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君と出会うハンバーグ
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放課後、芽衣は昨日の公園に向かった。
まだ早い時間とあって、園内には遊具で遊ぶ子どもたちの姿があった。彼らの笑顔を横目に、芽衣はそっとベンチに腰を下ろした。鞄から皿を取り出し、膝の上に乗せる。皿は昨日丁寧に洗っておいた。今朝は鞄に入れる前、割れないよう念入りに紙で包んだ。
きっと、また昨日の彼に会える。
不思議と、そんな確信があった。
芽衣は公園の入り口付近に視線を固定させ、じっと彼が現れるのを待った。
どのくらい時間が経ったろうか。
ついに長身の影が、園内に入って来た。芽衣は鼓動が速まるを感じた。逆光で、その人物の顔ははっきりとわからない。しかし背格好から、昨日の彼だと思った。
彼が芽衣の元へ近づいてくる。芽衣はベンチから立ち上がり、最初に何を言うべきか考えた。
そうして芽衣の目の前に立ったのは、昼休みに購買の前で見かけた顔――
「……王子?」
芽衣はつぶやいた。
「へ? 王子って?」
彼は訊き返した後で、焦り気味に言った。
「あの、昨日ハンバーグもらってくれた人ですよね? 今公園の前を通りかかったら、ここに座っているのが見えて……。もしかしてまたお腹を空かせて困っているのかと思ったんですけど……」
「あ、ううん、今日はこれを……」
芽衣は皿を差し出した。
「お皿、返し損ねちゃったから。この公園に来ればまた会えたりしないかなと思ったの」
「俺を待ってたんですか?」
「うん」
「なんか、すみません」
彼はおずおずと皿を受け取った。
「しかもこんな丁寧に包んでもらって……」
そして制服姿の芽衣をまじまじと見つめ、言った。
「昼休み、購買の前で会いましたよね? 同じ学校だったんですね」
「うん。わたし、二年A組の大原芽衣」
「えっと俺、一年A組の柴村叶恵っていいます。叶うに恵って書いて、かなえ」
叶恵ははきはきと答えた後で周囲を見回し、声を落とした。
「あの、大原先輩……」
「うん?」
「購買の前で会ったとき、すぐに俺だと気付きました?」
「ん?」
芽衣が首を傾げると、叶恵は言い方を変えた。
「俺のこと、昨日ここでハンバーグ渡した奴だって、すぐに気付きました?」
「うん。ちょっと昨日とは雰囲気が違ったから最初は迷ったけど、わりとすぐ気付いたかな」
「うわあ、マジかあ……」
叶恵はそこで頭を抱え、身をよじらせた。芽衣はぎょっとして、そんな叶恵を眺めた。
叶恵はすぐに冷静さを取り戻し、
「昨日俺があんな恰好していたことは、誰にも言わないでおいてもらえますか?」
と問いかけてくる。
「あんな恰好っていうのは……?」
「だから……よれよれのTシャツに、汚いエプロンに、おじさんが履くみたいなサンダル……。しかもあの後家帰ってから気付いたんですけど、俺前髪縛ったままでしたよね? 妹のヘアゴムで」
「あ、やっぱりあれ妹さんのヘアゴムだったんだ?」
「マジで恥ずかしいです。あんな恰好、誰にも見せちゃいけないのに」
「どうして? 部屋着だったんでしょ? みんな家だとあんなものだと思うけど」
「だめなんですよ俺は。ちゃんとしてないとだめなんです。でないとすぐあの頃に逆戻りしてしまいそうで……」
そうして叶恵は、芽衣にこれまでの自分について語った。曰く、叶恵は高校デビューだった。
「これ、中学のときの俺です……」
叶恵は財布を取り出すと、中から一枚の写真を引き抜いて、芽衣に見せた。
「戒めのために持ち歩いてるんですよ」
どうやら修学旅行か何かで撮った一枚らしい。観光地の風景をバックにして、四人の男子中学生が写っている。
芽衣は写真に目を凝らした。叶恵の姿はすぐに見つかった。左端に写るメガネ姿のぽっちゃりした少年が叶恵だ。
「可愛い」
芽衣が言うと、叶恵は焦った声を上げた。
「え? 俺どこに写ってるかわかります?」
