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#11 胃袋ごと愛して
11-3 胃袋ごと愛して
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大地だけは、病人を寮に受け入れたことを許していないらしい。
いつしか関係者通路で繰り広げられた因縁のせいなのだろう。
「姉さん……!こんなクソ出禁野郎を泊めるって言うのかよ!?」
「何ば言いよっと、大地!!」
九州女子はヤクザも蹴散らす勢いで、ピシャリとリーダーを窘めた。
「紫音の握手券ば買い占めてくれた恩人に向かって、何て口の利き方ね!」
「……ッ!」
勢いよく啖呵を切ったものの、大地は後退ってしまう。
姉はパーカーのフードを掴んで、今度こそ出口の方へ向かっていく。ろくに仕事をしない事務所代表に代わってグループの面倒を見ている彼女こそ、メンバーの誰もが逆らえない女帝だった。
「ギャーギャー騒いで、直矢さんのお身体に障るやろ!アンタこそ出禁たい!」
「畜生……覚えてろよ、オッサン!」
去り際になって、姉は思い出したように来客に向かって一礼した。
「どうもウチの馬鹿が申し訳ありませんでした……ホホ」
嵐のような応酬の後、一瞬の沈黙が訪れる。
紫音が辟易していると、朗らかな笑みが溢れた。
「ふっ……君のお姉さんは逞しい方だね」
耳に心地良い、優しい声色。
そして、少年のようなあどけない表情に、紫音の胸は高鳴った。
「僕と違って……すごくしっかり者なんです。助けられてばかりで」
「良いじゃないか。大切に想われている証拠だ」
隙のない、完璧な造形には見惚れるしかない。
洗練された美貌は、初めて会った夜と変わらなかった。会場の誰よりもエレガントな紫色がふさわしい、成熟した男性。
紫音が艶やかな夜の記憶に浸っていると、切れ長の双眸は穏やかに細められる。
「お粥を作ってくれたんだろう?冷めないうちに頂こう」
「あ……はい!今持ってきますね!」
階段を下りると、櫂人が不安げな表情で駆け寄ってきた。握手会全体が一時中断となったため、大地を除くメンバー全員に心配をかけてしまった。
それにも関わらず、三人は協力的にフォローしてくれたのだ。最初は彼に対して懐疑的だった彼らも、仲間に新しく出来た太客とわかってから態度を和らげた。
「コンサル男は大丈夫なのか?」
「うん。今はだいぶ顔色も良くなったよ」
「一安心だね。付け合わせに塩昆布を持っていくといいよ」
奏多はお粥作りの監督を申し出てくれただけでなく、自家製の塩昆布を出してくれた。佑真も気を利かせて、コンビニで客人用のボディタオルを買ってきた。
「後で一緒にお風呂に入るよね?これで背中を流してあげて」
しかし、それを受け取った紫音は思わず赤面してしまう。
救急搬送された事実を持ってしても、入浴の介助は必須だった。付きっきりの看病なら。当然の範疇だ。
トレイを持つ手は緊張で強張る。
見かねた櫂人が、リラックスさせるための助言を添えた。一人でだんまりを決め込んだ大地は、隅のソファでスマホを弄っていた。
「彼は猫舌かもしれない。ふうふうして差し上げろ」
そのアドバイスに従って、紫音は一口ずつ冷ましながら口元に運んだ。
自然と頬が綻ぶのを見ると、自分の心まで温かくなっていくのがわかった。
「レトルトよりも断然、手作りの方が美味しいな」
「そんな大げさですよ。ただお湯でのばしただけなのに」
「いや……家庭的な味がするよ」
社交辞令でも嬉しい。
いつかの朝食のように、自分が作った食事が相手の胃袋に収められていくことに、紫音は無上の喜びを感じていた。
「楽しみだな。これからは、君の手料理が沢山食べられるんだから」
ハードルが上がってしまったが、レシピはいくらでも奏多から伝授してもらえばいい。
多忙過ぎる会社役員の生活を支えるために、体調管理に気を配りつつ、家事全般の修業をしておかなければならない。
