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日常とすれ違い
六(※)
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「どうしたんだ。顔色悪いぞ」
真夜は顔をしかめて、目をそらす。
「うるせぇ、クソ野郎。どっかいけよ」
兄弟のなかで最も苦手な男、ナルシストだが実は気の優しい次男の真也が支えている。脳がぐらぐらとかき混ぜられるように痛い。今にも吐きそう。気分が悪い。
昨夜。寝るのが遅かったのに、さっきもセックスなんかしたからろくに休めていないのだ。冷や汗がじわじわと背中にあふれ出し、息も小刻みになる。
「真夜……おい、まよ」
うるさい。そう答えかけた声が出ずに意識が遠のいていく。抱きしめられた腕の温かさが穢れを知らないみたいで、無性に腹が立った。
貧血を起こした真夜を抱えて、休む場所を探す真也。しかし監視する目があることを、この時二人は知らない。
パチンコ店の自動ドアの前に立ち尽くすその男に、店から出てきた男が当たりそうになる。
舌打ちした瞬間。男が振り向いて、何のモーションも無く頬を殴りつけた。男の体は店に倒れ込み、パチンコ店の店員が悲鳴を上げる。
「俺だけの弟なんだから、黙ってろよ。あのクソ野郎。本当に邪魔だな」
そうつぶやいた言葉の意味を、ここにいる誰も知ることはない。
慎司が纏う陰鬱な空気に押されて、店員も客も圧倒している。対する彼は興味なく踵を返した。パチンコ店に入るのを止めて、別方向に歩き出す。
興が削がれた。高揚していた心地が萎れ、花のように首を傾けていく。
昔から慎司にとって次男の真也は近くて、とてつもなく邪魔な存在だった。他の兄弟はみんな、慎司から近いようで遠い。その上、普段から被っている仮面の存在に全く気付いていない。能天気で、人より怠け者の長男。それが「仮面」だった。
だが次男の真也は違う。口でどんなに恰好をつけていても、兄弟から目障りだと思われていても。実は真也ほど人を見ている男は居ない。
近い存在だからこそ、彼は慎司の仮面の下の顔を良く知っている。恐らく、真夜との性交のことも彼は知っている。知っていて口を閉ざしているのは、影響を出さないためだ。そういう偽善者じみた行動が苛立たせる。
道なりに立ち並ぶ雑居ビルの間に挟まれた、小さなコンビニエンスストアに入っていった。入り口のすぐ近くにある雑誌コーナーを覗きながら、成人向けのコーナーで足を止める。
傍らで週刊マンガを読んでいた、いかにも真面目くさいスーツ姿の会社員が肩をびくつかせる。
ミニスカートを太腿までたくし上げて大股を広げ、恍惚と嗤う女が表紙を飾る雑誌を手に取った。一枚一枚とページをめくっていくたびに、写真と煽り文句が過激になる。それでも慎司の股間は、興奮しない。
「あんたさ、どういう女が好み?」
傍らの会社員に聞こえるだけの小さな声で呟く。言葉の意味をすぐさま飲み込んで、男は目を白黒させている。
写真はフリルシャツを着た女がスカートをたくし上げ、黒いガーターベルトを外そうとしているシーンに変わる。「夕暮れ時の人妻の欲求」と掲げられたタイトル通り、女の指には銀色の輝き。
「年上?年下?」
窓ガラス越しに男を観察した。男の顔は見る間に赤くなっていく。小さく震えているのが傍らから感じられる。
「俺は年下が好き。甘ったるい声でさ、甘えながらでかい胸でちんこ挟んでくれんの。たまんねぇよ?年上はどこか生意気だけど、やっぱりいいよな、年下」
男は黙している。回答など望んでいないので、構わない。
「俺の最初の風俗経験なんだけど、スゲー年増でさー……胸はおっきいけど、あんまり締り良くなくって。けど眼だけ若くて、ぬるぬるでぎらぎらさせてて、気持ち悪く感じてさー……それから年上は嫌いになっちゃった」
雑誌のなかで、女が下着を脱ぎ始める。薄い陰毛に隠された陰唇を指で開いて、口元を歪めている。紅色で厚みを持った陰唇が、初めての女を思い起こさせた。
「いろんな女とヤッてきたけど。一番いいものは身近にあるんだよ」
男と目が合う。彼の瞳は、涙で濡れて潤んでいた。
「だけど壊したくないから、手を出さない。大事にしたいって言い訳しながら、突っ込んで腰を揺らす。男は卑怯だよね……」
雑誌を閉じて男の胸元に押し付けた。彼の肩が大げさに跳ねあがる。耳たぶに口を寄せて、吐息を混ぜて囁いた。