「うん、わかるよ? なんで?」
「ああ、そっか……。自分ではこの写真からだいぶイメチェンしたつもりなんですけど」
叶恵はためらいがちに付け足した。
「この頃は太ってて、メガネもかなりレンズの厚いやつだし、背も低かったんです。だからクラスでもいじられ役というか、みんなからわりと雑な扱いを受けてて……」
「それで、イメチェンしようと……?」
「はい。中学の後半から急に背が伸び出して、そうしたら自然に痩せてきたから、体型のほうはどうにかなったんです。後は高校入学に合わせてメガネからコンタクトに変えて、おしゃれな髪型や堂々とした立ち振る舞いができるよう研究して――そうやって、学校では必死に本当の自分を隠しているんです。だから……」
叶恵は弱々しい顔で、視線を彷徨わせた。
「言わないよ。柴村くんの部屋着のことは。絶対、誰にも言わない」
芽衣は誓った。
変わりたいと強く願い、実際に変わって見せた叶恵の努力は、絶対に守られるべきものだと思った。
自分を偽りたくなる気持ちや、偽ることの辛さは、よくわかる。自分も家の外では、周囲に大食いだとバレないよう気を付けている。時には小食のふりをしたりもする。
芽衣の言葉に、叶恵の顔から不安の色が消えた。
「本当ですか?」
そして無邪気な仕草で、距離を詰めてきた。
「ありがとうございます。大原先輩」
にっこりと微笑む。
「あ……」
きれいな顔が間近にあって、芽衣は落ち着かない。思わず目を逸らしてしまう。
「お礼を言うのはこっちだよ。昨日のハンバーグ、すごくおいしかった。ありがとう」
「そうですか。良かった」
叶恵はどこかほっとした表情を浮かべた。
その後に訪れた沈黙を破って、
「……わたし、大食いなの」
芽衣はぽつりと言う。
突然、叶恵にあらいざらい告白したくなった。彼にばかり秘密を喋らせて、自分は何も打ち明けないのは、不公平な気がした。
それにやっぱり、感謝の気持ちを伝えるのに「ありがとう」の五文字だけでは足りない。
「そのせいで前に、周りの人を引かせちゃったりしたことがあったのね。だから学校なんかでは大食いがバレないよう気を付けてるんだ。昼休みは誰にも見られないように、屋上でこっそりパン食べたりしてね」
なんで自分はこんなに食べちゃうんだろう。もしも自分が小食で可愛いらしい女の子だったら、普通に彼氏ができたりしたのかな。
芽衣はそう続けて、自虐気味に笑みをこぼした。ちらりと窺うと、叶恵は真剣な顔で話を聞いてくれている。
「それで昨日はちょっと折れかけているところに、財布をなくしたりなんて不幸が重なって……。なんか今日、ツイてないなって、落ちこんでたの。お腹も空いて、立ち上がる元気もなくこのベンチに座っていたら、柴村くんが現れた。わたしにハンバーグをくれた。野菜の食感がちょっと残ってて、ほんのり甘くて、栄養たっぷりのハンバーグ。食べたら、じんわりとあったかい気持ちになった。魔法みたいに元気がわいてきた」
「そんな、言い過ぎですよ。普通のハンバーグですし……」
「ううん、違うよ。特別なハンバーグだよ。だって妹さんのことを思って作ったものだったんでしょう? ハンバーグを食べた妹さんが、明日からも元気に過ごせますように。柴村くんがそう願って作ったハンバーグだからこそ、わたしまで元気をもらえたんだよ」
芽衣は続けた。
「本当にありがとう。ごちそうさまでした」
叶恵の顔が赤く染まった。「お、お粗末様でした……」
それから、思い切った様子で、言い加えた。
「あの、俺は悪いことだとは思いません! むしろいいことだと思いました!」
「え?」
「大原先輩が大食いだってこと。だって、たくさん食べるってことは、生きる力が強いってことじゃないですか。毎日をしっかり生きようとしている証拠じゃないですか。それってすごく……」
叶恵はそこで言葉を切り、考えるような顔になった。
「――すごく、かっこいいと思います!」
芽衣は一瞬、きょとんとして叶恵を見た。
――かっこいい? わたしが?
