁない。だが真之介はまだ真人間だろう。隠して守り続けた片思い。許せる範囲だ。
赦せないのは……。先ほどまでの落ち込みはどこへやら。堂々とした兄である。
眼を覚ました真夜が眠そうにこちらを見上げている。ノートを押し入れに投げ入れて、膝を折って座った。
「真夜。良く聞いてくれ」
「何だよ改まって」
「慎司は、本当に危険だ」
「……またその話?」
「しつこくてすまないが、本当なんだ」
面倒とばかりに肩を竦めている。だがこれだけはどうしても言わなくてはならないのだ。
「高校の時、お前が事件を起こしたと言っていたことがあっただろう」
真夜の肩が分かりやすく跳ねた。
「あれはお前のせいじゃない。慎司だ」
「……何言ってんの……俺だって」
「違う。お前はあの日、頭を怪我して帰ってきただけだった。重症を負った被害者の男たちは、酷いけがだけでなく首を切られていたやつもいた。普通なら返り血を浴びるだろ」
真夜は何度も口を開いては閉じる。自分でも言葉を探しているが見つからないのだ。
「真夜が帰ってくるまでに、慎司が帰って来たんだ。俺はたまたま廊下ですれ違ったけど、生臭い、血の匂いがした。それに兄さんの腕には大きな袋が抱えられていたんだ。わかるだろう?」
「う、うん……」
躊躇いながらも頷いてくれる。なんて従順なんだろう!……同時にどうしてこんなに人を疑えないのだろう。
「だから俺と家を出よう。きっと幸せにしてやれる……あんな店で太った男に抱かれていた過去なんか、忘れられるさ」
そういって抱きしめようと腕を伸ばした。しかし真夜は、やや後退して手から逃れようとする。
「どうした?」
気のせいか顔色が良くない。やはり何度も性交したから辛いのだ。これからは数を減らして、毎日すればいいだけの話。
「今の、どういうこと?」
「慎司の話か?」
「違う……俺が……どうして風俗で、太った男とヤったこと知っているの?」
伸ばした手を引っ込めて、ズボンのポケットに入れた。ポケットのなかの工具を握りしめ、感触を確かめる。
「知っているのは、慎司兄さんだけのはずだ。あの場にいたし……俺をあの店に連れていったのも、慎司兄さんだった。……どういうこと……?」
今にも倒れそうなほど酷い顔色をしている。
「真夜……変なことを言うなぁ……どんな男に抱かれていたか、俺が知るはずもないだろ。昨日初めて知ったんだから」
「……お、おれ、部屋に戻る」
足を引きずって歩き出す彼を、片足で引っ掻けて転ばせた。簡単にあっけなく転んだ真夜の腰を掴んでやる。丸く柔らかな双丘を撫でまわした。
「怖いのか。怖いんだろう。慎司は何を考えているか分からないからな。俺はあいつほど知略家でもないし、お前にうまく愛を伝えられなかった。そりゃ悲しかったよ。お前があんな汚い店で、あんな汚い男に突っ込まれてあんあん喘いでいたら、絶望もするだろう」
真夜の顎を掴んで後ろを向かせる。絡み合った視線は外せない。
「……嘘だよ……。本当は知っていた。だってあの店は俺の行きつけだったから」
大きな目が見開かれていく。今にも零れてしまいそうだ。
「俺が通っているって知っていたから慎司はお前を連れていったんだ。嫌なやつだよ。本当に」
「あ、う」
「そっちじゃない?ああ、あの男たちの始末か?確かに慎司が全部やったよ。俺はただ、通報しただけだ。うっかり足が悪さをしていたかもしれないけど、どうでもいいだろう?可愛いお前が無事だったんだから」
「あんた、俺の知っている真也じゃない……!」
胸を掴まれて突き放された。思わずよろめいているうちに、真夜が扉を開けてもの凄い勢いで階段を駆け下りていく。追いかけようと部屋を出た瞬間、横っ面を拳で殴りつけられた。
「何逃がしてんだよ、クソが」
拳を握った慎司が心底呆れて真也を睨んでいる。
「途中までうまくいっていたんだけどな。お前が邪魔したんだ。そしたら最初から成功していたさ」
押し入れを指差してやる。手品の種明かしをされたように慎司は唇を尖らせた。
「大方、真夜にあれを見せるつもりだったんだろう。残念だな、俺に見つかって」
「腹黒い男。や~な奴」
ちらと彼は、部屋に残る真之介をみやった。震える指でベビーカステラを拾う姿は、壊れかけている兄弟を必死に直そうとしているみたいでおかしい。
「真之介。怒ってる?」
空気を読むことなく、慎司が声を出す。彼はその名の通り視線を彷徨わせていた。
「怒ってなんかいないよ。……ただ、何なの、この兄たち。なんでそんなに真夜を虐めるんだよ」
「分かってないなぁ……俺のだよ、あの可愛い弟は。他の誰かに依存していなくちゃ生きていけない、可愛い弟ちゃんは」
「それって、愛なの?」
慎司と真也は鋭く睨みあった。互いに、互いの愛の形が大きく異なると理解している。
「愛だよ。俺は俺なりの愛し方してんの。真之介はわかってないねぇ~」
真也の脇をすり抜けて押し入れから新聞記事とノートを取り出し、真之介の前に投げ出した。ノートが手にあたって、ベビーカステラを取り落してしまった。
「これ。真之介のでしょ」
分かりやすく顔色が変わっていく様子が、まるでリトマス試験紙のようだ。必死になってノートと新聞を掻き抱いている。
「残念だね。でも実行しないほうがいいよ、妄想日記」
普通だ普通だと豪語しているくせにざまぁない。だが真之介はまだ真人間だろう。隠して守り続けた片思い。許せる範囲だ。
赦せないのは……。先ほどまでの落ち込みはどこへやら。堂々とした兄である。
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