「女より男がいいよ。コレ本当」
新しい客の来訪を知らせて、軽快なメロディが店内に鳴り響く。
真夜は顔をしかめて、目をそらす。
「うるせぇ、クソ野郎。どっかいけよ」
兄弟のなかで最も苦手な男、ナルシストだが実は気の優しい次男の真也が支えている。脳がぐらぐらとかき混ぜられるように痛い。今にも吐きそう。気分が悪い。
昨夜。寝るのが遅かったのに、さっきもセックスなんかしたからろくに休めていないのだ。冷や汗がじわじわと背中にあふれ出し、息も小刻みになる。
「真夜……おい、まよ」
うるさい。そう答えかけた声が出ずに意識が遠のいていく。抱きしめられた腕の温かさが穢れを知らないみたいで、無性に腹が立った。
貧血を起こした真夜を抱えて、休む場所を探す真也。しかし監視する目があることを、この時二人は知らない。
パチンコ店の自動ドアの前に立ち尽くすその男に、店から出てきた男が当たりそうになる。
舌打ちした瞬間。男が振り向いて、何のモーションも無く頬を殴りつけた。男の体は店に倒れ込み、パチンコ店の店員が悲鳴を上げる。
「俺だけの弟なんだから、黙ってろよ。あのクソ野郎。本当に邪魔だな」
そうつぶやいた言葉の意味を、ここにいる誰も知ることはない。
慎司が纏う陰鬱な空気に押されて、店員も客も圧倒している。対する彼は興味なく踵を返した。パチンコ店に入るのを止めて、別方向に歩き出す。
興が削がれた。高揚していた心地が萎れ、花のように首を傾けていく。
昔から慎司にとって次男の真也は近くて、とてつもなく邪魔な存在だった。他の兄弟はみんな、慎司から近いようで遠い。その上、普段から被っている仮面の存在に全く気付いていない。能天気で、人より怠け者の長男。それが「仮面」だった。
だが次男の真也は違う。口でどんなに恰好をつけていても、兄弟から目障りだと思われていても。実は真也ほど人を見ている男は居ない。
近い存在だからこそ、彼は慎司の仮面の下の顔を良く知っている。恐らく、真夜との性交のことも彼は知っている。知っていて口を閉ざしているのは、影響を出さないためだ。そういう偽善者じみた行動が苛立たせる。
道なりに立ち並ぶ雑居ビルの間に挟まれた、小さなコンビニエンスストアに入っていった。入り口のすぐ近くにある雑誌コーナーを覗きながら、成人向けのコーナーで足を止める。
傍らで週刊マンガを読んでいた、いかにも真面目くさいスーツ姿の会社員が肩をびくつかせる。
ミニスカートを太腿までたくし上げて大股を広げ、恍惚と嗤う女が表紙を飾る雑誌を手に取った。一枚一枚とページをめくっていくたびに、写真と煽り文句が過激になる。それでも慎司の股間は、興奮しない。
「あんたさ、どういう女が好み?」
傍らの会社員に聞こえるだけの小さな声で呟く。言葉の意味をすぐさま飲み込んで、男は目を白黒させている。
写真はフリルシャツを着た女がスカートをたくし上げ、黒いガーターベルトを外そうとしているシーンに変わる。「夕暮れ時の人妻の欲求」と掲げられたタイトル通り、女の指には銀色の輝き。
「年上?年下?」
窓ガラス越しに男を観察した。男の顔は見る間に赤くなっていく。小さく震えているのが傍らから感じられる。
「俺は年下が好き。甘ったるい声でさ、甘えながらでかい胸でちんこ挟んでくれんの。たまんねぇよ?年上はどこか生意気だけど、やっぱりいいよな、年下」
男は黙している。回答など望んでいないので、構わない。
「俺の最初の風俗経験なんだけど、スゲー年増でさー……胸はおっきいけど、あんまり締り良くなくって。けど眼だけ若くて、ぬるぬるでぎらぎらさせてて、気持ち悪く感じてさー……それから年上は嫌いになっちゃった」
雑誌のなかで、女が下着を脱ぎ始める。薄い陰毛に隠された陰唇を指で開いて、口元を歪めている。紅色で厚みを持った陰唇が、初めての女を思い起こさせた。
「いろんな女とヤッてきたけど。一番いいものは身近にあるんだよ」
男と目が合う。彼の瞳は、涙で濡れて潤んでいた。
「だけど壊したくないから、手を出さない。大事にしたいって言い訳しながら、突っ込んで腰を揺らす。男は卑怯だよね……」
雑誌を閉じて男の胸元に押し付けた。彼の肩が大げさに跳ねあがる。耳たぶに口を寄せて、吐息を混ぜて囁いた。
「女より男がいいよ。コレ本当」
新しい客の来訪を知らせて、軽快なメロディが店内に鳴り響く。
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