だけど、大食いを褒めてもらったのは今が初めてだ。
「あ、ありがとう」
芽衣は微笑んだ。すると叶恵のほうでも、目じりを柔らかくする。
そうして芽衣と叶恵はほとんど同時に息をもらし、笑い合った。
芽衣は思った。見た目は昨日と違うけれど、やっぱり彼は彼だった。優しくて、可愛いところがあって、一緒にいると不思議と安心する。ゆるやかな風に頬を撫でられているような、心地良さを感じる。
そのとき、芽衣のお腹が盛大な音を立てた。
ハンバーグの話をしていたせいで、食欲が刺激されてしまったみたいだ。
「うわっ、ごめん」
芽衣は両手でお腹をおさえた。顔が熱い。恥ずかしい。
(どうしてこんなタイミングでお腹が鳴るの……)
しかし叶恵は芽衣の腹の音を笑うことなく、
「あの、もし良かったらハンバーグ、また食べませんか?」
と提案した。
「俺んち、すぐそこなんです。材料まだ余っているから、ハンバーグ作れます」
思わず、唾を呑みこんだ。またあのハンバーグが食べられるのか。
「食べたい!」と声を上げそうになる寸前で、しかし芽衣は思いとどまった。
(さすがに昨日今日と続けてごちそうになるなんて、図々しすぎないかな……)
そんな芽衣の心配を見抜いたように、叶恵が言った。
「遠慮しないでください。俺が、大原先輩に食べてもらいたいんです」
叶恵の住むアパートは、公園から歩いて三分ほどの距離にあった。
二階へ上がり、一番奥の扉の前で、叶恵は鍵を取り出す。
「狭いけど、一応新築なんで中はきれいだと思います。俺と妹の入学に合わせて、今年ここへ引っ越してきたんです」
芽衣をリビングダイニングに通すと、叶恵は一度隣の部屋に引っこんだ。ほどなくしてオーバーサイズのTシャツにスウェットという姿で戻ってくる。コンタクトも外したらしく、レンズの厚いメガネへと変わっていた。
「すみません、見苦しい姿で……。動きやすい恰好にならないと、料理できなくて。コンタクトも長時間付けてるのしんどいから、家に帰るとすぐメガネに変えてるんです」
そう謝る叶恵だったが、芽衣はむしろ素の姿の叶恵のほうが好ましかった。
叶恵は早速キッチンに入った。下準備をはじめる叶恵を、芽衣は手持無沙汰のまま眺める。
「あ、わたし何か手伝おうか? 作ってもらうばっかりじゃ悪いし……」
「じゃあサラダに入れるきゅうりを切ってもらえますか?」
「はい」
叶恵の隣に立って、包丁を握る。
(あれ? なんだか思っていたより……)
叶恵との距離が近い。
まだ早い時間とあって、園内には遊具で遊ぶ子どもたちの姿があった。彼らの笑顔を横目に、芽衣はそっとベンチに腰を下ろした。鞄から皿を取り出し、膝の上に乗せる。皿は昨日丁寧に洗っておいた。今朝は鞄に入れる前、割れないよう念入りに紙で包んだ。
きっと、また昨日の彼に会える。
不思議と、そんな確信があった。
芽衣は公園の入り口付近に視線を固定させ、じっと彼が現れるのを待った。
どのくらい時間が経ったろうか。
ついに長身の影が、園内に入って来た。芽衣は鼓動が速まるを感じた。逆光で、その人物の顔ははっきりとわからない。しかし背格好から、昨日の彼だと思った。
彼が芽衣の元へ近づいてくる。芽衣はベンチから立ち上がり、最初に何を言うべきか考えた。
そうして芽衣の目の前に立ったのは、昼休みに購買の前で見かけた顔――
「……王子?」
芽衣はつぶやいた。
「へ? 王子って?」
彼は訊き返した後で、焦り気味に言った。
「あの、昨日ハンバーグもらってくれた人ですよね? 今公園の前を通りかかったら、ここに座っているのが見えて……。もしかしてまたお腹を空かせて困っているのかと思ったんですけど……」
「あ、ううん、今日はこれを……」
芽衣は皿を差し出した。
「お皿、返し損ねちゃったから。この公園に来ればまた会えたりしないかなと思ったの」
「俺を待ってたんですか?」
「うん」
「なんか、すみません」
彼はおずおずと皿を受け取った。
「しかもこんな丁寧に包んでもらって……」
そして制服姿の芽衣をまじまじと見つめ、言った。
「昼休み、購買の前で会いましたよね? 同じ学校だったんですね」
「うん。わたし、二年A組の大原芽衣」
「えっと俺、一年A組の柴村叶恵っていいます。叶うに恵って書いて、かなえ」