だが、紫音にとっては少しも苦ではなかった。
むしろ、再びマンションを訪れる日が、今から待ち遠しくて仕方無いのだ。
いつしか関係者通路で繰り広げられた因縁のせいなのだろう。
「姉さん……!こんなクソ出禁野郎を泊めるって言うのかよ!?」
「何ば言いよっと、大地!!」
九州女子はヤクザも蹴散らす勢いで、ピシャリとリーダーを窘めた。
「紫音の握手券ば買い占めてくれた恩人に向かって、何て口の利き方ね!」
「……ッ!」
勢いよく啖呵を切ったものの、大地は後退ってしまう。
姉はパーカーのフードを掴んで、今度こそ出口の方へ向かっていく。ろくに仕事をしない事務所代表に代わってグループの面倒を見ている彼女こそ、メンバーの誰もが逆らえない女帝だった。
「ギャーギャー騒いで、直矢さんのお身体に障るやろ!アンタこそ出禁たい!」
「畜生……覚えてろよ、オッサン!」
去り際になって、姉は思い出したように来客に向かって一礼した。
「どうもウチの馬鹿が申し訳ありませんでした……ホホ」
嵐のような応酬の後、一瞬の沈黙が訪れる。
紫音が辟易していると、朗らかな笑みが溢れた。
「ふっ……君のお姉さんは逞しい方だね」
耳に心地良い、優しい声色。
そして、少年のようなあどけない表情に、紫音の胸は高鳴った。
「僕と違って……すごくしっかり者なんです。助けられてばかりで」
「良いじゃないか。大切に想われている証拠だ」
隙のない、完璧な造形には見惚れるしかない。
洗練された美貌は、初めて会った夜と変わらなかった。会場の誰よりもエレガントな紫色がふさわしい、成熟した男性。
紫音が艶やかな夜の記憶に浸っていると、切れ長の双眸は穏やかに細められる。
「お粥を作ってくれたんだろう?冷めないうちに頂こう」
「あ……はい!今持ってきますね!」
階段を下りると、櫂人が不安げな表情で駆け寄ってきた。握手会全体が一時中断となったため、大地を除くメンバー全員に心配をかけてしまった。
それにも関わらず、三人は協力的にフォローしてくれたのだ。最初は彼に対して懐疑的だった彼らも、仲間に新しく出来た太客とわかってから態度を和らげた。
「コンサル男は大丈夫なのか?」
「うん。今はだいぶ顔色も良くなったよ」
「一安心だね。付け合わせに塩昆布を持っていくといいよ」
奏多はお粥作りの監督を申し出てくれただけでなく、自家製の塩昆布を出してくれた。佑真も気を利かせて、コンビニで客人用のボディタオルを買ってきた。
「後で一緒にお風呂に入るよね?これで背中を流してあげて」
しかし、それを受け取った紫音は思わず赤面してしまう。
救急搬送された事実を持ってしても、入浴の介助は必須だった。付きっきりの看病なら。当然の範疇だ。
トレイを持つ手は緊張で強張る。
見かねた櫂人が、リラックスさせるための助言を添えた。一人でだんまりを決め込んだ大地は、隅のソファでスマホを弄っていた。
「彼は猫舌かもしれない。ふうふうして差し上げろ」
そのアドバイスに従って、紫音は一口ずつ冷ましながら口元に運んだ。
自然と頬が綻ぶのを見ると、自分の心まで温かくなっていくのがわかった。
「レトルトよりも断然、手作りの方が美味しいな」
「そんな大げさですよ。ただお湯でのばしただけなのに」
「いや……家庭的な味がするよ」
社交辞令でも嬉しい。
いつかの朝食のように、自分が作った食事が相手の胃袋に収められていくことに、紫音は無上の喜びを感じていた。
「楽しみだな。これからは、君の手料理が沢山食べられるんだから」
ハードルが上がってしまったが、レシピはいくらでも奏多から伝授してもらえばいい。
多忙過ぎる会社役員の生活を支えるために、体調管理に気を配りつつ、家事全般の修業をしておかなければならない。
だが、紫音にとっては少しも苦ではなかった。
むしろ、再びマンションを訪れる日が、今から待ち遠しくて仕方無いのだ。
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