叶恵ははきはきと答えた後で周囲を見回し、声を落とした。
「あの、大原先輩……」
「うん?」
「購買の前で会ったとき、すぐに俺だと気付きました?」
「ん?」
芽衣が首を傾げると、叶恵は言い方を変えた。
「俺のこと、昨日ここでハンバーグ渡した奴だって、すぐに気付きました?」
「うん。ちょっと昨日とは雰囲気が違ったから最初は迷ったけど、わりとすぐ気付いたかな」
「うわあ、マジかあ……」
叶恵はそこで頭を抱え、身をよじらせた。芽衣はぎょっとして、そんな叶恵を眺めた。
叶恵はすぐに冷静さを取り戻し、
「昨日俺があんな恰好していたことは、誰にも言わないでおいてもらえますか?」
と問いかけてくる。
「あんな恰好っていうのは……?」
「だから……よれよれのTシャツに、汚いエプロンに、おじさんが履くみたいなサンダル……。しかもあの後家帰ってから気付いたんですけど、俺前髪縛ったままでしたよね? 妹のヘアゴムで」
「あ、やっぱりあれ妹さんのヘアゴムだったんだ?」
「マジで恥ずかしいです。あんな恰好、誰にも見せちゃいけないのに」
「どうして? 部屋着だったんでしょ? みんな家だとあんなものだと思うけど」
「だめなんですよ俺は。ちゃんとしてないとだめなんです。でないとすぐあの頃に逆戻りしてしまいそうで……」
そうして叶恵は、芽衣にこれまでの自分について語った。曰く、叶恵は高校デビューだった。
「これ、中学のときの俺です……」
叶恵は財布を取り出すと、中から一枚の写真を引き抜いて、芽衣に見せた。
「戒めのために持ち歩いてるんですよ」
どうやら修学旅行か何かで撮った一枚らしい。観光地の風景をバックにして、四人の男子中学生が写っている。
芽衣は写真に目を凝らした。叶恵の姿はすぐに見つかった。左端に写るメガネ姿のぽっちゃりした少年が叶恵だ。
「可愛い」
芽衣が言うと、叶恵は焦った声を上げた。
「え? 俺どこに写ってるかわかります?」
「うん、わかるよ? なんで?」
「ああ、そっか……。自分ではこの写真からだいぶイメチェンしたつもりなんですけど」
叶恵はためらいがちに付け足した。
「この頃は太ってて、メガネもかなりレンズの厚いやつだし、背も低かったんです。だからクラスでもいじられ役というか、みんなからわりと雑な扱いを受けてて……」
「それで、イメチェンしようと……?」
「はい。中学の後半から急に背が伸び出して、そうしたら自然に痩せてきたから、体型のほうはどうにかなったんです。後は高校入学に合わせてメガネからコンタクトに変えて、おしゃれな髪型や堂々とした立ち振る舞いができるよう研究して――そうやって、学校では必死に本当の自分を隠しているんです。だから……」
叶恵は弱々しい顔で、視線を彷徨わせた。
「言わないよ。柴村くんの部屋着のことは。絶対、誰にも言わない」
芽衣は誓った。
変わりたいと強く願い、実際に変わって見せた叶恵の努力は、絶対に守られるべきものだと思った。
自分を偽りたくなる気持ちや、偽ることの辛さは、よくわかる。自分も家の外では、周囲に大食いだとバレないよう気を付けている。時には小食のふりをしたりもする。
芽衣の言葉に、叶恵の顔から不安の色が消えた。
「本当ですか?」
そして無邪気な仕草で、距離を詰めてきた。
「ありがとうございます。大原先輩」
にっこりと微笑む。
「あ……」
きれいな顔が間近にあって、芽衣は落ち着かない。思わず目を逸らしてしまう。
「お礼を言うのはこっちだよ。昨日のハンバーグ、すごくおいしかった。ありがとう」
「そうですか。良かった」
叶恵はどこかほっとした表情を浮かべた。
その後に訪れた沈黙を破って、
「……わたし、大食いなの」
芽衣はぽつりと言う。
突然、叶恵にあらいざらい告白したくなった。彼にばかり秘密を喋らせて、自分は何も打ち明けないのは、不公平な気がした。
それにやっぱり、感謝の気持ちを伝えるのに「ありがとう」の五文字だけでは足りない。
「そのせいで前に、周りの人を引かせちゃったりしたことがあったのね。だから学校なんかでは大食いがバレないよう気を付けてるんだ。昼休みは誰にも見られないように、屋上でこっそりパン食べたりしてね」
なんで自分はこんなに食べちゃうんだろう。もしも自分が小食で可愛いらしい女の子だったら、普通に彼氏ができたりしたのかな。
芽衣はそう続けて、自虐気味に笑みをこぼした。ちらりと窺うと、叶恵は真剣な顔で話を聞いてくれている。
「それで昨日はちょっと折れかけているところに、財布をなくしたりなんて不幸が重なって……。なんか今日、ツイてないなって、落ちこんでたの。お腹も空いて、立ち上がる元気もなくこのベンチに座っていたら、柴村くんが現れた。わたしにハンバーグをくれた。野菜の食感がちょっと残ってて、ほんのり甘くて、栄養たっぷりのハンバーグ。食べたら、じんわりとあったかい気持ちになった。魔法みたいに元気がわいてきた」
「そんな、言い過ぎですよ。普通のハンバーグですし……」
「ううん、違うよ。特別なハンバーグだよ。だって妹さんのことを思って作ったものだったんでしょう? ハンバーグを食べた妹さんが、明日からも元気に過ごせますように。柴村くんがそう願って作ったハンバーグだからこそ、わたしまで元気をもらえたんだよ」
芽衣は続けた。
「本当にありがとう。ごちそうさまでした」
叶恵の顔が赤く染まった。「お、お粗末様でした……」
それから、思い切った様子で、言い加えた。
「あの、俺は悪いことだとは思いません! むしろいいことだと思いました!」
「え?」
「大原先輩が大食いだってこと。だって、たくさん食べるってことは、生きる力が強いってことじゃないですか。毎日をしっかり生きようとしている証拠じゃないですか。それってすごく……」
叶恵はそこで言葉を切り、考えるような顔になった。
「――すごく、かっこいいと思います!」
芽衣は一瞬、きょとんとして叶恵を見た。
――かっこいい? わたしが?
だけど、大食いを褒めてもらったのは今が初めてだ。
「あ、ありがとう」
芽衣は微笑んだ。すると叶恵のほうでも、目じりを柔らかくする。
そうして芽衣と叶恵はほとんど同時に息をもらし、笑い合った。
芽衣は思った。見た目は昨日と違うけれど、やっぱり彼は彼だった。優しくて、可愛いところがあって、一緒にいると不思議と安心する。ゆるやかな風に頬を撫でられているような、心地良さを感じる。
そのとき、芽衣のお腹が盛大な音を立てた。
ハンバーグの話をしていたせいで、食欲が刺激されてしまったみたいだ。
「うわっ、ごめん」
芽衣は両手でお腹をおさえた。顔が熱い。恥ずかしい。
(どうしてこんなタイミングでお腹が鳴るの……)
しかし叶恵は芽衣の腹の音を笑うことなく、
「あの、もし良かったらハンバーグ、また食べませんか?」
と提案した。
「俺んち、すぐそこなんです。材料まだ余っているから、ハンバーグ作れます」
思わず、唾を呑みこんだ。またあのハンバーグが食べられるのか。
「食べたい!」と声を上げそうになる寸前で、しかし芽衣は思いとどまった。
(さすがに昨日今日と続けてごちそうになるなんて、図々しすぎないかな……)
そんな芽衣の心配を見抜いたように、叶恵が言った。
「遠慮しないでください。俺が、大原先輩に食べてもらいたいんです」
叶恵の住むアパートは、公園から歩いて三分ほどの距離にあった。
二階へ上がり、一番奥の扉の前で、叶恵は鍵を取り出す。
「狭いけど、一応新築なんで中はきれいだと思います。俺と妹の入学に合わせて、今年ここへ引っ越してきたんです」
芽衣をリビングダイニングに通すと、叶恵は一度隣の部屋に引っこんだ。ほどなくしてオーバーサイズのTシャツにスウェットという姿で戻ってくる。コンタクトも外したらしく、レンズの厚いメガネへと変わっていた。
「すみません、見苦しい姿で……。動きやすい恰好にならないと、料理できなくて。コンタクトも長時間付けてるのしんどいから、家に帰るとすぐメガネに変えてるんです」
そう謝る叶恵だったが、芽衣はむしろ素の姿の叶恵のほうが好ましかった。
叶恵は早速キッチンに入った。下準備をはじめる叶恵を、芽衣は手持無沙汰のまま眺める。
「あ、わたし何か手伝おうか? 作ってもらうばっかりじゃ悪いし……」
「じゃあサラダに入れるきゅうりを切ってもらえますか?」
「はい」
叶恵の隣に立って、包丁を握る。
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